52 許されぬ七日
数十名に及ぶ全身鎧の戦士たち。
それに最初に反応したのは、セリーヌだけではなかった。
ユリスは顔を強ばらせ、杖を握りしめたまま怒りに震えている。
老剣士コームが剣を構えると、地の民クロヴィスは怪訝そうに眉を寄せ、斧を担いだ。
雷の民バルテルミーが杖を持ち上げる。その隣で、風の民ウードが低く唸った。
「貴様らの仕業だったのか」
普段は寡黙なウードが、ここまで露骨に感情を剥き出しにするのは異例だった。
守り人たちは、全身鎧の戦士たちよりも、ウードの反応に戸惑っていた。
「ウード、落ち着け」
バルテルミーが肩へ手を置く。
だがウードは、振り払うように肘を跳ね上げた。
「息子たちをどこへやった。連れ去った仲間たちを返せ」
神竜弓アルク・セレストが持ち上がる。
つがえられた魔力の矢が、震えながらも一直線に向けられた。
標的は、フェリクスの心臓。
「だめだ。待ってくれ」
リュシアンは叫ぶ。
止めなければならない。だが、理解もしている。
島を襲った憎き相手が、目の前にいる。
理性で押さえ込める怒りではない。
「ウード、落ち着きなよ。あんたが騒ぐと、これ以上の情報を引き出せなくなる」
周囲が熱を帯びる中、レオンだけが異様な静けさを保っていた。
「守り人たちが憤るのも無理はない……」
吟遊詩人に擬態したテオファヌが、静かに言葉を落とす。
側には、炎の民ヘクターと水の民イヴォンもいる。
びゅんびゅん丸に跨るアンナだけが、わずかに距離を置いて状況を見ていた。
フェリクス。ヴァレリー。モニク。
三人は余裕を崩さない。騒動を、ただ眺めている。
「そうだな。情報を共有しないのは公平じゃない」
フェリクスは肩を竦めた。
「昔話を聞かせてやろう。闇凶星マルセルから聞いた話だ。人づてで悪いがな」
とはいえ、悪びれた様子は微塵もない。
「研究所から放たれた五頭のブリュス・キュリテールが暴走して、マルティサン島を襲った。マルセルの爺さんは、竜を襲うよう魔獣の本能へすり込んでいたって話だ。そこまでは計算通りだった」
拳が手のひらへ叩きつけられる。乾いた音。
「魔獣が当時の水竜女王を始末してくれたのは、最高に運が良かっただけの話だ。お陰で島を守っていた結界が解けた」
言葉に熱が混じる。
場の緊張が、わずかに重くなる。
「近海に船で押し寄せていた終末の担い手たちには最高の展開だったろうな。この機を逃す手はない。島に上陸した、ってわけだ」
空気が沈む。
「ヴァレリーさんにお尋ねします。なぜ、島民を攫ったのですか」
穏やかな声。
だがセリーヌの瞳には、消えない怒りが宿っている。
「愚問だ」
ヴァレリーは即答する。
「制裁だ。我ら闇の民は黒竜王エルフォンドに仕える身。外の人間を滅ぼす。それが御意思。異を唱える者はすべて敵だ」
細められた目が、獲物を探す。
視線は守り人たちを巡り、腰に提げた色とりどりの布を追った。
炎の民ヘクターを睨むと、怒りは雷の民バルテルミーにも向けられた。
「炎竜王セルジオン、雷竜王グローストまでもが賛同していた。それでも炎の民と雷の民は主を裏切り、島に残った。愚か者に慈悲は不要だ」
冷たい瞳が、後方の鎧の戦士を見た。
「攫った男の大半は自我を崩壊させ戦士にした。女は慰み者や奴隷に。実験台として、獣人や魚人にされた者もいる」
「ゲスどもが……」
リュシアンの顔が歪む。
ユーグの配下だった獣人や魚人の姿が脳裏をよぎる。
彼らも、マルティサン島で生活していた守り人だったのかもしれない。
「自我を崩壊、だと……」
ウードは矢を足元へ撃ち込み、咆哮した。
捕らえられた三人の息子。
痛み。恐怖。屈辱。
想像するだけで、正気を失いそうになる。
それでも、生きていると信じてきた。
病床に伏せた妻もまた、その願いを抱いたまま逝った。
「妻に……合わせる顔がない……」
顔を伏せたウード。
その姿を前に、リュシアンの怒りも限界へ近づく。
「なにが制裁だ……好き勝手ほざきやがって……ぶっ潰してやる」
「まぁ、落ち着けよ」
フェリクスの声は、軽い。
「決戦はラモナ島だ。理力の宝珠はここにある。来ないわけにいかないよなぁ。七日間だけ待ってやる。来なければ、より凶暴になった魔獣が世界中で暴れるぞ」
宝珠が、黒い全身鎧の戦士へ渡される。
「七日……」
リュシアンのつぶやきが漏れる。
これは猶予ではない。宣告だ。
「ジェラルドは私に始末させなさいね」
待ちかねたように声を上げたモニクに、フェリクスは険しい視線を向けた。
「だめだ。こいつは置いていく」
「あなたに指図される覚えはないわ。土凶星の穴埋めとして参加したけれど、好きに行動していいと言われているのよ」
「それは、おまえさんとマルセルだけの約束だ。俺は知らん」
低く、切り捨てる。
「リュシアンには最高の状態でいてもらわないとつまらない。駄々をこねるなら、この場でおまえから斬る」
フェリクスの手が、黒竜剣に掛かる。
モニクも、その本気度を肌で理解した。
「あら。この天才魔導師を手に掛けてもいいのかしら? この魔力障壁が消えたら、向こうから一斉攻撃が来ると思うけれど」
「楽しみは取っておけ。今日は挨拶だけだ」
「私を軽んじると、後悔することになるわよ」
モニクは不満を滲ませ、そっぽを向いた。
「リュシアン。ジェラルドはこの先で降ろす。追ってくるな」
振り返らないまま告げる。
「久しぶりにおまえらの顔を見られて満足だ。この後は、束の間の平和でも楽しめ」
「フェリクス!」
大鷲型魔獣へ乗り込もうとする背へ、リュシアンが叫ぶ。
「俺が憧れたあの人は、死んだ。今見ているのは、剣聖の亡霊だ」
静かな怒りが、声に沈む。
「フェリクス。ヴァレリー。モニク。俺はあんたたちを絶対に許さない。必ず追い詰める」
ラモナ島。
その言葉が、ミシェルの姿を連れてくる。
「あいつは、このことを伝えようとしていた……」
もっと早く気づけていれば。
もっと早く、手を打てていれば。
「アンセルムさんの遺体を見世物みたいにされて……平気なのかよ?」
「最高の気分だよ」
迷いのない即答だった。
「自我はなくしたが、強さは全盛期以上だ。あの人ともう一度冒険できる日を、何度も夢に見てきた……それこそ、おまえさんがよく言っていたあれだ」
歪んだ歓喜が滲む。
「夢を夢のままで終わらせるのか? ってな」
「黙れ」
リュシアンの怒りが、静かに周囲へ広がる。
「あんたがその言葉を使うんじゃねぇ……軽いんだよ。羊皮紙みてぇに薄っぺらくて、今にも風に飛ばされちまう」
「言うようになったな」
フェリクスは背を向ける。
「風に飛ばされた羊皮紙に、首を切られないよう気を付けるんだな」
左腕を大きく振り、大鷲の背へ乗り込む。
リュシアンたちにも、攻撃の意志はない。
彼らを包む暗黒結界から、強大な力が滲み出ているのを感じていた。
疲弊した仲間を庇いながら戦うには、あまりにも不利。
加えて、ジェラルドは、まだ敵の手の中だ。
黒い鎧の戦士に引きずられ、ジェラルドが運ばれてゆく。
感情。事情。怒り。無力。
それぞれが抱えるものが、重く絡み合う。
すべてを残したまま、大鷲型魔獣は空の彼方へ消えていった。





