13 増量するなら大歓迎
宴が大盛況に終わった翌朝、仲間たちと冒険者ギルドに顔を出した。すると、シャルロットがお下げ髪を揺らして駆け寄ってきた。
『リュシアンさんに打って付けの依頼を用意して、ずっと待っていたんですよ。それが……こちらですっ!』
折り畳まれた依頼書を両手で持ち、恋文を渡すような勢いで差し出された。
腰を折り、上目遣いでこちらを伺う少女。瞳には期待と好奇の色が覗く。この書類がまさしく恋文だったなら、大抵の男を堕とせるだけの破壊力があるに違いない。
セリーヌと知り合わず、シルヴィさんとも再会せず、故郷に帰ってデリアに会うこともなければ、シャルロットと恋に落ちる未来もあったかもしれない。
だがその前に、彼女の父であるルイゾンさんの鉄拳制裁をくらうだろう。話は冒険者を辞めてからだと言われるに違いない。
『ここ最近、オーヴェル湖の周辺で魔獣の目撃情報が増えているんですよ。種類や強さも様々で、討伐ランクLやSの魔獣も混ざっているらしくて……怖いですよね……私の胸が増量するなら大歓迎なんですけどね』
これは笑っていい場面なんだろうか。
判断に困った俺はシャルロットの自虐話を無言で流し、側にいる仲間たちに声を掛けた。
シャルロットの寂しそうな顔に気づき、やはり笑っておくべきだったのだと反省した。
魔獣の増加という現象について、兄、レオン、ヘクター、イヴォンと意見を交わした。ブリュス・キュリテールに起因している可能性が濃厚だという見方で話は一致した。
ブリュス・キュリテールが神竜の額から食い千切ったという理力の宝珠。その力に、他の魔獣が呼び寄せられているのかもしれない。
『討伐数は多ければ多いほど助かります。レオンさんもいらっしゃいますから、討伐ランクLの対象については三十頭を目標にお願いしたいんですけど……構いませんか?』
「余裕だろ。任せておけって」
※ ※ ※
「碧色が、あんな安請け合いをするから」
愛用の魔法剣を手に林を駆けるレオンは、不機嫌な顔で大蛇型魔獣を斬り捨てた。
「斬駆創造!」
すぐさま、左手から真空の刃を顕現。風の渦が、背後に迫った二頭の狼型魔獣を刻む。
風の魔法だけでいえば、風竜王の加護を受けたレオンの力は、竜術に匹敵する威力にまで上達しているはずだ。
「そう言うなって。何より、シャルロットからのお願いなんだぞ。無下にできるかよ」
解き放ったスリングショットから、三つの魔法石が飛んだ。それらは頭上にいた蜘蛛型魔獣に炸裂し、爆発を起こす。
「おぉ。こいつは使えるな」
このスリングショットは、昨晩にルノーさんから頂いたものだ。更に改良が加わり、最大で三つの魔法石の射出が可能になっていた。
『名付けて、トリプレ・スリングだ。いくつかこしらえた。好きに持って行くといいぜぇ』
宴の席で上機嫌だったルノーさんは、親衛隊の三人娘にも配っていた。もちろん、デリアもしっかりと受け取っていた。確か、マリーと助祭のブリジットも貰ったはずだ。
『私はリュシアンさんのお下がりがいいです』
シャルロットはそう言って、俺が使っていたものを胸に抱えて逃げてしまった。
「無下にできないっていうなら、碧色だけがこの依頼を受ければ良かったんだ。さっさと済ませて、島へ戻るべきだと思うけど」
「連れないこと言うなよ」
得物を剣に持ち替えた俺は、林の奥から飛び出してきた虎型魔獣の首へ突きを見舞った。
「討伐ランクLの魔獣だけで三十体だぞ。これだけの人数で来たけど、一日で終わるような依頼だとは思えねぇ」
首から血を流す虎型魔獣へ仕掛けたレオンは、見事な剣さばきで敵の胴を薙いだ。
「おまえ、俺の獲物を……」
「横取りがダメだとは言われてない。うかうかしてると、碧色が最下位になるよ」
「うるせぇ。まだまだこれからだ」
結局、兄とレオンとヘクターとイヴォン。この面々に、シルヴィさんとアンナを加えて依頼に臨むことになった。
この決定に、親衛隊の三人娘がざわついた。
『せっかくジェラルドさんが帰ってきたのに……私たちでも同行可能な依頼にしてもらって、少しでも長く一緒にいさせて欲しいの』
『それ、素敵な意見ですね〜。私もクリスタさんに賛成で〜す』
クリスタさんとソーニャの気持ちもわかるが、わがままを聞く余裕はなかった。
『あなたたち、立場をわきまえなさいよ』
セシルさんの静かな怒りを受け、騒ぎは一気に沈静化した。
そうして飛竜を使ってオーヴェル湖まで来ると、完成間近の砦の姿を目の当たりにすることができた。
湖の外周を石壁が覆う姿は圧巻だ。ブリュス・キュリテールの封印が解けたとしても、簡易的な足止めにもなるだろう。
『せっかくだから賭けをしましょうよ』
依頼の開始前、妙なことを言い出したのはシルヴィさんだった。
『討伐ランクLの魔獣を狩った数で勝負っていうのはどう? 最下位だった人は、最上位の人のお願いをひとつだけ聞くの』
アンナとイヴォンが面白がり、真っ先に食い付いた。兄は状況を楽しみながら静観し、ヘクターは嫌がりながらも反論できず。レオンは端から負ける気もなく、好きにしてくれと言い放って終わった。
「流水堅牢」
俺の意識を戦いへ引き戻すように、林の奥からイヴォンの声が聞こえてきた。
イヴォンの体を水の球体が包み込む。その流れに弾かれた豹型魔獣が宙を舞った。
だが、魔獣も器用に宙で身を捻った。四肢を踏ん張り、着地の衝撃に備えている。
しかしその時にはもう、イヴォンは次の攻撃を仕掛けていた。
「激流鋭穿!」
落下してきた獲物を見据え、激流のごとき勢いで槍を突き立てた。
「炎竜舌縛」
見れば、ヘクターも善戦している。炎を纏った鞭を自在に操り、熊型魔獣をがんじがらめにした所だった。
腰から引き抜いた短剣が炎を帯びる。それを魔獣の顔面目掛けて投げ付けた。
「炎竜絶牙」
短剣が魔獣の額に刺さると同時に爆発。頭部を失った巨体が仰向けに転がった。
「おいおい。あいつらも仕上げてきたな……これは本当にやばいかも」
苦笑していると、近くで戦っていた兄の姿も視界に飛び込んできた。
その両手には一対の長剣が握られている。
兄は島での特訓で二刀流へ転向したそうだ。父が作った魔法剣も背中に担いでいるが、双竜炎舞と名付けた二本の剣を作っていた。
いつの間にか島の鍛冶職人とまで仲良くなっているとは、とんだ人たらしだ。
「炎竜双爪」
刀身から炎を上げる二本の剣を操り、次々と魔獣を薙いでゆく。その様は剣の名の如く、二頭の炎竜が苛烈に舞っているようだ。
「ちょっと、みんなずるいでしょ。そんなに強くなれるなら、アンナも島に行きたいよ!」
魔導弓を手に、頬を膨らませるアンナ。その姿を可愛いと思い、吹き出してしまった。
「できればそうしてやりてぇけど、島の掟とやらが厳しくてさ。ごめんな」
「そこは、リュシーの腕の見せ所じゃない」
シルヴィさんの斧槍が、横手から飛び掛かる豹型魔獣を切り裂いた。
「俺にもユリスにもどうにもできませんよ。ブリュス・キュリテールを倒したら、少しは影響力も持てるとは思いますけどね」
諭しながらも、お互い攻撃の手は休めない。
誰もが最下位だけは御免だと、ひたすらに魔獣を狩り続けた。