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18 快楽で歪めてみたい


「はぁい、セリーヌ。お久しぶりね。レオンもお疲れ様。コームさんもしばらくぶりです。まずは本部に寄って、一息入れてちょうだい」


「シルヴィさん、ご無沙汰しております」


 右手を挙げて指先をしならせるシルヴィに、セリーヌは笑みを投げて頭を下げた。

 レオンは黙って会釈するだけという相変わらずの冷めた対応だが、シルヴィを奇異な存在のように見るコームも大差ない。


「本当はアンナも出迎えに来たがったんだけど、こっちもこっちで慌ただしくて。ごめんなさいね。でも、遠かったでしょ。飛竜に乗っても二日くらいはかかる距離よね」


「休憩を挟んだり、宿を取るために街へ立ち寄る必要もありましたので。飛竜は近くで離しましたが、二日半ほどを要しました」


「それは大変だったわね……後で、じっくり全身を揉みほぐしてあげるわね」


「いえ。そこまでして頂くわけには……」


 肩を抱かれたセリーヌは、恐ろしいものと相対するように顔を強ばらせた。


「遠慮しないの。セリーヌの野いちごも、しっかり確認させてもらわないとね」


「野いちご、ですか? あいにく、そのような物は持ち合わせておりません。ご所望ならば買い求めに行ってまいりますが……」


「その綺麗な顔を、快楽で歪めてみたいわ」


 きょとんとした顔のセリーヌを眺め、シルヴィは意地の悪そうな笑みを作った。

 彼女の行き過ぎた行動を不快に思ったか、老剣士コームの咳払いが背を打つ。


 そっと背後を伺ったシルヴィは、驚いた顔で肩をすくめてみせた。置き去りのセリーヌは、依然として不思議そうな顔をするだけだ。


「それはそうと、ここも変わったね」


 彼らのやりとりを無視したレオンは、周囲を見渡しながら感慨深げにつぶやいた。

 シルヴィは、セリーヌの肩を抱いたまま顔をほころばせる。


「廃墟だったジュネイソンの街が、ここまで復興するとは驚きでしょ。マリーにも早く見せてあげたいんだけど、プロムナの増産に忙しいとかで顔を出してくれないのよ」


「それは仕方ない。マリーが選んだ道だから」


「相変わらず冷たいわね。あの()が心変わりしても知らないわよ。レオンみたいな偏屈男を好きになってくれる相手は貴重よ。ねぇ、セリーヌもそう思うでしょ」


「変わり者かどうかは、わたくしにはわかりかねます。ですが、レオンさんに好意を寄せる方はこれからも現れるはずです」


 セリーヌの返答に、シルヴィはつまらないという顔で眉根を寄せた。


「相変わらず、優秀な返しをするのね。良い子のお手本みたいよね。まぁ、それがあなたの良いところなんでしょうけど。マリーから加護の腕輪も預かってるから、後で渡すわね」


 きょとんとするセリーヌの肩を叩いたシルヴィは、晴れやかな顔でレオンに並んだ。


「ここの復興には、アンジェルニー城からの支援が大きいのよね。ブリュス・キュリテールとの決戦に向けて、兵の駐屯地として整備させているわけだから」


「そうだね。今は器を作り直したに過ぎない。本当の復興は、ブリュス・キュリテールを倒した後か……人が戻ってきて初めて、この街は以前の姿を取り戻す」


 魔獣に滅ぼされた自身の街を思い出したのだろう。レオンの表情は硬い。

 シルヴィはそんな彼を横目に見ながら、戦士たちが行き交う大通りに視線を移した。


「決戦には千二百人もの兵が集まるわ。選別した五百人の冒険者もほぼ揃ってる。明日からは、ふたりにも訓練に参加してもらうから」


 セリーヌとレオンは力強く頷いた。


※ ※ ※


『二週間ほどで、災厄の魔獣の封印が解けます。リュシアンさんも急いでください』


 魔導通話石から聞こえてくるセリーヌの声を聞きながら、焦りと不安が増してゆく。


「わかってる。わかってはいるんだけどな」


 夕刻の休憩時間に草原へ腰を降ろし、セリーヌとの束の間のやり取り。声が聞けるのは嬉しいが、訓練に触れられるのは苦痛だ。


 進みは順調とは言えない。平行線を辿ったまま、見えない出口を求めて彷徨っている。


「どうしても無理なら、現状のまま決戦に挑むしかないだろうな。竜臨活性(ドラグーン・フォース)の力は以前と同じように使えるようにしてもらえたんだ。今の状態でも、奴を抑え込む自信はある」


『ですが、被害を最小限に抑え、確実な勝利を呼び込むためには……』


「そこなんだよ問題は。あの魔獣を甘く見てるわけじゃねぇ。圧勝するためには、新しい力をものにする必要がある」


『一週間前にはこちらへ合流して頂きたいのが本音です。わたくしたちの訓練は順調に進んでおります。王国の兵士の方々とは別行動となりますが、各部隊の隊長や、軍を統括されている軍団長とご挨拶させて頂きました』


 隊長、軍団長と聞くと、いかつい男たちの姿しか思い浮かばない。


「ちょっかいを出してくるような奴はいなかっただろうな。色目を使われたら俺に言えよ。会った時に全力で抗議してやる」


 軽い嫉妬を覚えていると、通話石から柔らな笑い声が聞こえてきた。


『心配はご無用です。やんわりと退ける(すべ)は心得ておりますから。それに、弓兵隊長も女性でした。冒険者の方々もですが、女性も前線に立って戦われる姿は頼もしいですね』


「セリーヌの言う、やんわりと退ける術っていうのも気になるけどな……本当に役に立つ知識なのかは怪しいな」


『わたくしを疑われるとは心外です。コームに知恵を授けて頂いたのですよ。婚姻を誓っている相手がいると伝えれば、大抵の男性は諦めて離れてゆくと』


「なるほどな。さすがはコームさんだ」


『もう少し、わたくしを信用してください』


「悪かった。肝に銘じるよ」


 頬を膨らませた顔が目に浮かび、苦笑を漏らした時だった。通話石を通じて、甲高い警笛の音が漏れ聞こえてきた。


『あれは何ですか……』


 緊張を帯びた、セリーヌの声が聞こえた。


「どうした?」


『砦にいる魔導隊から、拡声魔法の知らせです。オーヴェル湖の上空に、謎の黒い球体が出現したと。ゆっくりと下降してきているようですが、禍々しく強力な魔力を感じると』


 通話石の向こうで、息を飲む気配が伝わってきた。これはただ事じゃない。


『皆さん、戦闘準備をお願い致します。速やかに動ける方は、わたくしと共に』


「敵の攻撃なのか?」


『わかりません。申し訳ありませんが、ここで通話を終えます』


 一方的に会話を遮られた。オーヴェル湖に向けて下降しているというのが気になる。


「万が一、奴が復活するとしたら……」


 こうしてはいられない。


 慌てて腰を上げ、ガルディアのいる神殿を目指して走った。

 ちょうどその時だ。横手の洞窟から、ユリスが顔を覗かせた。


「ユリス、いいところにいた!」


「そんなに慌てて、どうしたんですか」


「たった今、セリーヌから連絡があった。災厄の魔獣が封印されてる湖の上に、魔力の塊が現れたって言うんだ」


「それは、敵の攻撃魔法ですか?」


「何なのかわからないんだ。通話も途中で打ち切られた。俺もすぐにアンドル大陸へ戻る。急いで、飛竜を用意してくれないか」


 ユリスは怪訝そうな顔を見せてきた。


「飛竜を使っても、ここから数日はかかりますよ。大丈夫ですか?」


「それしか手がねぇだろうが」


「待ってください。テオファヌ様の速度なら、半日は縮められると思います。俺も一緒に頼んでみましょう」

「悪い。協力してくれ」


 風竜王(ふうりゅうおう)であるテオファヌも、神殿の側にいたはずだ。今はその力に頼るしかない。


 ユリスを伴い、俺たちは慌てて駆け出した。

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