23 結果で示して黙らせる
「くうっ……生き返る……」
乾きを癒やすために飲み下した清流が、体中に染み渡ってゆく。
洞窟の一画に設けられた給水所。森に流れる川から水を引いているということだが、雑味もなく、頭がすっきりするほどの冷たさだ。
「訓練は順調ですか?」
体をほぐしていた所へ声が掛かった。いつの間にか、側にセリーヌが立っている。
「民族衣装を着るセリーヌも新鮮だな」
髪と同じく紺を基調とした服装だが、色鮮やかな刺繍が施されている。刺繍はスカートやブーツにも及び、統一感をもって見事にまとめられていた。腰に巻いた白の帯は、光の民であることを現しているという。
ここで生活する間、俺たちも同じ民族衣装を借りているのだが、なんだか慣れない。
「リュシアンさんもとてもお似合いですよ。私の服装はどこかおかしいでしょうか」
「いや、良く似合ってる。可愛いよ」
「あの、その、可愛いなどと……」
いつもの法衣姿の方が断然に好みだが、そんなことは言えるはずもない。セリーヌは赤面した顔を隠すように頬へ手を添えているが、そんな反応もたまらない。
「いつも、ヴィーラムや炎の力の継承者たちと一緒だろ。男だらけだからな……側で応援してくれたら、もっと頑張れるんだけど」
「毎日、大変そうですね」
セリーヌの微笑みに、心も癒やされる。
「あっという間に一ヶ月が過ぎたけど、未だにセルジオンとの連携が取れなくてさ。体の奥に感じるセルジオンの力を拾って、同等の出力に調整するのが難しいんだ。俺に魔力があれば、もっと簡単にできるんだろうけどな」
「私が行っている訓練と近いかもしれません」
「セリーヌも同じようなことをしてるのか?」
「はい。ガルディア様がお目覚めになられ、私の竜臨活性も力が安定するようになりました。次の段階へ進むよう、アレクシア様からも念を押されまして……私が行っているのは左右に同等の力を生み出し、混ぜ合わせてひとつに融合させるというものです。器へ水を注ぐ様を想像しながら特訓しております」
「水を注ぐ?」
「はい。それぞれ同じ大きさの器に、同じ勢いで水を注ぐようなものかと。絶妙な加減が必要ですが、セルジオン様が注ぐ水の量を注意深く感じ取ることが肝要だと思います」
「戦いながら、その加減も見るってことだろ」
「それも慣れです。馬車や飛竜を操る感覚にも似ているかもしれません。彼らを気遣い、速度や同乗者にも気を配らなくてはなりません。複数のことを同時にこなすよう意識できれば、自ずと身に付くと思います」
「なるほどな。原理はわかったけど随分と複雑なんだな……俺はセリーヌのことを考えるだけで精一杯だよ」
「また、臆面もなくそのようなことを……」
セリーヌは照れと呆れが混じったような顔で周囲へ目を向けた。誰もいないことを確認しているようだ。
「婚姻の儀は破棄となりましたが、訓練を受けていらっしゃる方の中には私たちのことを快く思わない方もおられます。リュシアンさんも発言にはお気をつけください」
「言いたい奴には言わせておけばいいさ。結果で示して黙らせてやるよ。災厄の魔獣は、俺が必ず葬ってみせる」
「力強い御言葉をありがとうございます。ならば私も、その決意に全力でお応えしなければなりませんね。丹精を込めて、特製の甘辛ボンゴ虫を差し入れさせて頂きます」
「は?」
「え?」
ボンゴ虫という言葉に対して露骨に嫌悪感を出してしまった。セリーヌは、何が起こったのかわからないという顔だ。
「いえ。ですから、甘辛ボンゴ虫を……」
不運なことに、ここにはナルシスがいない。奴に押しつけるという究極の手段を失った今、正直に白状するしかない。今の俺たちの関係性なら、笑って済ませてくれるに違いない。
「悪い。実は、あれが苦手なんだ」
「好き嫌いはいけません。以前にもお伝えした通り、滋養強壮、精力増強など、体には良いことづくしで栄養価も高いのですよ」
意外にも強く反発された。たかがボンゴ虫。されどボンゴ虫ということか。
「だとしても、だ。原型の印象が強すぎて、口に入れるのはさすがにちょっと……」
「この島では皆に愛されるおやつなのですよ。私も小さな頃から口にしております」
寂しげなセリーヌには申し訳ないが、ここは引き下がれない。
「それにあれだ。精力増強なんて言ってるけど、セリーヌを襲いたくて我慢できなくなったらどうするつもりなんだ。相手をしてくれるなら、いくらでも食べるけどさ」
「それはその……」
ヒカリゴケで覆われた洞窟内でもわかるほど、セリーヌの頬が見る間に朱へ染まった。
「リュシアンさんが災厄の魔獣を討ち果たしてくださった暁には、身も心もすべてを捧げる覚悟でおります。では、こうしましょう。リュシアンさんはそれまでに、甘辛ボンゴ虫を食べられるようになってください」
「は? 結局、食べないとダメなのか」
「どうしても無理なのでしょうか?」
泣き出しそうな顔で上目遣いをされては、これ以上拒むこともできない。
「わかった。わかったから! 善処はする」
半ばやけになって答えた時だった。
『動ける者たちは、直ちに闘技場へ集え』
光竜アレクシアの思念が響き渡った。
「闘技場? どういうことだ」
何事かとセリーヌと顔を見合わせると、矢継ぎ早に内容が告げられる。
『数頭の若き竜たちが暴れだし、村々を襲っているという知らせを受けた。原因は不明だが、騒動を鎮静化させてほしい』
「竜が? よくあることなのか?」
「私も初めて聞きました」
困惑している所へ、吟遊詩人の姿をとったテオファヌが駆け寄ってきた。後ろには、レオンやマリーの他に、訓練に参加している戦士たちの姿もある。
「テオファヌ、ちょうどいい所に来てくれた。俺たちを闘技場へ連れて行って欲しいんだ」
「もちろんそのつもりだよ。とはいえ、これだけの人数だ。他の竜にも応援を頼まないと」
出口へ急いでいると、隣にユリスが並んできた。彼も光の民の候補者として訓練に参加しているが、何かと絡んできて鬱陶しい。
「あなたの実力を確かめる良い機会だ。姉さんが惚れ込むに相応しい人物かどうか、この目でしっかりと確認させてもらいます」
ナルシスやレオンとも違う、敵意と嫉妬が入り交じった目を向けられている。これはこれで、また面倒な存在だ。
「ユリス、これは試験とは違う。おまえも神官だろうが。目を向けるのは俺じゃなくて民たちだ。被害は最小限に。できるだけ迅速に事を鎮めるように気を配れ」
「そんなことはわかっています。俺を見くびらないでもらいたい」
機嫌を損ねたのか、あからさまに顔に出ている。こういう所はまだまだお子様だ。十八歳ということだが、マリーとひとつ違いか。若いながらも優秀な人材が次々と出てくるというのは頼もしくもある。
「それは悪かったな。俺は俺で、いつもの通りにやるだけだ。神官としてのおまえの手腕にも期待させてもらうよ」
俺も負けていられない。
自分自身に気合いを入れ、洞窟の外へ目を向けた。外の世界に広がるまぶしさが、これからの未来を暗示しているような気がした。