13 過保護なお姉さん
二日目の作業も順調に進んでいる。見張り役の傭兵を半分に減らし、職人たちの力仕事を手伝わせることにした。
そうして昼を過ぎ、十五時の休憩。またしても、セシルさんからテントに呼ばれた。
「リュシアンはこれね。疲労回復に効果があるっていう薬草を配合して、蜂蜜と果汁で味を調えた特製飲料なのよ」
籠に入っていた水袋を受け取ると、セシルさんから険しい視線を向けられた。
「それと、デリアの愛情もたっぷり入ってるんだからね。じっくり味わいなさいよ」
「わかりました」
なんだか色々な意味で重い。
「果物もあるけどいる?」
「いえ、俺は大丈夫です。職人や子どもたちにあげてください」
「子どもたちの分はちゃんとあるから遠慮しないで。リュシアンだって体が資本なんだから。デリアに心配をかけないためにも、体調管理はしっかりしなさいよね」
その言葉に吹き出してしまった。
「姉ちゃんっていうより、お母さんみたいになってきましたね」
すかさず背中を叩かれた。
「あなたたち兄弟が抜けてるからでしょ。ジェラルドだって竜のこととなると、寝食を忘れるくらい没頭しちゃうし。私の心配事がどんどん増えていくんだけど」
親衛隊とデリアの差し入れは今日も続いていた。さすがに傭兵や職人の分はないが、セシル司祭と子どもたちのことを気に掛けてくれているのはとてもありがたい。
「ちょっといい?」
セシルさんに腕を取られ、テントの外に引っ張り出された。俺の背後を伺っているが、おそらくデリアの姿を確認したのだろう。
「妹のこと、はっきり振ってくれたみたいね」
「そのことですか……すみません」
「まぁ、意中の相手がいるっていう話はサンドラおばさんからも聞いてから、望み薄だなとは思ってたのよ。だけど妹だってこっちに来てから更に垢抜けたし、その辺の女の子と比べても段違いに可愛いでしょ」
「それは確かに、そう思いますよ」
「でしょ? 本人は明るく振る舞ってるけど、傷付いてるんだから。優しくしてあげてね。それでもリュシアンの側にいたいなんて言ってるし、なんて健気なのかしら」
「なんだか色々すみません」
「恋愛なんてお互いの問題なんだし、他人がどうこういっても仕方ないじゃない……私だって、なんでジェラルドなんて好きになっちゃったんだろうって思ったりもするし」
「え? 意外ですね……」
「競争率が高すぎて、気の休まる暇がないって言うの? 当の本人は恋愛に興味がないみたいだけど、見た目と性格の良さで、女性をどんどん惹き付けちゃうしさ」
「ですね……」
大いに納得しながら、丘陵の眼下へ伸びる景色に何気なく目を向けた。すると、街道に留まっている一台の馬車が目に付いた。
「どうしたの?」
「あんな所に馬車が。留まる理由もないし、故障かな? ちょっと見てきますね」
水袋を片手に、セシルさんから離れようとした時だった。茂みを掻き分けるようにして、深紅の何かが視界へ飛び込んできた。
「シルヴィさん……ってことは、あそこの馬車はサミュエルさんが手配したのか?」
派手なビキニアーマーはこんな所でも目立つ。結い上げた黒髪と高身長も相まって、存在感が遺憾なく発揮されている。
隣にはアンナが並び、こちらへずんずんと迫ってきた。シルヴィさんを目にした傭兵たちは慌て、緊張の面持ちで敬礼をしている。普段からどんな教育をしているのだろう。
シルヴィさんは右手を挙げて彼らに応えている。流し目を送られ、だらしない顔を晒して骨抜きにされている者も数人確認できた。
「もう。やっと会えた」
顔を合わせると抱きつかれ、胸に顔を埋めてきた。傭兵たちからの視線が痛い。
「自宅に行ったら、依頼で出掛けてるって言うじゃない。探すのに苦労したわよ。こんな所で女性陣と談笑なんて、いいご身分ね」
「ちょっと、くっ付きすぎ。はしたないから、そういうことは人目のない所でしなさい」
セシルさんはシルヴィさんの肩を掴み、むっとした顔をしている。引き離されたシルヴィさんも、負けじとセシルさんを睨む。
「あら。誰かと思えば、セシルお姉さんじゃありませんか。気が付きませんでした。私とリュシーの逢瀬を邪魔しないでくださる?」
「意外ね。紅の戦姫なんて呼ばれているあなたでも、そんな風に雌の顔をするなんて」
「あら、酷い。雌だなんて心外ですわ。でも、そんな顔を見せられる相手がいないお姉さんも寂しいですね。心中、お察しします」
「シルヴィ。リュシアンの前だからって、調子に乗ってるんじゃないわよ。今日こそ決着を付けてあげましょうか?」
「あらあら。過保護なお姉さんも困り者ですね。あたしがリュシーと仲良くするのは面白くありませんか。デリアにも、色仕掛けで攻めるように教えてあげたらいかがです?」
「ちょっと待て。ふたりとも落ち着け」
間に割って入るも、ふたりの怒りは収まることを知らない。ようやく魔獣を倒したというのに、新たな戦いが始まってしまう。
「このふたりは放っておいて大丈夫だから。いつもこんなだし、相手をするだけ無駄だよ」
冒険服の裾をアンナに引っ張られた。彼女の呆れ顔を見て、なんだかこちらまで気が抜けてしまった。
そっとふたりから離れると、後から来たレオンとマリーと目が合った。その後ろには、サミュエルさんの姿もある。
サミュエルさんは俺を見付けるなり、人懐こい笑みを浮かべて近付いてきた。
「どうも、リュシアンさん。街の入口までの約束だったんですが、最後にご挨拶だけでもと思いましてね。冒険者ギルドでシルヴィさんに確認して頂いたら、こちらの農園にいらっしゃるということだったので」
サミュエルさんが不意に目を逸らした。その先には、孤児院の面々とユリスの姿がある。
「まさか、エルザ司祭とも顔見知りとは。リュシアンさんも顔が広い。ということは、あの花のこともご存じなんですよね」
「え? サミュエルさんも? となると、エルザ司祭が取り引きをしてる相手って……」
「はい。他にも声を掛けていらっしゃるでしょうが、私も融通して頂いているひとりです」
「なんの話ですか?」
側にいたマリーが話に加わってきた。
ふたりを目にして、パッと道が開けた気がした。交渉もまとまるかもしれない。
「マリー。ちょっと協力してくれ」
プロム・スクレイルの存在を告げると、マリーは目を見開いて食い付いてきた。
「俺たちにも融通してくれるよう、あそこにいるエルザ司祭に頼んでもらえないか」
「そういうことなら任せて」
マリーとサミュエルさんに間へ入って貰うことで、話し合いは驚くほど円滑に進んだ。
「サミュエルさんのお知り合いでしたか。それに、アンターニュの聖女の噂は聞き及んでおります。大司教の書状まで見せられては、協力しないわけにまいりません」
俺の予想通り、プロム・スクレイルだけを生産する第二農場が存在するのだという。傭兵たちを使って孤児院と農園の定期警護を約束し、生産量の一部を継続的に買い取らせてもらうことで話がまとまった。
「碧色。耳に入れておきたい話がある」
エルザ司祭との交渉が終わるのを待っていてくれたのだろう。待ちかねたように、レオンが声を掛けてきた。