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18 ひとつの過ち


 ラファエルが敵だという、アントワンの言葉は同感だ。しかし、敵と見なすだけの明確な理由があったはずだ。金を要求された程度では、敵とまでは表現しないだろう。


 アントワンは命の危機を感じていたのかもしれない。でなければ、わざわざ言伝(ことづて)を残したりはしないだろう。俺に宛てたということは、ラファエルが本気でフェリクスさんを狙っていた可能性までも示している。


「ラファエル。おまえがフェリクスさんを狙っていたって話は、王都の防衛戦の時にも聞いた。でもな、俺はこう考えてる」


 剣を握る手に力が込もる。怒りを抑えきれず、今にも斬りかかってしまいそうだ。


「フェリクスさんとヴァレリーさんを亡き者にしたのはてめぇじゃねぇのか、ってな。アントワンたちに罪を着せて、すべてをうやむやにするつもりなんじゃねぇのか」


「なるほど、斬新な発想だな。そうして貴様は、俺たちを殺す口実を得るというわけだ」


「はぐらかすんじゃねぇよ。俺は可能性の話をしてるんだ」


 ラファエルから視線を外し、奥で控えているグレゴワールの姿を睨んだ。


「あの魔導師が葉巻を作ってるって言ったよな。薬草や毒草にも詳しいはずだ。ヴァレリーさんの屋敷には酩酊(めいてい)効果を持つ薬が漂っていたって話だ。調合だってお手のものだろ」


「おやおや。酷い言い掛かりだ。酩酊薬など、薬剤を扱う店や寺院で容易に手にできるのに」


 おどけたように頭を振るグレゴワール。だが、ここで追及を緩めるわけにはいかない。


「屋敷を覆うのにどれだけの量が必要になると思うんだ。個人がそんな特殊なものを、相当量確保するのは難しいだろうが」


 徹底的にやり合おうと思っていた所へ、モルガンが大きく手を打ち鳴らした。


「やめだ、やめ。小難しい話は頭が痛くなる」


 苛立った顔をして、耳の穴を小指でかき混ぜながら立ち上がった。手にする戦斧(せんぷ)の頭頂は、未だ足下を向いたままだ。


「小僧、おまえは何がしたいんだ。フェリクスもヴァレリーもアントワンも死んだ。ぜんぶ終わりだ。儂らを殺したいなら今すぐ()り合えばいい。そうじゃないならさっさと失せろ。酒場で牛乳でも飲んでいやがれ」


「おい、禿げ頭。てめぇは言語が通じねぇだろ。引っ込んでろ。俺は真実を知りたいだけだ。フェリクスさんを亡き者にした相手を見つけ出すって、墓前で約束したからな」


 いきり立つモルガンに言い放つと、ラファエルがうんざりした顔で口を開いた。


「モルガン、大人しく座っていろ。貴様も貴様だ。探しているその相手がアントワンだと、さっきから言っているだろう。獲物を横取りしたのは悪かったが、先に見つけたのは俺たちだ。ただそれだけのことだ」


「おまえの説明も一応は筋が通ってるけどな。でも、ひとつだけ過ちを犯したな」


「過ち? なんのことだ」


「おまえはアントワンの仲間を、奥の部屋で始末したって言ったよな。俺だったら、自分の根城を汚すのは御免だ。しかも俺が集めた情報によると、四人は外で殺されてる」


 ラファエルの後方にいる四人を伺った。


「モルガン、ギデオン、グレゴワールの三人がかりで、弱らせた獲物を追い詰めたって報告が来てるんだよ。ミシェルだけは傍観を決め込んでいたらしいけどな」


 これはドミニクから事前に得ていた情報だ。尾行を続けていた部下たちが、一部始終を見届けていたという。これを聞いていなければ、真実を見落としているところだった。


「あぁ、やはりそういうことか……」


 ラファエルは弱り切った顔をして、左手をこめかみへ添えた。


「言葉の(あや)だ。俺はその場にいなかったから、こいつらの報告をそのまま口にしただけだ」


 瞳へ怒りを宿したラファエルは、後方の仲間たちを振り返った。


「始末するなら目立たないようにやれと伝えておいただろう。グレゴワールとミシェルが付いていながら……この馬鹿どもが!」


 ラファエルは吐き捨て、怒りを当てつけるようにアントワンの遺体を蹴り付けた。

 その反応に、再び混乱させられていた。


 ラファエルの言葉が真実で、アントワンが俺たちをはめようとした可能性もある。この一味を改めて警戒するに留め、この場は矛を収めるのが妥当かもしれない。


「これ以上の追求は不毛だな……でもな、俺たちはアントワンを探しに来たわけじゃない。おまえらがどうしてここを根城に選んだのかは知らねぇが、ここがどんな場所かわかってるのか。俺たちは、ここを調べに来たんだ」


 ラファエルは呆気にとられたような顔をして、軽く数度頷いてみせた。


「クレアモント研究所、だろ。魔導を用いた、非人道的な人体実験や、魔獣の研究が行われていた場所だ」


 意味深な笑みを浮かべ、側に建つ巨大な容器を手のひらで叩いている。


「そうそう。合成魔獣の研究も行われていたんだったな……貴様らが知りたいのは、ブリュス・キュリテールのことだろう。確かに、あの化け物はここで造られていた。残念だが証拠や資料は残っていない。当時の事件後、すべて運び出されているからな」


 淡々と語るラファエルは、腰に提げた革袋から葉巻を一本取り出した。指先に魔力を込め、その先端に火を点ける。


 あの葉巻には薬草を巻いてあるはずだ。恐怖や痛みの軽減、気分を高揚させ、感覚を鋭敏にする成分が入っていると言っていた。


「研究に関わっていた魔導師たちも、探し出されて皆殺し。貴様がここに辿り着けなければ、俺から声を掛けるつもりだった。九ヶ月後か? ブリュス・キュリテールとの再戦までには招待してやるつもりだったんだ」


 煙を深く吐き出したラファエルは、それが消えゆく様をぼんやりと眺めている。


「随分と詳しいんだな。研究資料を持ち出して魔導師を処分した相手も知ってるのか」


 その言葉を待っていたように、ラファエルの高揚した目が俺を捉えた。葉巻を咥え、口元を邪悪に歪ませる。


「当然だ。貴様らが真実を知ったらどう思うだろうな? 今まで必死に守ってきたものを、すべてぶち壊したくなるんじゃないか」


 ラファエルの後方から嘲笑が漏れた。


「違いねぇ。教えてやったらどうだ」


「ぶち壊すなら、俺にも声を掛けて欲しいんよ。殺しなら喜んで付き合うからよ」


 崩れた石柱に腰掛けるモルガンは膝を叩き、壁にもたれたギデオンは手にした弓を撫でる。

 弄ばれているようで不快感しかない。


「てめぇらは何もかも知ってるって口ぶりだな……前から不思議だったんだ。雷竜王(らいりゅうおう)グローストの力を持っていて、竜臨活性(ドラグーン・フォース)まで操る。おまえらは何者で、目的は何だ」


「貴様は質問ばかりだな。だが、無知というのは恐ろしいからな……裏を返せば、知らない方が幸せとも言えるが」


 ラファエルは俺たちを順に見回すと、落胆の溜め息を漏らした。


「セリーヌと言ったか。()(びと)の女はいないのか……あの女を引き渡せば、知っていることをすべて話してやってもいい」


「ふざけるな」


「俺は本気だ」


 ラファエルは間髪入れずに言い返してくると、葉巻の煙を深く吸い込んだ。俺の後方で、ユリスが荒い息を吐いたのが聞こえた。


「とはいえ、あの島も後継者不足だよな。セリーヌのような若い女を失えば大打撃だが、俺の知ったことか。老いぼれどもを、あくせく働かせればいい。どうせ保身だけを考えて、甘い蜜を吸いたがる老害ばかりだろ。あの島こそ滅ぼすべきだ。せっかく貴様を泳がせていたが、後を追い損ねたのは誤算だった」


 こいつがマルティサン島の存在を知っているとは思わなかった。竜の力を操れる時点で考慮しておくべきだったのだろう。


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