23 風の竜臨活性
「その力は……竜臨活性か!?」
ラファエルに立ち上がる時間を与えず、レオンはすぐさま仕掛けた。
「空駆創造」
風の魔法で脚力を強化。瞬時にラファエルに迫り、顔を狙って蹴りを繰り出した。
ラファエルも左腕を持ち上げて蹴りを防ぐが、それもレオンの計算の内だ。
敵の意識を削いだ所で、すぐさま標的を変えた。床を蹴ったレオンは、側で傍観を決め込んでいた四人へ斬り込む。
狙いは当初からこの四人だ。
「疾風・竜駆突」
剣を構え、突きの姿勢で突進。彼が纏う風の魔法に煽られ、誰もが体制を崩した。レオンはそのまま迷うことなく、弓矢使いであるギデオンの心臓をひと突きにしていた。
勢いは止まらない。刃の先端とギデオンの体が背後の壁にぶつかった所で、ようやく彼らは停止した。
ギデオンは目を見開き、声にならない声を上げる。レオンは冷徹な目で彼を見据え、引き抜いた剣で相手の首を落とした。
「小僧!」
即座に反応したのはモルガンだ。武装の強度と頑強さを考えれば当然だが、彼が武器を構えるより、レオンの反応速度が上回る。
グレゴワールとミシェルは体勢を崩したまま、応戦の準備すら整っていない。
「斬駆創造」
レオンの左手から追い打ちとなる強風が吹き荒れ、三人はたまらず膝を付いた。
だが、次の一手を阻んだのはラファエルだ。
「調子に乗るな」
ふたりの繰り出す斬撃が衝突。雷と風が、薄暗い通路に弾け飛ぶ。
「力を隠していたのか」
「簡単に手の内を明かすのは愚か者だけだ」
勢いに乗る雷の斬撃を、風の斬撃がことごとくいなして受け流す。
「月牙、話に乗ってくれて助かった。あの翼の持続時間がわからなかったから」
「食えない奴だ」
「二番手だのなんだと言ってくれた礼をしようか? 今のあんたになら勝てるけど」
「黙れ、殺すぞ」
「やってごらんよ」
斬撃の応酬に加え、魔法までもが激しく飛び交う。互いに剣と魔法を扱い、二刀流の戦術を得意とする戦士たちだ。レオンが竜臨活性を得た今、その力は互角となっていた。
レオンの活躍が功を奏し、リュシアン、シルヴィ、アンナの三人も動けるまでに回復していた。もっとも、マリーによる陰の支援が多大に作用しているのは明らかだ。
マリーはラファエルと交渉している間も、密かに癒やしの魔法を展開していた。すべては、リュシアンが活路を見出してくれると見込んでの行動だったのだ。
※ ※ ※
腹部を覆う、じんわりと染み入るような温もりで目が覚めた。ラファエルに刺された傷は塞がっているが、体が酷く怠い。
隣には癒やしの魔法を展開するマリーが立ち、眼前ではレオンとラファエルが激しい戦いを繰り広げている。
「あいつ、いつの間に竜臨活性を使えるようになったんだ」
結果的にはレオンに助けられたわけだが、力のことを隠されていたのは悲しく悔しい。
残念に思いながら、剣を拾って立ち上がる。どうやら炎竜の力は腹部の治癒に使い果たされてしまったようだ。体を取り巻く炎の渦も消えている。体力は限界を迎え、これ以上の戦闘を行うのは困難だ。
すると、マリーに腕を掴まれた。
「撤退するんでしょ。レオン様が抑え込んでくれている今しかないわ」
「わかってる。話は後だ」
シルヴィとアンナに目配せをして、ユリスと合流。通路を隔てる扉まで後退した時だ。
「闇捕創造」
突如、老人の声が響いた。蜘蛛の巣を思わせる魔力の糸が展開し、通路の中央で戦っていたレオンとラファエルが捕らえられた。
「あの魔法は……」
捕縛魔法を目にして、蝶の仮面を付けたインチキ魔導師、ユーグとの戦いがよぎった。セリーヌも同じ魔法で捕らえられ、体の自由を奪われたことがあった。
ふたりは激しく暴れているが、魔力の糸が切れる様子はない。
「竜臨活性の力でも破れないなんて……相当な魔力量が練り込まれています」
足を止めたユリスが不安げにつぶやくと、魔導師であるグレゴワールの足下に魔法陣が現れた。そこへ、ひとりの老人が出現する。
背を丸めて魔導杖を付き、闇に溶けるような漆黒の法衣に身を包んでいる。頭髪は大半が抜け落ち、骨と皮だけのような体だが、目付きだけは異常に鋭い。
「うひひひひ。危険な輩たちには、しばらく大人しくしていてもらおうかね」
気味の悪い声で笑う男に、モルガンが待ちかねたように近付いてゆく。
「マルセル殿、もう少し早く頼む。危うく殺されるところだったわ。とはいっても、ギデオンがやられちまったがな」
弓矢使いの遺体を眺めたモルガンは、その目をこちらへ向けてきた。
「ったく……良質で高位の魔法石を手配するのはギデオンの役目だったんだ。新しい流通経路を探さなけりゃならん。碧色、おまえを散々苦しめた、ゲルボーを覚えてるか?」
「ゲルボー?」
何のことかわからないが、笑いを堪えるモルガンに苛立ちが募る。すると、グレゴワールが呆れた顔で肩をすくめた。
「モルガン君。彼に説明するなら、Gと呼ばなければわからないだろう。Gに魔法石を流していたのがギデオン君だ」
「おまえら、Gと繋がってたのか!?」
理解が追いつかず、言葉が出てこない。
固まる俺の反応を楽しんでいるのか、マルセルは笑みを一層深くした。
「君と直接会うのは初めてだね。僕はマルセル。弟子のユーグが世話になった」
「ユーグが弟子だと……」
困惑していると、魔力の糸に縛られたままのラファエルが更に激しく藻掻いた。
「マルセル、俺まで捕らえるとはどういうつもりだ。ついにぼけたのなら殺してやるぞ」
「うひひひひ。恩寵を受け、その力を行使してもこの程度かね。君は用済みだな。おまけに君はユーグを見捨て、命すら狙っていたというじゃないか。僕は怒っているんだよ」
マルセルの言葉を聞いたモルガンは、戦斧を手にしてラファエルに近付いてゆく。
「最初から生意気だったからな。あの方のお気に入りとはいえ、儂はおまえがずっと嫌いだった。目立たんように行動しろといったのに、ギルドに登録した後はどんどんランクを上げちまいおって。二つ名まで手に入れて、儂らがどれだけ冷や冷やしたか知らんだろ」
「知るか。俺には力がすべてだ」
「おまえは儂の手で始末してやる」
言い争うラファエルとモルガンが鬱陶しい。痴話喧嘩は放っておくとして、様々な疑問が結びついてひとつの真実になってゆく。
「結局、てめぇらは終末の担い手の一味ってことなんだろ。アントワンの言うことが正しかったわけだ。仲間割れならご自由に。その前に、一緒に捕まったレオンを解放しろ」
「おやおや。会ったばかりだというのに連れないじゃないか。どれ、せっかくの機会だ。老いぼれの昔話でも聞かせてやろう」
マルセルは傍らに立つ容器のひとつに触れた。割れた容器の表面を、手のひらで愛おしそうに撫でつける。
「魔鉱石を薄く加工して作られた容器だが、頑丈な上に魔力の伝導率も高い。かつては優秀な魔導師たちが揃っていたものだよ。この奥には更に巨大な五つの容器があった。中身が何だったかわかるかね?」
「ブリュス・キュリテールか? なんで、そんなことを知ってるんだ」
「あの魔獣の研究開発には僕も携わっていてね……細工を施して凶暴化させ、外の世界へ解き放ったのは僕なんだよ」
「は? 解き放った?」
現実味のない話に、頭が追いつかない。