27 けだものの宴
「だよな。プロムナがあれば大いに助かる。ブリュス・キュリテールとの戦いにも必要だ」
レオンを味方に付け、ここぞとばかりに畳み込む。反対意見は勢いでねじ伏せるだけだ。
「でもね、マリーの成長を近くで見れないのは残念だわ。お姉さん、悲しい」
口元へ人差し指を添えたシルヴィさんが前屈みになり、物欲しそうに彼女を覗き込む。
「あの……どこを見てるんですか」
視線の先にあるものに気付いたマリーは、両腕を持ち上げて胸を隠した。
「とにかく、加護の腕輪はもうしばらく預かろうと思います。女神様も訓練が終わるまでは島から出られないでしょうから、ギルドの依頼消化には私が付き合うつもりです」
胸を隠した仕草のまま、マリーが言う。
そんな姿を見せられると、俺が悪いことをしている気持ちにさせられる。
「ヴァルネットの街に、プロムナ製造の工房を用意するよ。俺の家族や親衛隊のみんなも、揺り籠亭に引っ越しをさせる。決戦までに、少しでも安全な場所へ移って欲しいからな」
様々なことが具体的になってきた。大きな戦いを控え、一層気合いが入ってくる。
「明日は王との謁見もある。みんな、今日はゆっくり休んでくれ。」
合成魔獣の製造に王が関与している。その真相を突き止めなければならない。
そしてその夜は、王都アヴィレンにある宿、大天使の懐亭へ泊まることになった。
マリーの独り立ちを記念し、高級店の一室を貸し切って賑やかな食事を摂った。戦いの疲労も相まって、いつも以上に酒の回りが早かったように思う。
結局、疑問ばかりが残る旅路だった。
フェリクスさんとヴァレリーさんを襲撃したのは誰だったのか。ラファエルたちはどうなったのか。ラモナ島には何があるのか。
剣聖ふたりの殺害については、アントワンの逆恨みという線が一番腑に落ちるのは確かだ。仮にラファエルたちの仕業だと仮定しても、剣聖を襲う利点が思い浮かばない。
ラファエルたちが、終末の担い手の仲間だということは判明した。剣聖ふたりを消すことで、一味には旨味があったのかもしれない。
すべてを判断するには材料があまりにも足りない。そして、それらを考える暇を与えてくれないのがこの人だ。
「気持ちいい。やっぱり最高……奥まで当たるし、リュシーのは別格なのよね」
寝そべった俺の上に跨がり、激しく腰を振り乱しているのはシルヴィさんだ。
解かれた黒髪と大きな胸が、彼女の動きに合わせて揺れ動く。それを下から眺めるのは、とても卑猥な光景だ。
「シルヴィさんの体力は無限ですか?」
「ずっと禁欲生活を送ってきたのよ。これまでのツケ、ぜんぶ払ってもらうんだから」
「俺が悪いみたいじゃないですか」
「そうよ。こんなに素敵なあたしを放って遠くに行った、リュシーのせいじゃない。こっちは他の男の誘いなんてぜんぶ断って、ずっと我慢してきたんだから」
嬌声を上げたシルヴィさんは、狂ったように腰を振り乱してくる。油断していると、あっという間にすべて持って行かれてしまう。
「ちょっと待って。俺が持たねぇ……」
「いいわよ。いつでも好きなだけ出して。避妊薬も飲んだし、精力剤もまだまだあるし、準備万端よ。それともメイドになりきって、おねだりされたいの? 御主人様、どうぞあたしの中に全部出してくださいぃぃ、って」
いつも以上に悪乗りしているが、タガが外れてしまったのだろう。シルヴィさんの顎を伝い落ちる涎に、興奮を煽られてしまう。
疲れ切って、部屋で完全に油断していたのは俺だ。ノッカーを打つ音に続いて男性の声が聞こえ、お届け物ですという言葉に扉を開けたのが失敗だった。
扉をこじ開けてシルヴィさんが潜り込み、金を握らされた宿の使用人は去って行った。
そこからはもう、されるがままだ。
「御主人様、もっと奥まで。欲にまみれた卑猥なメイドに、きついお仕置きをお願いします。どうぞ滅茶苦茶にしてくださいませ」
そんなことを言われると、否が応でも興奮を煽られてしまう。心地よい背徳感を味わいながら、シルヴィさんの体へ手を伸ばした。
「御主人様を使おうだなんて、とんでもねぇ屑メイドだ。罰が必要らしいな」
両胸の先端を軽く摘まんだだけで、シルヴィさんは背中を逸らせて嬌声を上げる。
けだものの宴はまだまだ終わりそうにない。
※ ※ ※
「だから言っているじゃありませんか。リュシアン・バティストに危険性はありません。炎の神官の息子という血筋もある。いい加減あの人を認めるよう、長にも伝えてください」
魔導通話石を握るユリスは、憂鬱な思いを溜め息に乗せた。正直、長老の側近を務めるアダンとのやり取りに嫌気が差していた。
今日こそは、はっきり言ってやろう。
その覚悟を持って、話し合いに臨んだ。
『昨日と様子が違うな。おまえともあろう者が、たった一日で懐柔されたか』
「酷い言い草ですね。俺はあの人の人格と功績を認め、受け入れただけです。長老より柔軟な考えを持っていますから」
『だとしてもだ。おまえの意見は求めていない。長老様の言い付けを反故にするつもりか』
ユリスは胸の中へ、負の感情が泥のように沈殿してゆくのがわかった。受け入れたくはないのに、拒むことができない。
必死の抵抗を試みたユリスは、その場から逃げるようにベッドへ身を沈めた。
「悪いとは思いますが従えません。リュシアンを故意に消せだなんて正気じゃない。長老は本気でそんなことを言っているんですか」
アダンから持ち掛けられたのは、耳を疑う話だった。手段を問わず、隙を見てリュシアンの命を奪えというのだ。
『間違いない。これは長老のお考えだ』
「だとしたら本当に、上に立つ者を入れ替える時が来ているのだと思いますよ。そんな危険な考えを持つ人を長にはしておけない」
気に入らないから排除する。
本能に任せたような極端な思考では、民の信頼を得ることなどできるはずがない。
『滅多なことを言うものじゃない。どこで誰に聞かれているかわからんぞ』
「何度でも言います。長老のやり方には従えない。俺が必ず、島のあり方を変えてみせる」
乱暴に通話を切り、手にした石を放った。
部屋に静寂が訪れると、隣室から獣が唸るような声が洩れ聞こえてきた。その部屋には、リュシアンが滞在しているはずだった。
「雌の狼でも連れ込んだのか」
不快感に顔をしかめたユリスは、改めて釘を刺しておかねばならないと心に誓った。
※ ※ ※
「だとさ」
通話を終えたアダンは、取り付く島もないという顔で、隣に立つ人物を見た。
「食えねぇ坊ちゃんになっちまったもんだ」
しかめ面をする友人を、アダンは不安げな顔で見つめている。
「どうする。ユリスが長老に問い詰めるようなことがあれば、すべて明るみに出るぞ」
「おいおい。俺を売る気か? 通話を交わしたのはおまえとユリスだ。おまえが黙っていれば、俺が表に出ることはない。そうだろ」
「俺に泥を被れというのか」
「生活に困らないだけの金は渡してるだろ。だったら長老を消すか? 俺が長の地位とセリーヌを手に入れて、おまえを新たな側近として迎え入れてやるよ」
闇に紛れて不適に微笑んだのは、光の民の候補者であるジャコブだった。