17 道が交わることはない
「アントワンが殺人鬼だって?」
いぶかしんだ声を出すと、ラファエルはゆっくりと近付いてきた。
数メートルの距離を取って立ち止まる。右手には漆黒の剣。体には漆黒の鎧という姿だ。
ラファエルの一味は漆黒の装備に身を包んでいる。それは、ドミニクの報告とも一致する。アントワンたちと行動を共にしていたのは彼らだと考えて、ほぼ間違いないはずだ。
「おまえが指示をして、アントワンのパーティをここに連れてきたんだろ。どうしてこんな場所を選んだんだ」
ラファエルは不適な笑みをたたえたまま、値踏みするように俺たちを見回している。
「どうしてと言われてもな。ここは俺たちの根城だ。辛気くさくて俺は嫌いなんだが、あいつらが他に行くことを嫌がるんでな」
ラファエルは親指を立てて後方を示す。そこには四人の仲間が控えていた。
丸坊主で巨漢の斧使いモルガンは、割れた容器の縁に腰掛けている。
弓矢使いのギデオンは八重歯を覗かせて薄気味悪く微笑み、柱に寄りかかっている。
何を考えているのか読めない、無表情の魔導師グレゴワールは、そのふたりの後方で壁にもたれて立っていた。
中性的な顔立ちで、爽やかさすら漂う槍使いのミシェル。相変わらず、この中では浮いている。それを本人も自覚しているのか、三人から多少の距離を取って立っている。
どいつもこいつも腕利きの冒険者なのだろうが、どうにも好きになれない。
そんな彼らの足下に四つの丸いものを見付け、言葉を失ってしまった。人の頭部だ。
俺の視線に気付いたラファエルは、こちらの反応を楽しむように邪悪な笑みを深くした。
「王都の酒場でアントワンのパーティと偶然一緒になってな。酒が深くなった頃合いで、剣聖を始末したと自慢げに語り始めたんだ。俺は怒りに震えた。あのふたりこそ、俺が次に狙っていた相手だったんだからな」
笑みから一変、憎悪をたぎらせた顔で奥歯を噛みしめている。
「元々、フェリクスの弟子だったというじゃないか。フェリクスが手足を欠損したことで儲け話を不意にされ、捨てられた。その恨みで襲撃したとほざいていたがな。儲け話とやらは、貴様らも知っているんだろ」
「そうだな。俺も同じ話を聞いてたよ」
彼の説明は筋が通っているが、それでも疑念を拭えない。どちらかが嘘をついている。
話したこともないアントワン。怪しさを漂わせるラファエル。どちらを信じるべきか。
「俺はアントワンに言ったんだ。おまえらがしでかしたことを、衛兵にたれ込むとな。すると奴らは手のひらを返し、それだけは勘弁してくれと懇願してきた。俺たちは金を要求し、ここで内密に話し合おうと合意したわけだ」
「それがどうして殺し合いになるんだ」
「酔いが覚めて、考えが変わったんじゃないのか。馬車に乗せた連中はグレゴワールの魔法で眠って貰っていたが、ここに連れてきて目が覚めると襲ってきた。自衛のためにやむなく始末したが、後から来たアントワンが、仲間の遺体を目にするなり激昂したわけだ」
「おまえらは自衛のために首まで刈るのか? アントワンの怒りを煽るためだろ」
「交渉を円滑に運ぶための見せしめだ。俺たちを敵に回したらどうなるか。それを思い知らせてやったんだ。とはいえ激昂したこいつも、仲間と同じ道を辿る結果になったわけだがな」
話を聞き、周囲の様子へ目を走らせた。
「ねぇ、リュー兄」
側でアンナの囁き声がした。
「おかしいよ。自衛のために戦ったっていう割に、争った形跡がほとんどないんだけど」
「俺も同じことを考えてた」
ラファエルとアントワンが戦っていた周辺だけ堆積していた砂が飛び散り、流血の跡も生々しく残っている。それ以外の場所は、争いがあったとは思えないほど綺麗だ。
ラファエルは俺たちの言葉を鼻で笑う。
「この四人を始末したのは奥の部屋だ。運ぶのも面倒だからな。首だけ見せつけてやった」
この部屋には拡声魔法が張り巡らされているようだ。俺とアンナの会話が、ラファエルにまで聞こえるはずがない。
警戒を緩めず、ラファエルを伺った。
「その説明に間違いはないな? 奥の部屋で四人を始末した、確かか?」
「そうだと言っている」
「わかった。それなら質問を変えさせてもらうぞ。馬車と馬まで使って、アントワンと仲間を分けた理由はなんだ」
「アントワンに逃げられないようにするためだ。仲間の中に奴の女がいてな。人質の意味も含めてわざと別にして、四人を先にここへ連れて来るよう仕向けた」
「そのアントワンが、どうしてわざわざ冒険者ギルドに寄って言伝を残したんだ。俺に宛てたものだったが、俺たちは初対面だぞ」
そこで初めて、ラファエルが驚きを見せた。怒りに顔を歪め、背後の仲間を振り返る。
その睨みに反応したのはモルガンだ。悪びれた様子もなく苦笑いを漏らし、禿げ上がった頭部を撫でながらアントワンを見た。
「すまねぇ、大将。そいつがどうしてもって言うんでな。でなきゃ動かねぇ、とほざきやがって。ちょこちょこっと書いただけだったから、意味のないもんだと思い込んじまった」
「受取人が碧色だと知っていたのか」
「いんや……親に宛てたもんだと言ってな」
「馬鹿が。半端な仕事をしやがって」
叱責されて縮こまるモルガンを見て、ギデオンがたまらず忍び笑いを漏らした。
「ギルドのテーブルで酒を飲んでたくらいだからな。言伝の内容だって、ちゃんと確認したのか怪しいもんよ」
「おまえ、ここで告げ口するのか!? 見張りの役目もほっぽり投げて、短剣の刃を研ぐことに夢中だった快楽殺人鬼が」
「黙れ、クズども」
ラファエルの一喝で、ふたりは押し黙る。
「それ以上騒ぐとまとめて斬り殺すぞ。貴様らを組ませたのがそもそもの間違いだ。俺が見ていないと、いつもこうだ」
「ラファエル君、落ち着きたまえ。アントワン君をここへ連れてきてくれただけでも良しとするべきだ。彼らにしては上出来だよ」
「グレゴワール。褒められているのか貶されているのかわからんが、適度に暴れて旨い葉巻を味わう。それだけで儂は満足なんだ」
吞気に笑うモルガンの姿に、ラファエルは呆れ顔で溜め息を漏らした。そこから目を背け、再びこちらへ視線を戻してきた。
「ということだが、俺たちはアントワンに思い知らせるつもりで行動していただけだ。金で解決するはずがこじれたが、ここは街の外だ。手に掛けようと罪にはならん」
「おまえの言うとおり、ギルドの規則に従えばそういうことにはなるけどな……そもそも、フェリクスさんやヴァレリーさんを狙っていたっていう発言や考え方が問題なんだ。王都の防衛戦もだけど、この国に敵対する気持ちが透けて見えるのが気に入らねぇんだよ」
「気に入らない相手は排除か。口では散々いいながら、やろうとしていることは俺たちと同じだ。救世主が聞いて呆れる」
生意気な言い草に、苛立ちが募る。
「一緒にするな。無駄な殺しはしない」
「必要なら躊躇なく殺すだろ。同じだ」
「そもそも、見ている方向が違うんだよ。おまえらは何のために冒険者をやってるんだ。俺たちの相手は魔獣だ。人と戦うために剣の腕を磨いてるわけじゃねぇ」
「人も魔獣も同じだ。己の道を進むための障害となるなら排除する。それがどんな相手でも、俺は決して屈しない」
「ラファエル、おまえと道が交わることはねぇ。それだけは確信してるよ」
「奇遇だな。初めて意見が一致した」
意地悪く笑う顔を殴ってやりたい。