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07 悶絶の美少女。至福の楽園へ


 フェリクスさんとヴァレリーさんの訃報を聞かされたのが二日前。墓石を目の当たりにしたものの、未だに実感が沸かない。


 信じられないし、信じたくもない。その気持ちと共に、騒動を起こした犯人への強い怒りが胸に渦巻いている。


 吞気に食事をしている気分でもないし、それほど空腹を覚えているわけでもない。しかし、ロランさんとオラースさんを亡くして意気消沈していたセリーヌに、食べることを勧めたのは俺だ。偉そうなことを言っていた当人が、情けない姿を見せられない。


 フェリクスさんと関わりの少なかったマリーと、面識のないユリスは、普段と変わらぬ様子だ。むしろ、島から出て久しぶりに普通の食事にありつけるということで、意識は完全に食欲へ持ち去られてしまっている。


 シルヴィさんとアンナにとっては一ヶ月半も前の出来事だ。傷が癒えたとまではいえないが、少なくとも俺やレオンよりは平常心で事に当たっているのは間違いない。


 気持ちの起伏が激しいそんな面々で、通りにある高級飲食店を訪ねた。


 六人掛けテーブルの端に座ると、隣にユリスを呼んだ。その奥にはレオンが座っている。俺の向かいにはシルヴィさんが座り、アンナ、マリーの順で横一列という並びだ。


 久しぶりに味わう街の空気はどことなく特別な感じがして、気後れしてしまう。


 食欲はないと思っていたものの、実際に料理を目にして五感を刺激された途端、食べることに夢中になっていた。やはり、美味しい食事と酒は気分を高揚させてくれる。


「あっちでは、訓練場になってる山に籠もりきりだからな……街との往復ができる奴らに頼んで、時々は食事の差し入れももらってたけどさ。基本的には狩猟生活なんだよ」


「いいじゃん。楽しそうで」


 外側を炙られ、内部に赤みの残る牛肉。それを頬張ると、甘みと肉汁が一気に口の中へ広がった。炙られた香ばしさが味に深みを加え、たちまち多幸感に包まれる。


「うめぇ。最高に旨いな……それにしてもアンナ、おまえは何もわかってねぇ。集団生活も悪くないけど、兎や鹿を狩る毎日。大した調味料もないしさ……飽きるんだよ」


「この贅沢者……カンタンとエミリアンからお金を巻き上げ過ぎて、感覚が鈍っちゃったんじゃないの? 乾燥肉でも囓って、一から出直した方がいいと思う」


「おまえも同じ目に遭ってみろ。でも、アンナが言うことも一理あるな……向こうへ戻る時には食料を持ち込むか」


「そういうことなら、あたしも一緒に持ち込んで欲しいわ。荷物に隠れて大人しくしてるから。ね、お願い」


 シルヴィさんは食事もそこそこに酒を嗜んでいる。グラスを満たしているのは、かなり強い蒸留酒だ。


「俺は食料の話をしてるんです」


「あら。ある意味では食料と同じじゃない。何度食べられたかわからないけど」


「ぶふぉっ!」


 楽しそうに笑っているが、こっちは気が気でなくなってきた。ユリスもいる手前、妙なことを言われないよう警戒が必要だ。


「シルヴィさん、もう酔ってるんですか。相変わらず冗談が好きですよね。そうやって、いつも俺を困らせるんですから」


「あたしを馬鹿にしてるの? この程度で酔うわけないじゃない。夜はこれからよ」


 魅惑的な流し目を向けられ、思わず目を逸らしてしまった。シルヴィさんの隣では、アンナとマリーが夢中で食事を続けている。


「だめ。とろけちゃう……」


 マリーは食事を口へ運ぶ度、顔をほころばせて悶絶している。美少女が体をくねらせる様は、なんだか罪なことをしている気分だ。


「至福の楽園にいっちゃいそう……」


「あら、いっちゃうの?」


「いっちゃう。もう、いっちゃいます」


 シルヴィさんに声を掛けられたマリーは、壊れた人形のように何度も頷いている。間に挟まれてしまったアンナは、うとましい目をシルヴィさんへ向けた。


「シル(ねえ)が言うと、なんか違う意味に聞こえるんだけど……絶対に誘導してるでしょ」


「あら、そんなつもりはないんだけど」


「え、何かありましたか?」


「なんでもないの。もだえるマリーも可愛いわと思って、愛でているだけだから」


 純粋無垢な顔で首を傾げるマリー。そんな彼女に微笑みかけたシルヴィさんは、一片の悪意もないような顔をこちらへ向けてきた。


「リュシー、マリーがいっちゃうって」


「どうしてそこで、俺に振るんですか」


 返答に困っていると、シルヴィさんは笑みを絶やさぬまま、再びマリーに目を向けた。


「いっそのこと、楽園でもどこでも、盛大にいっちゃえばいいのよ。料理はまだまだあるんだし、たくさんお腹に入れておきなさい」


「本当ですか!? もっと欲しいと思っていたんです。まだまだいけますよ」


 無自覚な聖女というのも恐ろしい。店員からたしなめられるんじゃないだろうかというきわどい会話の中、俺たちは食事を続けた。


 ※ ※ ※


「堪能しました。お腹の奥まで届いて、甘いもの以外はもう入りません」


「甘いものは入るんだ」


「それは別腹ですから」


 アンナとマリーのやり取りが微笑ましい。こちらまで幸せな気分にさせられる。


「若いんだし、まだいけるわよね?」


 すかさずシルヴィさんが横やりを入れる。


「本当に無理です。これ以上は裂けちゃう」


「つまみに頼んだソーセージが、思った以上に大きいのよ。残しちゃうのも勿体ないから、がぶっと一気に咥えちゃってよ」


「本当に無理ですよ。許してください」


「シルヴィさん、それくらいに……」


 見かねて助け船を出すと、隣でユリスが大きな溜め息を漏らした。


「吞気なものですね。あなたたちからは、緊張感や悲壮感のようなものをまるで感じない。災厄の魔獣を本当に倒せるんですか?」


 何も知らない小僧から馬鹿にされているようで、怒りと不快感が込み上げてきた。


「ユリス、わかってないんだな。いつも気を張っているわけにもいかねぇだろ。みんな、戦いの顔と私生活の顔の切り替えが上手いっていうだけのことだ。馬鹿をやってるように見えて、この場の空気を巧みに操ってる。しんみりした空気の中で食事をしたってつまらないだろ。せっかくの料理もまずくなる」


「そうは見えません」


「復讐や怒りだけに囚われるな。人生には楽しいことだってたくさんある。楽しまなくちゃ損だと思わないか? セリーヌだって、そんなおまえの姿を見たら喜ぶはずだぞ」


 姉の名に、ユリスは戸惑いの顔を見せた。


「姉さんが喜ぶ? どうですかね」


「喜ぶに決まってるだろ」


 ユリスは半信半疑という顔だ。


()(びと)たちが壮絶な経験をしてきていることは、俺なりに理解しているつもりだ。だからこそおまえにも、年相応の楽しみ方っていうものを見つけて欲しいんだ」


 そうして俺は、手元の料理を指差した。


「食事だってそうだ。島からも職人が付いてきたけど、彼らだって学びが半分。もう半分は観光だろ。誰もが復讐のためだけに生きてるわけじゃない。わかるだろ」


「職人たちを悪く言わないでください。彼らの視察と経験が、島に更なる発展をもたらすんです。調理、医療、工芸、建築、農業。ありとあらゆることが学びに繋がっています」


 ユリスは語気を荒げて言い返してきた。

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