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碧色閃光の冒険譚 ~竜の力を宿した俺が、美人魔導師に敵わない~  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
QUEST.13 クレアモント編

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12 大事なものが変わった


 気まずさが勝り、午後からはデリアの目を避けて過ごした。

 存在するはずのない魔獣を睨み、森へ目を凝らす。警護という立場でよかったと、内心は胸を撫で下ろしていた。


 デリアへ告げた言葉がすべてだ。俺の初恋は間違いなく彼女だと断言できる。だが、それも昔の出来事になってしまった。


 自分の中で大事なものが変わった。


 フォールの街を出た時に、過去だと割り切ってしまったのだろう。いや、セリーヌと出会った瞬間に、すべてが塗り替えられたのだ。


 今の俺に、彼女より大切な存在はない。


 決意も新たに午後の作業を終え、農園からの撤収作業が始まった。

 外壁の修復は順調な滑り出しだが、魔獣に荒らされた園内の整地が厄介に思えた。農業に詳しい人物の協力が必要かとも思えたが、ここにはプロム・スクレイルがある。下手に知られるわけにもいかないだろう。


『外壁さえ修復して頂ければ、園内は私たちで時間をかけて整えられますから』


 エルザ司祭は笑っていたが、それでも相当な時間が必要なのは間違いない。


 孤児や職人を傭兵たちが囲み、大きな塊となって移動を開始した。孤児たちも匂い袋を携帯している。魔獣が嫌がる匂いを纏っているため、襲われる確率は低いはずだ。


 兄はといえば、セシルさん、クリスタさん、ソーニヤの親衛隊に捕まっている。


「ジェラルドさん、今夜は何を食べたいですか? 言ってもらえれば何でも作りますよ」


 クリスタさんが兄の右腕にしがみつくと、左腕にはソーニャが張り付いた。


「だったら私は、体の隅々までほぐしますからね〜。重労働、本当にお疲れさまです〜」


「ちょっとふたりとも。ジェラルドだって疲れてるんだから。少しは遠慮して、そっとしておいてあげるのも優しさよ」


「セシルさん。そんなこと言ってるけど、理解力のある大人の女を演じてるだけでしょ」


「クリスタ。なにか言った?」


「なにも言ってませ〜ん」


 腕を組まれる、体を触られる、質問攻めにされるなど、兄は今日も平常運転だ。ユリスは孤児たちに囲まれているし、デリアは俺の後方を歩いている。


「ちょうどいい頃合いだな……」


 極力さりげない動きを装い、孤児の後ろを歩くエルザ司祭へ接触した。


「司祭様、ひとつ御相談があります」


「どうかされましたか」


 エルザ司祭は急な出来事に目を丸くした。


「プロム・スクレイルのことです」


 その名を出すと、警戒する気配を見せた。


「どこでそのことを……まさか、ジェラルドさんですか」


「いえ。私も冒険者の端くれですから。映写で見たり、話に聞いたことはありました。現物は、あの農園で初めて見ましたけどね」


「で、それがどうしたというのですか」


「秘薬の原料にも使われる奇跡の花だ。高値で売買されていると聞きます。孤児院も拝見させて頂きましたが、広いし立派な設備もある。農園で栽培されている量だけでは、そこまで稼げないだろうと思いましてね」


「ですから、何が仰りたいんですか。報酬の上乗せというのなら私も検討していたところです。これだけ大掛かりな作業になってしまいましたし、甘えてばかりもいられません」


 努めて落ち着いた口調で対応してくれる。司祭という立場を意識しているのか、むやみに声を荒げるようなことはない。


「すみません。回りくどかったですね。単刀直入に言います。プロム・スクレイルは、他の場所でも栽培されているんじゃないですか? 例えば、第二農園のようなものが近くにあるとか……可能であれば、それを定期的にでも買い取らせて頂きたいんです」


「買取を希望、なんですか?」


「ええ。そうです」


「申し訳ありませんが、そのご提案は受け入れかねます。これまで懇意にさせて頂いている取引先がありますので、先方をないがしろにするわけにはまいりません」


「では、その取引先の三割増しで買い取らせて頂きます。それならどうですか?」


 右手で三本指を示すと、エルザ司祭は口元を隠して小さく笑った。


「リュシアンさん、お金の問題ではないんです。信用と信頼で成り立っている関係ですから、おいそれと覆すわけにはまいりません」


「どうしても無理ですか? 私がその気になれば、プロム・スクレイルがここにあることを口外したって構わないんですよ。そうなれば、困るのはあなたの方だ」


「脅しですか。随分と強引な方ですね」


 静かな怒りを秘めた目で睨まれた。しかし、これまで相手にしてきた奴らと比べれば、どうということもない敵意だ。


「あなたが素直に従ってくれないからですよ。もしくは栽培方法を伝授してくれるだけでも構いません。後はどうにかしますから」


「それを簡単に教えると思いますか」


「引き出す方法はいくらでもありますよ」


 前を歩く孤児たちへ視線を向けると、エルザ司祭は一層顔を歪めて奥歯を噛んだ。


「どうやら私は、とんでもない悪魔と依頼契約を交わしてしまったようですね」


「酷い言い草ですね。精一杯の誠意を見せて、お話をさせて頂いているんですけどね」


 もう一押しで攻め落とせる。


 そう考えていると、冒険服の裾をぐいと引っ張られる感触があった。

 振り向くと、デリアの姿があった。怒ったような泣いているような、複雑な表情だ。昼間の出来事も相まって、対応に困る。


「司祭様が困ってるみたいだけど……リューちゃん、変なこと言ったんじゃない?」


「いや、何でもないよ。ちょっと商談をな」


「商談? リューちゃんが?」


「俺が商談をしたら変か?」


 デリアは無言のまま、大きく頷いた。


「商売なんて退屈だって、昔から言ってたよね。柄じゃないだの、なんだのって」


「それは子どもの頃の話だろ」


「とにかく、司祭様が困るようなことはやめよう? みんなで仲良くしないとダメだよ」


「それはそうなんだけどな、これは司祭様にしか頼めないことなんだ」


「だからって、そんな怖い顔でお願いしたらダメだよ。司祭様だって怖がるでしょ」


「わかったから。司祭様との話が終わるまで、頼むからそっとしておいてくれ」


 デリアとやり取りをしている間に、エルザ司祭を見失った。そそくさと離れた彼女は、孤児たちの輪に混ざってしまった。

 あそこにはユリスがいる。事を知られたら厄介になる。これ以上の追撃は不可能だ。


「くそっ……もう少しだったのに」


「リューちゃん、なんだか怖いよ……」


「デリアは俺に関わらない方がいい。冒険者なんてやってるとさ、綺麗事だけじゃ生きていけない世界なんだって思い知らされる。いつまでもあの頃のままじゃいられないんだ」


「なんでそんなこと言うの? リューちゃんはリューちゃんだよ。王都を救ったって聞いた時は本当に凄いと思ったし、自分のことみたいに嬉しかったんだから」


「名誉と引き換えに、色々なものを失ったんだよ……それが全部戻ってくるなら、王都の救世主なんて称号はいらねぇよ」


 フェリクスさんとヴァレリーさんの顔が浮かぶ。そして、映写でしか見たことのなかった賢聖のエクトルさん。あの人とも親交を交わしてみたかったと残念に思う。


 三人を思い浮かべながら歩いていると、デリアが手を握ってきた。彼女の思いがけない行動に、心の中がざわついている。


「それでも前に進み続けるリューちゃんは、やっぱり凄いよ。だけど、いっぱい傷付いてきたんだね……私にできることがあれば、遠慮なくなんでも言って。力になりたいの」


「ありがとう。その言葉は心強いよ」


 なんでもなどと言われると、(けが)れた思考しか浮かばないのは相変わらずだ。


 親衛隊とデリアを連れて家に戻ると、母は得意の鍋料理を用意してくれていた。父がこの街に来てから好んでいるという葡萄酒も振る舞われ、豪勢な食事が始まった。


 セシルさんは相変わらず気配り上手で、食事の取り分けやお酌に余念がない。ほろ酔いのクリスタさんとソーニャが歌を口ずさみ、食卓に華を添える。デリアは俺の隣で大人しく食事を楽しんでいたが、その場にいるだけで家の中の華やかさがまるで違った。


 そうして平穏な一日が過ぎ、二日目の作業を迎えた。だが農園に、紅の嵐が迫っていた。

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