27 勝ち気な女は嫌いじゃない
「悪いけど、数時間ほど仮眠させてもらう。少し休めば、また竜の力を使えるから」
本部へ戻るなり、レオンはシルヴィに端的に伝え、休憩室へ籠もってしまった。
本部の会議室にはシルヴィの他に、ランクL冒険者の各リーダー三十名が詰めていた。
ジェラルド、ナルシス、エドモンの三人も顔を出していたものの、部屋の隅で成り行きを見守っている。そこに、マルクとレリアが加わり、意見を交わしている。
そんな中、アンナからの言伝を受けた冒険者が戻ったのは、三十分後のことだった。
「アンナだけ残ってるってこと?」
「あぁ。ここで一気に叩くつもりなら、すぐに増援を送った方がいい。だけど、王国軍も辺りを囲んでたな……あいつらに道を開いてもらった方が利口だろうけどな」
ランクLの腕輪を着けた男性剣士は、意地の悪そうな笑みを浮かべた。後ろには四人の仲間も控えている。いずれも経験豊富な印象を受ける、熟練の冒険者たちだ。
「ありがとう。検討させてもらいます」
シルヴィは首を回して息を吐き、壁に貼られた周辺地図へ目を向けた。
これだけの集団をまとめるのは容易ではない。前に出過ぎるのを敬遠する性格でもあるため、シルヴィの心労は相当なものだった。
心の中でリュシアンに対する不満を溜め込みながらも、彼が到着するまでの辛抱だと、強く言い聞かせていた。
そんな彼女に、冒険者のひとりが近付いた。
「魔獣を休ませる必要はない。すぐに行こう、俺のパーティはまだまだ戦える」
鼻息を荒げて事態を急かす男は、どこまでも貪欲そうに見えた。
シルヴィは眉根に皺を寄せ、腕組みをする。
深紅の胸当てに守られているものの、素肌をほぼ剥き出したビキニアーマーだ。胸の谷間が強調され、男性冒険者の視線も否が応でも吸い寄せられてしまう。
「とは言われてもね……うちの主力の、セリーヌとレオンがあの状態だし。魔獣が休んでいる間に立て直すべきじゃないかな、と思っているところなんですよ」
「随分と悠長だな」
そこへ、別の男性冒険者が割り込んだ。
「金を払う胴元はあんたたちだからな。そりゃあ好きな段取りで進めればいいさ。でもな、それを評価する基準は曖昧だ。俺は目に見える戦果を出して、名を上げたいんだ」
「それもわかります。ただ、闇雲に敵の巣へ飛び込むのも危険、って言ってるんですよ」
「じゃあ、どうするつもりなんだ」
「それを決めるための話し合いです」
シルヴィの口調がきつくなる。男はその勢いに押され、押し黙ってしまった。
「だいたい、碧色が到着していないってことも俺は納得してないんだ。報酬は冒険者ギルドが管理してるって話だけど、あんたたちが全滅したら、誰が活躍の査定をするんだ。さっきまでの戦いで、何十人もの仲間が命を落とした。生き残れる確証はない」
別の男性剣士が噛み付くような勢いで、シルヴィをきつく睨んでいる。
「ギルドには、加護の腕輪の位置情報を追跡するよう頼んであります。危険度の高い地帯で戦う人ほど優遇するとか、事前に取り決めはしてあるから大丈夫です」
質問に答えるシルヴィの脳裏に、冒険者ギルドの案内係、シャルロットの顔が浮かんだ。
今回の規則の取り決めには、あの親子にも協力してもらっている。
場の雰囲気が静まった一瞬を付いて、シルヴィは話の続きを切り出した。
「あたしの意見は、夜の闇の中で動くのは危険だと思ってます。日の出前に仕掛けるのが一番じゃありませんか? そうすれば、うちの主力も少しは休ませられる」
「マルクさんとレリアさんの御意見は? 俺のパーティは、あなたたちに従います」
別の冒険者から声が上がり、ふたりに視線が集まった。
拳聖マルクと賢聖レリアが顔を見合わせる。レリアが手を差し出したことで、話の主導権はマルクに向けられた。
「俺たちは補佐的な立場でこの戦いに参加している。シルヴィ君の意見に従ってくれ」
強く頷く者、落胆する者、反応は様々だ。そこへ割り込むように、会議室の扉に付いたノッカーが打ち鳴らされた。
「シルヴィさん、お客様です」
ランクSの腕輪を着けた冒険者が扉を開くと、押し退けるように大柄な人影が現れた。
「邪魔するぞ」
臙脂色の鎧に身を包んだその男は、王国軍の軍団長であるエヴァリストだった。
「あら。軍団長が自らこんな所まで……どうかされましたか」
思わぬ来訪者に戸惑いながらも、シルヴィは平静を装って言葉を紡いだ。
エヴァリストは鼻を鳴らし、侮蔑の笑みを浮かべてシルヴィを見下ろす。
「どうもこうもあるか。冒険者ってのは吞気なもんだと思ってな……俺たちは臨戦態勢を解かず、前線に陣を構えて待機してる。お気楽な狩猟を楽しんでいる奴らが、どんな顔をしてるのか見物にきたところだ」
シルヴィは腕組みをしたまま、エヴァリストと向かい合うように数歩ほど前に出た。
「こんな顔で御免なさいね。あいにく、化粧をするような余裕も、ドレスで着飾るような時間もないのよ。それに緩急は大事でしょ。部下を思いやることも大切ですよ。それでなくとも甚大な被害が出ていると思いますし」
「被害は想定内だ。控えはまだまだいる。さっきも、王国へ兵士の増員を頼んだところだ」
「そうですか。だけど、今から呼んで間に合います? あたしたちが終わらせますよ」
「お気楽狩猟のおまえらがか? おまえらが茶を飲んでいる間に増援が来て、一件落着だ」
「頑張ってくださいね。あたしたちは鳥のように優雅に、獲物をかっ攫いますから」
エヴァリストはシルヴィから目を逸らさず、口端をもたげて微笑んだ。彼女とのやり取りを純粋に楽しんでいるような目だ。
「勝ち気な女は嫌いじゃない。俺の部下に欲しいくらいだ。で、この後の算段はどうするつもりだ。俺としても、兵を大量に失うのは本望じゃない。ある程度は情報を共有させてもらおうと思ってな」
手近にあった椅子を掴み、どっかりと腰を降ろした。鎧の重さも相まって、木製の椅子は悲鳴のような軋みを上げる。
「そういうことなら、ひとついいかしら」
不意に声を上げたのは、レリアだ。
随意の賢聖が口を開いたことで視線が集まり、緊張が室内に満ちてゆく。
「ブリュス・キュリテールが復活する要因になったのは、上空から飛来した魔力球よね。レオン君も危惧していたことだけど、あれはどこから来たのかしら。魔獣に取り囲まれていたこともそうだけど、こちらが把握していない戦力が敵側にもあるのかもしれないわ」
「向こうも仕掛ける機会を伺ってる、っていうことですか?」
シルヴィの問いに、レリアは何度も頷いた。
「その可能性もある、という憶測よ。もしくは、ブリュス・キュリテールが自ら魔力球を用いて封印を破った可能性も捨てきれないわ」
「そんなことできますかね?」
シルヴィは否定的な見方を崩さない。
「わからない。だけど、封印の力が弱まってくれば、それくらいの意識を働かせることもできるんじゃないか、って思ってるの」
「だとしたら、ゆゆしき事態だな」
エヴァリストは顎をさすって呻いた。
「魔獣が遠隔操作であの馬鹿でかい魔力球を出せるとしたら、こうしている間にも、ここに落とされるぞ。全員、木っ端微塵だ」
「その危険性は私も考えたわ」
レリアが即座に言葉を続けた。
「現時点で攻撃がないということは、ブリュス・キュリテールの能力ではない。もしくは、効果の範囲外だから使わないのかもしれない」
「敵さんの追加戦力、ってことか?」
マルクの問い掛けに、レリアは顔を曇らせ、ためらいがちに頷いた。
「断定はできない。追加戦力だとしても、ここを攻撃してこないのは不自然だもの」
重苦しい空気を打ち破るように、再びノッカーが打ち鳴らされた。
「シルヴィさん。マリーさんが追加の薬を持って到着されました。言われていた通り、セリーヌさんの個室へお通ししましたけど」
「ありがとう。助かったわ」
シルヴィも思わず笑みを見せた。
マリーが向かってきていることは聞かされていた。待ち人のひとりが、ついに現れた。