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09 お酒の力を借りなければ


  マルティサン島へ戻ってきて、早くも二ヶ月半が経過。訓練を終えたその日の夜、俺たちは洞窟内の広場に集まることになっていた。


 俺とセリーヌとレオンと兄。ユリスの他に、五人の神官たちもやってきた。


 ユリスが食事会を企画してくれたそうだ。飛竜を使って街から運んできたという豪勢な食事が、木製テーブルに並べられている。


 洞窟の壁際には、給仕を手伝ってくれたであろう数名の年配女性たちが控えている。食事の取り分けや飲み物の手配など、この後の世話も焼いてくれるという話だ。


「すっげぇ。旨そう!」


 イヴォンが食卓に手を伸ばすと、すかさずヘクターに叩かれた。明らかに不満そうな顔だ。


「んだよ。少しくらい、いいじゃんか」


「行儀が悪いですよ。これが家だったら、爺ちゃんに拳骨を落とされてるところです」


 周囲から笑い声が飛び、地の民のクロヴィスが意気揚々とテーブルに近付いてきた。そうして、脇に抱えていた木樽を下ろす。


「みんなと日頃の苦労をねぎらい合おうと思ってな。俺からの差し入れだ」


 しっかりとグラスまで用意されている。


「地の民が作る、特製の蒸留酒だ。こいつは十年以上も寝かせた特級品なんだぜ。おまえら、旨すぎて卒倒するなよ」


「ほう。それは興味深い……」


 (いかづち)の民のバルテルミーが口元を緩め、前のめりに身を乗り出してきた。


「おうおう、賢者様も乗り気か。頭の良い奴は堅物が多いと思ってたんだが、飲める奴は誰でも大歓迎だぜ」


「ふむ。堅物が多いというのは君の偏見だな。知識に飢えているからこそ、様々なものに目を向けてみたいという欲求が生まれるのだ」


「難しいことはよくわからん。とにかく飲め」


 微妙に噛み合っていないように見えるが、楽しそうだから放っておこう。


 レオンと風の民のウードは、輪を避けるように後方に控えている。風竜王の繋がりといい、寡黙で静かな時間を好むふたりだ。自然と馬が合うのかもしれない。


「ユリス君、せっかくの機会ですから、彼女たちも一緒で構いませんか」


 兄は壁際に控えている給仕の女性たちが気になったらしい。兄らしい気遣いだが、見られているだけというのは確かに気まずい。


「もちろんです。皆さんもどうぞ」


 女性たちは即座に断ってきたが、神官たちに押し切られて観念したようだ。テーブルを囲み、賑やかな立食が始まった。


「こんな優男。どこがいいのかわからん」


 食事が始まって二時間近く経っただろうか。セリーヌと一緒に食事と酒を楽しみ、蒸留酒も樽の半分以上が消費された頃、クロヴィスがまたもや絡んできた。

 豪胆で明け透けのない性格だ。口が悪いのと同じくらい酒癖も悪いのが残念な所だ。


「ちっとばかし顔がいいからって調子に乗りおって。セリーヌ、おまえも騙されているのかもしれんぞ」


「それは聞き捨てなりませんね」


 ほんのり赤ら顔になったセリーヌが、手にしていた木製の皿をテーブルに置いた。


「リュシアンさんの素晴らしさがおわかりになりませんか。残念ながら、クロヴィスさんの目は節穴だと言わざるを得ません。これほどの御方を(わたくし)は他に存じ上げません」


 力説しながら、俺の顔をそっと見てきた。


「顔立ちも精悍で、確かに素敵だとは思います……ですが、それだけではありません。心根のとてもお優しい方なのです」


「そんな風に思われてたなんて初耳だぞ」


 嬉しいけど、たまらなく恥ずかしい。


「お酒の力を借りなければ、言えないこともあります……」


「ちょっと抱きしめていいか」


「それはなりません!」


 全力否定されると、給仕の女性たちから忍び笑いが聞こえてきた。


「若いって羨ましいですね」


 そんな声まで聞こえてきて、羞恥の想いに晒されてしまう。そこへ、酒の入ったグラスを持った、イヴォンとヘクターが寄ってきた。


「クロヴィスのおっさんだって、師匠の強さを知ってんだろ。悔しいけど、今の俺じゃ適わねぇよ……もしも婚姻の儀が催されたって、師匠が最強に決まってる」


「僕もそう思います。師匠は凄いですよ」


「なんたって、あそこも師匠だからな」


「その話を持ち出すな!」


 思わず、ヘクターの後頭部を叩いてしまった。せっかく味方をしてくれているのに申し訳ないことをしてしまった。


「あそこというのは、どこなのでしょう」


 余計な所にセリーヌが食い付き、広場が笑いの渦に包まれた。


 ヘクターは真っ赤な顔で黙り、ユリスと兄は苦笑している。おまけに離れた所から、レオンとウードの冷めた視線に射貫かれる。


「どうしたのですか。まさか、(わたくし)だけが知らないのですか? 教えてください」


 頬をぷくりと膨らませた姿が可愛い。


 クロヴィスが大きな笑い声を上げ、グラスに残った酒を一気に飲み干した。


「災厄の魔獣を(ほふ)った後で、この小僧に抱いてもらえ。嫌でもわかる」


 テーブルから骨付き肉を取り、一気にかぶり付いている。食べ方まで豪快だ。


「島の未来は明るいようだな」


 バルテルミーは口元を緩め、蒸留酒のグラスを静かに傾ける。


 渋い男性が放つ大人の魅力に見とれていると、セリーヌにそっと腕を掴まれた。


「では、この場で抱きしめてみてください。それでわかるのですよね? 今回だけですよ」


「は?」


「え?」


 きょとんとしている顔がたまらなく可愛い。


「クロヴィスさんは、抱いてもらえと」


「いや、そういう抱くじゃなくてだな……」


「なんだと仰るのですか」


 このままでは収まりそうにない。仕方なく、セリーヌに耳打ちしようと顔を近づけた。


「性行為のことだ」


「せっ……」


 セリーヌは顔を真っ赤にして固まった。どうやら思考停止してしまったらしい。

 そんな彼女を見かねたのか、ユリスが困った顔をしてやってきた。


「セリーヌ、しっかりしてくれ。リュシアンさんに渡すものがあると言っていただろう」


「渡すもの?」


 不思議に思って声を上げると、セリーヌも驚いたように目を見開いた。


「そうでした。リュシアンさんにはいつもお世話になっておりますので、取って置きのものをご用意させて頂きました」


 逃げるように給仕の女性に近付く。そうして、大皿に乗せられたケーキを受け取った。


「皆様、本日はリュシアンさんのお誕生日です。どうぞ盛大な拍手をお願い致します」


「え!?」


 こんな風に祝ってもらうのは初めてで、あまりの恥ずかしさで反応に困ってしまう。

 照れ隠しに頭を掻いていると、大きなケーキを抱えたセリーヌが近付いてきた。


「私の気持ちを込めた、手作りケーキを……」


 何やら危なっかしいと思っていたら、酔ったセリーヌは見事に足をもつれさせた。


 ケーキが乗った大皿を、ユリスが横から取り上げたのが見えた。俺はそんなことに構わず、セリーヌを受け止めようと、両腕を広げて頭から飛び込んだ。


 無我夢中だったが、視界は闇に覆われた。


 左腕に、彼女の頭部だと思われる重さが乗っている。右腕は恐らく腰の下にある。彼女の腰のくびれのお陰で、さほどの負荷はない。


 なぜ視界が闇に覆われているのかというと、セリーヌの胸に飛び込んでしまったらしい。至福の弾力に顔を思い切り圧迫されながら、クロヴィスの笑い声を聞いていた。


「小僧は、ケーキよりもこっちの方がいいとさ。何よりの贈り物になったらしい」


 笑っていないで助けて欲しいが、セリーヌには誰ひとり触れてほしくない。


「申し訳ありません。すぐにどけますから」


 セリーヌの温もりが離れると、すかさず兄に助け起こされた。


「大事にならなくて良かったよ。リュシアンのために作ってくれたケーキも無事だからね」


 騒動も鎮まり、特製のホールケーキは給仕の女性たちが取り分けてくれた。


「存分に召し上がってください」


「本当にありがとう。うれしいよ」


 宝石を思わせるセリーヌの瞳に見つめられ、緊張してしまう。小皿とフォークを受け取ると、ケーキの上に飴色の物体を見付けた。


「ん? これってさ……」


「特製の蜂蜜ボンゴ虫ケーキです」


「またかよ!? どうあっても、俺をボンゴ虫の虜にさせたいらしいな……」


「私の好きなものを、リュシアンさんにも好きになって頂きたいだけなのですが……」


「わかってるよ。そんな寂しそうな顔をしないでくれ。それに俺は、ボンゴ虫の虜になりたいわけじゃねぇ。セリーヌの虜なんだ」


「また臆面もなく、そのようなことを……」


 恥ずかしさを誤魔化そうと、俺たちは黙々とケーキを平らげた。

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