56 迫る黒竜王の影
「どんな理由があろうと、世界を滅ぼすなんて考え方は滅茶苦茶なんだよ。そんな勝手、許してたまるか」
思わず力が入り、口調が荒くなる。
車座になって座りながら、集まった面々を順に見回した。
レオン、シルヴィさん、アンナ、セリーヌ。その隣にはコームさん。
光の民ユリス、炎の民ヘクター、水の民イヴォン、雷の民バルテルミー、風の民ウード、地の民クロヴィス。
頼れる面々ばかりだ。
「ここにいる人たちの中にも、不平や不満を抱えている者はいるはずです。でも、みんな折り合いを付けながら日々を生きている。気に入らないから壊すなんて、子どもの発想と同じだ」
馬車で移動するという建前で、ジュネイソンの街を離れた。
人気のない場所で、竜の姿に変わったテオファヌの背へと乗り込んだ。
『さっきヴァルネットから戻ったばかりなんだよ。竜使いが荒いね……』
不満そうに言われたが、王都で好きなものをご馳走すると約束してある。
口では文句を言いながらも、理解力と包容力のある風竜王には助けられてばかりだ。
「子どもの発想か……」
バルテルミーさんが顎に手を当てた。
「それだけの力を手に入れ、溺れてしまったのだろうな」
民族衣装と同じ素材で作られた魔導服をまとい、老賢者のような風格を漂わせている。
「黒竜剣テネドレイクのことか?」
静かに言ったウードさんへ、視線が一斉に集まる。
禁忌の呪文でも口にしたかのような空気だ。
しかし当の本人は、新たな獲物を見つけた狩人のように目を細め、肩に掛けた弓を握りしめた。
「そんなに危険な武器なんですか?」
問い掛けると、セリーヌと目が合った。
「黒竜王の加護を受けた神器です。神竜剣ディヴァインと対を成す、闇の神竜剣だと思ってください」
「闇の神竜剣……」
セリーヌは脚を横に流して座り、膝の上で手を握る。
スカートの裾を、きつく掴んでいた。
その背後で片膝を突くコームさんも神妙な顔だ。昨日の戦いで鎧が破損したため、民族衣装姿で竜骨剣を提げている。
「ですが、恐らくそれだけじゃありません」
セリーヌの隣で、ユリスが険しい顔をした。
「黒竜王の加護を受けているなら、竜臨活性を使える可能性があります」
その言葉に反応した瞬間、レオンの体がぴくりと動いた。
「間違いないだろうな」
腕を組んで断言したのはクロヴィスさんだ。
今すぐ戦いが始まりそうなほど、鼻息が荒い。
「そうでもなきゃ世界をぶっ潰すなんて言えねぇだろ。だとしてもだ。死に損ないの黒竜王に負けるつもりなんざねぇ」
「ちょっと、クロヴィスさん!」
ヘクターが慌てて声を上げる。
「万が一にも黒竜王に聞かれたらどうするんですか。爺ちゃんにも言われてるんですよ。災禍の門を自分から開くのは愚か者だって」
「自分で開いてるわけじゃねぇだろ。向こうが勝手に開けようとしてんだ。俺は、その扉を閉めてやるって言ってるんだろうが」
「すみません。わかりましたから睨まないでください……圧が強すぎて倒れそうです」
祖父と孫のようなやり取りに、苦笑が漏れる。
その様子を見て、イヴォンも豪快に笑った。
「クロヴィスのおっさんの言う通りだろ。六凶星だ凶王だって言ったって、火と雷のふたりはもういないだろ。たった五人だ。それに比べて、こっちは豪華じゃん」
「さっすがイヴイヴ。良いこと言うよねぇ」
アンナが盛り上げ、ふたりは頭上で手を打ち合わせた。
「プロスクレ様の洞窟を取り戻したけど、まだ暴れ足りないんだよな。俺はまだまだやれるぜ」
イヴォンの勢いが、少し羨ましい。
俺も年を取ったのかもしれない。そんなことを言えば、クロヴィスさんに怒られそうだが。
「とはいえ、慎重を期すべきだ」
バルテルミーさんが場を引き締める。
隣でウードさんも静かに頷いた。
「敵の総戦力が読めない。そちらのお嬢さん……アンナ氏が、ラモナ島を調べたという話だったな」
「はい。そうです」
急に話を振られて、アンナは少し驚いた顔で頷く。
「魔獣が跋扈している島という話だったな。おそらく黒竜もいるだろう。我々だけでは手に負えぬ可能性もある」
「それに関しては安心して」
シルヴィさんが静かに口を開いた。
自信に満ちた眼差しで、皆を見回す。
「ヴィクトル王との謁見で、王国にも協力をお願いしてきます。近隣諸国の応援も含めてね。それに、今回の戦いで活躍した冒険者たちにも引き続き協力してもらうつもりよ」
目配せを受け、俺は頷いた。
「それについても王に頼むつもりです。俺たちに任せてください」
絢爛の剣豪アクセルも協力を約束してくれている。馬車で移動した彼らとは、王都で合流する予定だ。
俺はもう一度、全員を見回した。
「フェリクスが提示した期限は七日。急いで準備しないと間に合わない。アンナの話だと、王都から船で出てもラモナ島まで三日はかかる」
「リュシアンさん」
ユリスに呼ばれ、顔を向けた。
「クレアモントでラファエルと戦った時、彼は黒い翼の力を使っていましたよね。マルセルは恩寵と言っていましたけど」
「あぁ……あの力は凄まじかった」
「私はあの魔力を感じた時、黒竜王の気配を察していました。でも確信が持てなかったんです」
「今さらだろ」
俺は言い切った。
「事態はもう動き出してる。止めるだけだ」
決意を胸に、セリーヌの横顔を盗み見る。
視線に気付いた彼女は、そっと微笑みを返してくれた。
秘密を共有しているようで、胸の奥が少しくすぐったい。
「その前に、俺たちはマルティサン島にも顔を出させてもらうけどな」
ブリュス・キュリテールから刈り取った大蛇も運んで貰っている。これが土産だ。
ジャメルの裏切りという事件はあったが、正直に話せば、俺たちが咎められることはないはずだ。
今はただ、俺とセリーヌが信じた道を、共に歩けばいい。
「小僧」
クロヴィスさんが声を掛けてきた。
「王都で式典があるって言ったよな。旨い酒と食い物が山ほど出るんだろうな」
なぜか恨みがましい目を向けられる。
「すみません。呼ばれてるのは俺のパーティだけなんです。皆さんには晩餐会を用意しますから、それで勘弁してください」
その言葉に、クロヴィスさんだけでなくテオファヌまでもが吠えた。
どうやら満足するまでご馳走しないと、後々まで文句を言われそうだ。
だが、王都に着けば祝宴どころではなくなる。
七日後には、世界の命運を賭けた戦いが始まるのだ。





