15 竜の力を宿した俺が、美人魔導師に敵わない
「ブリュス・キュリテールの封印が解けるまで、あと一ヶ月か……水竜女王だったプロスクレには感謝しかないな」
洞窟内に割り振られた一室。そこに置かれたベッドに寝転んで想いを馳せていると、扉のノッカーが打ち鳴らされた。
「こんばんは。ユリスです」
時刻は二十時過ぎ。約束通りだ。
身を起こして木製扉を開けると、ユリスとセリーヌが立っていた。
ユリスは重荷を下ろして清々したという顔だが、それを受け取ったであろうセリーヌは、深刻さを隠せずにいる。
「とりあえず、中に入れよ」
ふたりを招き入れ、俺はベッドに腰掛けた。部屋には木製のテーブルと椅子が置かれているが、セリーヌにその椅子を勧めた。
「ユリスは……ベッドの端にでも座るか?」
「いえ。立ったままで構いません」
扉の側に控えたユリスから目を離し、椅子に腰掛けたセリーヌを見る。
「災厄の魔獣との再戦に向けて、王国や冒険者ギルドが戦士を集めてくれてる。セリーヌには、ギルドから集まった魔導師たちのまとめ役を頼んでるし、彼らと連携を取るための最終訓練を王都で進めてもらう。これはセリーヌにしか頼めない重要な役割だし、レオンにも別の役目を担当してもらう予定なんだ」
セリーヌは黙ってひとつ頷いた。
「そんな状況の中、島を経つ前日にすまない。ユリスから話は聞いただろうけど、俺が黙っておくように言っちまったんだ……折を見て話そうと思いながら、言い出せなかった」
「誤魔化しは不要です。私は大丈夫ですから」
セリーヌが弱々しい笑みを見せると、耐えかねたユリスが身を乗り出してきた。
「黙っておいて欲しいと頼んだのは俺じゃないですか。いつになっても思い切れず、先延ばしにしてしまってすみません。リュシアンさんからも怒られたし、反省しています」
俺は気持ちのやり場に困り、頭を掻いた。
この島を襲った、ブリュス・キュリテール。島民からはすべての元凶として恨まれている存在だが、その魔獣を造り出したのが王国だった。その事実をセリーヌに告げられないまま、決戦の日が迫ってしまったのだ。
「そういえばと思ってユリスに聞いたら、まだ話せてないって言うもんだからさ……俺から話そうかと思ったんだけど、ユリスが自分から話すって聞かなくてさ」
「ええ。そういうことなので、リュシアンさんは何も悪くありません。姉さんも、文句があれば俺に言って欲しい」
「話して頂けなかったという寂しさはありますが、文句などありません。私はただ、リュシアンさんの方が何倍も辛い思いを抱えていらっしゃるのではないかと心配で……」
この状況で俺のことを思いやってくれるセリーヌを、本当に強い女性だと思う。
「いや、俺は大丈夫だよ。驚きはしたけど、合成魔獣の開発も先代の王が推し進めた計画だっていう話だし、今はただ、やるべきことをやるだけだ、って思ってるからさ」
「その戦いに、命を賭けるだけの意味があると仰るのですか? 王国の方々に責任を取らせるべきだとは考えないのですか」
「そんなこと言ったら、みんな被害者だろ。王国の兵だって、先代がしでかした過ちのせいで戦いに駆り出されるんだからな。俺はほら。セリーヌを守るっていう最大の目的があるわけだから、やりがいがあるさ」
「しまった。部屋に忘れ物をしました」
ユリスが急に大きな声を出した。額に手を当て、慌てて部屋を飛び出してゆく。
それを見送ったセリーヌは微かな笑みを見せると、改めてこちらへ向き直った。
「リュシアンさんは強いですね」
「そんなこと言ったら、セリーヌの方が何倍も強いだろ……竜の力を宿した俺が、美人魔導師に敵わない、なんてな。笑えるよ」
「茶化さないでください」
頬を膨らませた仕草も可愛い。
「茶化してねぇよ。セリーヌのことは全力で守る。災厄の魔獣を倒して、本当の自由を与えてやるって約束したんだからな」
「はい。その願いが叶った暁には、身も心もリュシアンさんに捧げると誓っております」
両手を膝の上で握りしめ、耳まで赤くしている。そんな姿がいじらしくて、胸が締め付けられる。愛おしさが込み上げる。
「その言葉があれば、勝ったも同然だな」
「油断大敵です。それでなくとも、リュシアンさんの訓練は終わっていないのですから。当初の予定通りならば、レオンさんと三人でアンドル大陸へ戻る予定だったのですよ」
「それを言ってくれるなよ……みんなにも申し訳ないと思ってるんだからさ」
「やはり、難しい訓練なのですか」
「あぁ。セルジオンの全力を操りつつ、竜臨活性を維持するわけだからな。暴れ馬に乗りながら、グラスに入ったエールを零さずに飲み干せって言われてるようなもんだ」
「それは想像を絶する内容ですね」
「だろ? セルジオンの力を抑えれば、今まで通り併用は可能なんだけどな。だけど、それじゃあ通用しない気がするんだ」
ラファエルとの戦いが頭をよぎる。あの黒い翼と同等の力を持つ相手が現れたなら、守りたいと望むものを守り切れない。
「リュシアンさんならできると信じています」
「セリーヌが口づけしてくれたら頑張れる」
「また、そのようなことを……」
「俺は本気だ。からかってるわけじゃない」
ベッドから腰を上げ、セリーヌに近付いた。
「次に会えるのはおそらく、災厄の魔獣との決戦直前だと思うんだ。俺に、困難を乗り越えるための力をくれないか」
彼女の細い肩に触れると、その緊張がこちらにまで伝わってきた。俺を見上げて、唇を結んで顔を強ばらせている。だが、拒絶されているわけじゃない。
顔を近づけると、セリーヌの瞼がゆっくり閉じられた。石鹸の柔らかな香りを感じながら、花の蕾を思わせる可憐な唇へ迫ってゆく。
「遅くなりました!」
明らかに狙い澄ましていたような間で、ユリスが飛び込んできた。
セリーヌは慌てて目を見開き、顔を逸らしてしまった。
「あれ? どうしました?」
「ユリスが戻って来ねぇなぁ、って扉を開けに行こうとしたら、ちょっとふらついてな」
「大丈夫ですか。早く寝て、体調を整えた方がいいんじゃないですか」
悪魔のような笑みを浮かべるユリスを殴ってしまいたい。セリーヌのいない所で、腹に一撃を見舞うくらいなら許されるだろう。
「早く寝た方がって、おまえが俺に話を振ってきたんだろうが。別の話もあるって言ってたよな。何なんだ。さっさと聞かせろ」
ベッドに戻り、苛立ちを当てつけるように勢いよく腰を降ろした。ギシギシと軋んだ音を上げる様が、悲鳴のようにも聞こえる。
どうせベッドを軋ませるなら、セリーヌを相手に繰り広げたい。この見事な肢体から、どんな嬌声が奏でられるのか興味が尽きない。
こっそりセリーヌを眺めていると、ユリスは白々しい顔で扉を閉め、こちらを見てきた。
「竜の力を取り込む、という話についてです。こちらもガルディア様に伺ってみました」
「その件か。で、どうだった?」
「生き血を口にするという行為に似ていますが、あれは魔力を取り込むための儀式です。血肉や遺骨を口にすることで、力を取り込むことは可能かもしれない、ということです」
「血肉や遺骨? そういえば、雷竜王の遺骨は行方不明になったって聞いたな……ラファエルはそれを手に入れて、口にしたのか?」
「その可能性がある、としか……あの老魔導師は、ガルディア様でさえ知り得ない秘術を持っているのかもしれません。しかも、ラファエルという剣士が扱った黒い翼の力ですが……そちらの方が未知の力かもしれません」
ユリスは苦い顔でつぶやいた。