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09 ジェラルド親衛隊


 残るは父熊のみだ。動きの鈍った相手なら、竜撃(りゅうげき)で簡単に仕留められる。


 リュシアンがそう思った矢先、父熊は全身を震い、纏わり付いた氷を振り払ってしまった。さすがに一筋縄で倒せる相手ではない。


 父熊は敵の接近に気付き、歯を剥き出して唸った。後ろ足で立ち上がり、太い腕で裏拳を繰り出してくる。


「おっと」


 リュシアンは後方へ飛んで拳を避けた。だがここで安易に飛び込みはしない。空振りして大きく振るわれた腕が、すぐさま引き戻されることを見越しているのだ。


 魔獣をからかうように、リュシアンは横へ駆けた。父熊はその動きを追い、空振りした腕を横薙ぎの攻撃に切り替えた。


 リュシアンは地中へ潜るかのように身を低くした。拳を避け、魔獣の右腰を刺す。

 怒りと痛みで魔獣が吠える。その時を狙い、ユリスが駆け込んできた。


 風の魔法を纏って加速してきたユリスは、敵の顔を目掛けて高く跳んだ。魔力の棘がついた星球武器(モーニングスター)。その先端を魔獣の口内へねじ込み、竜術を一気に解き放つ。


氷竜零結(ヴォロンテ・グラッセ)!」


 敵の頭部が再び凍り付いた。この威力なら、内臓まで氷漬けになっているはずだ。


「今です!」


 着地したユリスが追撃を促した。


 まさかここでユリスから振られるとは思わず、リュシアンは慌てて剣を構えた。そうして、魔獣の喉を狙って跳び上がる。


炎纏(えんてん)竜薙斬(りゅうていざん)!」


 渾身の力で繰り出した横薙ぎの一閃が、父熊の首を粉々に打ち砕いた。


「終わったな……」


 さすがに首が飛んでは回復も不可能だ。リュシアンは安堵の息を吐いた。


「凄いね。これが竜撃(りゅうげき)か。僕が必要ないほど見事な戦いだったよ」


 興奮して駆け寄ってきたジェラルドは、リュシアンの腕を掴んだ。左手には拳大の石を握ったままだが、魔獣にぶつけて気を逸らそうと奮闘していた名残だった。


「この炎も不思議だね。触れても熱くないし、リュシアンの体が燃えているわけではないんだよね? 何がどうなっているんだ。これ、僕でも使えるようになるのかな?」


「ちょっと待ってくれよ。兄貴も落ち着いて。今はそれどころじゃないでしょ」


 炎竜の力を解くと、リュシアンの体を取り巻いていた炎の渦が消えた。セルジオンの気配が遠ざかり、意識が完全に覚醒する。


※ ※ ※


 兄の体を押しのけた。こうなるだろうとは思っていたが、予想以上の食いつき方だ。

 寂しそうな顔をする兄から離れ、魔獣の遺体を眺めているユリスを伺った。


「ユリスも助かった。竜術(りゅうじゅつ)の威力はさすがだな。セリーヌにも引けを取らねぇよ」


「当然のことを言わないでもらえますか。神官を任されているのも実力ですから」


 セリーヌを持ち出したのは失敗だった。ユリスの自尊心を傷付けてしまったらしい。


 困って頭を掻いていると、闇夜の中に拍手が聞こえてきた。そういえば兄に食い付かれた勢いで、存在をすっかり忘れていた。


「さすがね、リュシアン。噂通りの強さじゃない。しばらく見ない間にすっかり立派になっちゃって。お姉ちゃんも鼻が高いわ」


「いや、なんでここにいるんだよ」


「え? なんでって、そりゃあね。ジェラルドとリュシアンがこんな時間に、こそこそ出掛けていくのが見えたんだもん」


「セシル姉ちゃん。それ、質問の答えになってないから」


 セシルさんは剣を鞘に収めて、何事もなかったような顔で微笑んでいる。その後ろには、槍を持ったクリスタさんと、長弓を背負ったソーニャの姿まで見える。


「お知り合いの方たちなんですね」


 ユリスは合点がいったという顔だ。


「同郷の出身なんだ。っていうか、あの三人は兄貴の信者みたいなもんだけどな。いつも兄貴を追っかけてたけど、まさか冒険者になってたなんて知らなかったよ」


「信者とは違うわよ。失礼ね」


 セシルさんは目元にかかった前髪を払い、不服そうな顔を見せてきた。


「私たちは、ジェラルド親衛隊だから。そっちの僕は知らないみたいだから教えてあげる。私が一番隊員のセシルです」


「ちょっと、セシルさん。相変わらず意地が悪いですよねぇ。そんなに一番を強調しなくたっていいじゃないですか。私は八番隊員ですけど、ジェラルドさんへの想いの強さは世界一ですからね」


「クリスタさんだって主張が激しいじゃありませんか〜。それならあたしだって二十番隊員ですけど、数字が大きい方が勝ちってことでいいんじゃないですか〜。っていうか、ジェラルドさんもかっこいいけど、君も君で、かなりかっこいいかも〜」


「あら。だったらソーニャは脱落ってことね。私とクリスタの一騎打ちか」


「え〜。セシルさん、ひどい〜」


 三人の中では一番年下のソーニャが、助けを求めるように甘えた声を出した。小動物のようなくりっとした目を兄へと向けるが、当の兄はなぜか怒りを浮かべている。


「どうして付いてきたんですか。若い女性が出歩く時間じゃありません。夜の活動はやめるようにと、何度もお願いしていますよね」


「そんなこと言われても仕方ないじゃない」


 セシルさんは気の強さが現れた切れ長の目を向け、真っ向から向き合っている。兄の二歳下だが、いつも簡単には引き下がらない。


 冷徹そうな見た目に加え、昔から責任感の強さは人一倍だ。小さい頃から俺たちのお目付役のような存在だったが、今も変わらずということだ。綺麗な顔立ちと均整の取れた体型をしているだけに、もう少し柔らかさがあれば異性にも恵まれるのにと思ってしまう。


「ジェラルドが心配だったのよ。また、勝手に消えちゃうんじゃないかって」


「そうよ。この勝利だって、私たちが付いてきたお陰じゃない。ありがとうって、力いっぱい抱きしめてよ。何なら結婚して」


「あなたはどさくさに紛れて何言ってるの」


 セシルさんに肘で小突かれたクリスタさんは、舌を出して肩をすくめている。昔から愛嬌のある人だったが、みんな変わらずにいることがなんだか無性に嬉しい。


「なんで三人が冒険者をやってるんですか」


 疑問を口にしただけなのに、セシルさんから睨まれた。この目に睨まれると、昔からの癖で反射的に謝ってしまいそうになる。


「誰のせいだと思ってるのよ。ジェラルドは帰ってこないし、リュシアンまでいなくなって一切の連絡も寄越さない。そうなったら、自分の力で探し出すしかないじゃない。この子たちまで付いてくるっていうから、仕方なくパーティを組んだのよ」


 セシルさんは話しながら、俺の間近まで迫っていた。心臓を狙い撃つように、胸元へ人差し指を突き付けられる。


「ちなみに、デリアも付いてきてるから。あなたのことを凄く心配して、泣いてばっかりだったのよ。顔を見せて安心させてあげて」


「ひょっとして、デリアも冒険者なの?」


 引っ込み思案な幼馴染みの女性。儚げなその姿を思い浮かべていると、セシルさんは耐えかねたように吹き出した。


「まだまだ見習い、って所ね。魔法の素養は少しくらいならあるけど。でもさ、あの子が怪我なんてしたら私が耐えられないわ」


「セシル姉ちゃんも、妹を溺愛するのは相変わらずですね。こっちのユリスもお姉さん大好きなんで、ふたりとも気が合うかも」


 何の気なしに口にすると、ユリスとセシルさんから睨まれた。なんだか波乱が巻き起こる予感しかない。

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