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34 天壊の竜撃


「そんな……どこまで……」


 魔獣の背から放たれた電撃。その圧倒的な破壊力に、セリーヌは打ちひしがれていた。背中を丸め、肩で荒い呼吸を繰り返す。


 マリーからも厳しく言われていたものの、戦いが始まってみれば全力で挑まなければ勝てない相手であるのは明白だ。立て続く双竜術(そうりゅうじゅつ)の使用により、セリーヌの精神力は限界を迎えようとしていた。


 神竜ですら完勝を(のが)した怪物だ。人間が相手をしようとすることすら、おこがましいのかもしれないとさえ思えた。


『でもな、その化け物だって人間が造ったんだぜ。俺たちが勝てないはずがねぇ』


 セリーヌの弱い心を笑い飛ばす、勝ち気なリュシアンの笑顔が思い浮かんだ。


 リュシアンさんの仰るとおりですね。


 セリーヌは両拳を握って闘志を奮い立たせると、次の攻撃に備えて身構えた。


 魔獣は背中の棘へ光を収束させていたが、それを花火ように次々と打ち上げた。


「右手に闇。左手に闇。双竜術、漆黒光悉喰エクリプス・デヴォラント!」


 セリーヌは敵の頭上を目掛け、闇の双竜術を放った。暗黒の霧が拡がり、光球のいくつかを吸収したが、すべては抑えられなかった。


 天へ打ち上がった光は殺傷能力を有した矛となり、すぐさま地上へ降り注いだ。

 地面へ突き刺さると同時に爆発するという、危険極まりない威力を持った矛だ。


 シルヴィたちの合流を阻むように中間地点で爆発が起こり、大きな穴がいくつも開いた。

 爆発の後には、軍団長エヴァリストをはじめ、魔導隊長メルビンと弓兵隊長アグネスが倒れていた。直撃は免れているはずだが、爆風に煽られたのか、味方への被害は甚大だ。


 自身を取り囲む邪魔者が取り払われたことで、ブリュス・キュリテールも獣の本能を取り戻したように見えた。


 ミツ首がセリーヌを捉え、彼女こそ最も危険な相手であると認識したのがわかった。

 唸りを上げ、魔獣がセリーヌに飛び掛かる。


 対するセリーヌも竜臨活性(ドラグーン・フォース)で体を強化し、風の移動魔法を脚に纏わせた。


 狩る者と狩られる者。両者の立場は逆転し、セリーヌは魔獣の攻撃を回避するのが精一杯という状況に追い込まれてしまった。


 魔法を詠唱する余裕がない。気を抜けば、一撃で致命傷となる危険な相手だ。


「なんだか、少しずつ離れていない?」


 腕の痛みを堪えたレリアは、いぶかしむような目を戦場に向けていた。


「私たちを巻き込まないように距離を取っているんだと思います。あれだけの猛攻を凌ぎながら、そこまで周りを見れるっていうのも感嘆に値しますけどね。本当に凄い人」


 イリスはレリアから受け取った秘薬の栓を抜き、彼女の骨折した右腕へ半分を掛けた。残りをレリアに戻し、魔獣に目を向ける。


「わたしもセリーヌの補助に行きます。このままじゃ彼女が危ないですから」


「私たちが行ったところで、足手まといにしかならないかもしれないけどね。王国軍の救護と拡声魔法の維持に努めた方が有意義かも。あの魔獣の強さは想像を超えていたわ」


「それはそうなんですけどね。賢聖にそんなことを言われたら、私なんてどうしたらいいんですか。こういう時は逆転の秘策みたいなものがあるんじゃないですか? あの強さは絶対にインチキですよ」


「私の秘策は、もう使っちゃったから」


 力なく笑ったレリアは、やけ酒を煽るように秘薬の小瓶を飲み干した。イリスも苦笑いを返すのが精一杯だ。


「だけど、そろそろ第二の秘策が魔獣に届く頃じゃないですか?」


 イリスが祈りを込めて目を向ける。レリアが第二の秘策として差し向けたマルクが、魔獣との距離を一気に詰める所だった。


 マルクが狙っているのは、魔獣の尾に付いている大蛇だ。


天地崩壊(シエル・ド・ルモン)!」


 敵の死角から詰め寄った拳聖マルクは、拳に光の力を込めて正拳突きを見舞った。


「やった! 値千金の一撃!」


 イリスが歓喜の声を上げたのも束の間。大蛇は頭を砕かれながらも、お返しとばかりに毒霧を吐いて動かなくなった。


 距離を取ったマルクだったが、毒を吸い込んだのか、たまらず片膝を突いてしまった。


「うそ!?」


 喜びから一転、イリスが見せる百面相に、レリアは痛みも忘れて噴き出した。


「大丈夫よ」


 マルクのことを、魔獣の左肩に乗る虎頭が狙っているのは気付いていた。それでも、レリアは彼の勝利を信じて疑わない。


「なにが大丈夫なんですか!?」


 慌てふためくイリスの不安を現実とするように、魔獣はマルクに狙いを変えた。

 魔獣はぐったりしてしまった大蛇を引きずり、マルクに突進を仕掛ける。


「相手が魔獣で良かったわよ。あんな演技に引っ掛かる人はいないでしょ」


 微笑むレリアの視線の先で、宙返りをしたマルクが蹴りを繰り出した。


月蹴宙舞(ヴァルス・セレスト)!」


 まさに月へ届くような、鮮烈で鋭い蹴り技だった。虎頭は不意の一撃で顎を砕かれ、たまらず後退していた。

 中央の獅子が魔力球で応戦するも、マルクは素早い身のこなしでそれを避ける。


「どうなってるの?」


 イリスが不思議に思って声を上げると、レリアは戦場から視線を外さずに答えた。


「毒への抵抗を上げる防御魔法をかけてあげたの。魔獣が間抜けで助かったわ。おまけで、攻撃力を上げる補助魔法も付けたけど」


「その演技に騙された私って……こんなだから賭けごとにも弱いのかしら」


 打ちひしがれるイリスを余所(よそ)に、シルヴィと老剣士のコームが戦いに加わった。


「魔獣の視界に割り込んで。どんな手を使ってもいいわ。セリーヌから気を逸らして」


「いくぞ、てめぇら。派手にぶちかませ!」


 シルヴィの指示で、剣豪アクセルが声を張り上げた。仲間の冒険者たちが魔獣を取り囲む。


「これは最高の手札が揃ったんじゃない」


「浮かれすぎよ。油断するにはまだ早いわ。最後まで気を抜かないの」


 興奮した面持ちのイリスをレリアがたしなめるものの、まったく響いていない。


「そんなこと言ったって、魔獣は明らかに弱ってきてるじゃありませんか。しかも、こっちには天壊(てんかい)竜撃(りゅうげき)があるんだし」


「天壊の竜撃? 何なのそれ」


 イリスはばつの悪そうな顔ではにかみ、ちらりと舌先を覗かせた。


「私みたいな賭けごと狂いの間で使われる、決め台詞みたいなものです。圧倒的な劣勢をひっくり返すほどの起死回生の一手をそう呼ぶんですよ。天をも破壊する竜の一撃、竜撃。その言い伝えにあやかってるんですよね」


「天壊の竜撃、か……面白いじゃない」


 噛みしめるようにつぶやくレリアの眼前で、セリーヌが光の竜術を解き放つ。


 しかし、その攻撃魔法は背中の棘に吸収されてしまった。反撃の光が拡散し、上空から光の矛が次々と襲い来る。


「イリスさん。拡声魔法を展開して、攻撃魔法を使わないよう伝えて。あの棘は恐らく、魔法を吸収してしまうんだと思うの。腕の痛みも消えたし、そろそろ私も出るわ」


「打撃か武器による攻撃しか有効手段がないってことですか?」


「背中の棘があるうちはね」


「お手上げじゃないですか」


「そうでもないわよ」


 頭を抱えるイリスとは対照的に、レリアは涼しい顔を見せた。


 それを裏付けるように、魔獣を狙ってひとつの陰が飛び掛かる。


疾風(しっぷう)竜駆突(りゅうがとつ)


 レオンの放った鋭い突きが、魔獣の左肩に乗った虎頭の側頭へ深く突き刺さった。

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