04 当てにならない冒険者
「ちょっと。誰かと思ったら、リュシアンじゃないの!? 帰って来るなら帰って来るで、連絡くらいしなさいよ」
玄関で母と顔を合わせるなり、怒ったような呆れたような、複雑な顔をされた。それでもこうして俺の無事を確認できたことで、安心してくれているのは明らかだ。
「いや、そもそも連絡の手段がないんだから。そんなこと言われても困るって」
この反応は、ヴァルネットに住むイザベルさんも同様だった。俺にとっては母親がふたりいるようなものだが、本気で心配してくれていることが素直に嬉しい。
「まったく……冒険者っていうのは本当に当てにならないんだから。ジェラルドもジェラルドで、いついるのかわからないし……食事の用意をする私の身にもなって欲しいわ」
「顔を合わせるなり小言の嵐かよ。それに食事の支度なら、使用人を寄越したはずだろ。彼女たちに頼みなよ」
ドミニクを通じて、カンタンの娘たちに身の回りの世話をするよう伝えてある。掃除から雑用まで、言う通りに従うはずだ。
「使用人なんてね、あの若い子たちがかわいそうでしょ。週に一度でも様子を見に来てくれればいいからって、追い返したわよ」
「追い返した? 俺の立場がないだろ」
「だいたいあなたはね……って、それは今はいいわ。で、島での用事は終わったの?」
「ちょっと、母さん」
慌ててたしなめたものの遅かった。
兄に知られると色々と面倒なことになりそうだったので、依頼で遠くに行っていると誤魔化してもらっていたのが台無しだ。
昔からのことだし性格なので仕方ないが、母はどうにも抜けている所があって困る。
「島って、何のことだい?」
早速、兄から質問が飛んできた。
「ギルドで受けた依頼で、離島まで魔獣退治に行ってるんだ。まだ途中なんだけど、今は一時帰宅みたいな感じでさ」
「そのことか……シルヴィさんやアンナさんからも、遠くに行っているとは聞いていたんだよね。だけど、そんなに慌てるようなことがあったのかい? 助けが必要なら言ってね」
どんどん自滅に向かっている気がする。
こっそりユリスを伺うと、いつもと変わらぬ平然とした顔だ。しかしこれは単に、事の成り行きを把握していないだけだろう。
「ユリス、悪い。先に謝っておくぞ」
「どうして謝るんですか」
小声で囁くと、不思議そうな顔をした。
「話を先に進めるには、おまえの素性を話しておかないとだめだろうからな」
「この家の中だけに留めておいてもらえるなら問題ないと思いますけどね。最悪は、竜眼という奥の手もありますが」
「そういえば、今はおまえが使えるのか」
「あら。お客さん? 随分と若い子を連れてるけど、他の人たちはどうしたの?」
母さんは不思議そうな顔をしている。
「俺たちだけで先に戻ってきたんだけど、みんなも二、三日後には着くはずだよ。で、こちらはユリス。セリーヌの弟なんだ」
「あら、セリーヌさんの!? そう言われてみれば目鼻と顔立ちも似てるわねぇ。顔立ちも綺麗だし、すごい美男子!」
母は驚きに目を見開いた。口元を隠し、覗き込むようにユリスをまじまじと見ている。まるで、人気の吟遊詩人や道化師でも眺めるかのような反応だ。
「若いけど、芯のしっかりした奴なんだ。島では彼が、セリーヌの代わりを務めてる」
その一言ですべて伝わったようだ。母は居住まいを正し、緩む顔を引き締めた。
「その節は姉がお世話になりました。とても良くして頂いたと、お話は伺っています」
ユリスが深く頭を下げ、母もそれに習う。
「これはご丁寧にどうも。むしろ、私たちが助けられた側ですから。おかげさまで主人も命を救われ、街まで守って頂きました」
「姉にしてみれば当然のことをしたまでだと考えているはずです。そこまで恐縮されることはありません。むしろ被害者なんですから、心穏やかにお過ごしください」
「ありがとうございます。お若いのに本当にしっかりしていらっしゃる。うちの息子たちにも見習ってほしいくらいだわ」
「とんでもない。まだまだ未熟者です」
朗らかな笑みを浮かべるユリスだが、俺の周りには二面性を持ったクセ者が多すぎる。世渡り上手という長所なのかもしれないが、別の顔も知っているだけに複雑だ。
「こんな玄関先で話しているのもなんだし、上がってもらったらどうかな。ふたりも疲れているだろうからね」
聖人と言われる兄は、細やかな気配りを忘れない。こういうところもさすがだ。
「それもそうね。さぁさぁ、入ってちょうだい。居間にお父さんもいるから」
住まいの中は掃除や手入れが行き届き、小綺麗に整えられている。
夫婦と、意識のなかった兄が一時的に過ごすための場所と考えていたので、それなりのものでいいと考えていた。シルヴィさんの目利きのお陰もあるのかもしれないが、よくこんな物件が見つかったものだ。
「帰ってきたのか」
父は感情の読めない顔で、黙ってグラスを傾けていた。無愛想な所も相変わらずだ。
「またすぐに出掛ける予定。でも、ふたりとも変わらず元気そうで安心したよ」
腰から剣を外し、居間の隅へ立てかけた。ユリスを促し、杖も同じ場所へ置かせてもらう。そうしている間に、ドミニクから聞いていた両親の近況が頭をよぎった。
「小耳に挟んだけど、この街の鍛冶場で働き始めたんだって? のんびりしてればいのに」
「じっとしてばかりじゃ腐っちまう。それに、ジェラルドも冒険者活動を始めたんだ。武器も防具も、少しでも良い物を整えてやりたい。冒険者たちの活動を後押しすることで多少でも恩返しになれば、俺の気分も楽になる」
「フォールの街を出たこと、後悔してる?」
「当たり前だ」
吐き捨てるように言い放たれた。
「俺たち一家が原因なのは間違いない。それを復興の手伝いもせず、逃げるように出てきたんだ。どんな顔をして生きていけばいい」
「司祭様にも言われたけど、俺たちがそこまで気に病んでも仕方ないじゃないか。開き直るわけじゃないけど、俺は少しでも前に進む生き方を選ぶことにしたんだ」
「おまえは昔からそういう子だからな。それを見たからというわけじゃないが、自分にできることをやろうと思ったまでだ」
「いいことだと思うよ。父さんの作品が仕上がったら大々的に宣伝させてもらうよ。この街なら欲しいって奴らはいくらでもいるよ」
「そうだな。不思議なくらいにいる傭兵の数には驚かされた。しかもみんながおまえを知っていて、崇拝するような変わり者にも会ったぞ。おまえはこの街で何をしたんだ?」
「いや。まぁ、色々と……それこそ、フォールの街を襲った奴がここにも現れたから、魔獣退治に活躍したのは事実だけどさ」
「ひょっとして、モニクのことかな?」
側に立っていた兄の言葉に頷いた。
「そのモニクだよ。あの女魔導師は本当に手強かった。思い出したくもねぇ……で、俺がここに寄ったのも、それ絡みの話なんだ」
「モニクがどうかしたのかい?」
「神竜剣だよ。神竜剣ディヴァイン。騒動の元凶になったあの剣を、どうやって手に入れたのかはモニクが軽く教えてくれた……兄貴のことを裏切り者だって憎んでたけど、兄貴たちのパーティに何があったんだ」
先へ進むためには、事のあらましを改めて明らかにする必要がある。





