22 左は彼女の指定席
ディカさんとユリスを見送った後、新たな拠点が必要となった俺たちは、早々に洞窟へ向かうことにした。
ガルディアとアレクシアは、次の水竜女王を決めるための継承の儀があるという。神殿に留まっていては邪魔になってしまう。
「碧色。本当にここで一年を過ごすつもり? アンドル大陸の動きを放っておいていいなら、俺は構わないけど」
神殿の外へ向かう道すがら、レオンから声が掛かった。我関せずといった雰囲気をまとっている割に、気にかけてくれていたようだ。
「ガルディアの結界の力なのか、魔導通話石が通じねぇんだ。まぁ、いざとなったら飛竜を貸してもらえるよう頼んでみるよ。シルヴィさんとアンナは大丈夫だろうし、ドミニクもあいつなりに上手くやってくれてる。気がかりは、兄貴くらいのもんだな」
ナルシスとエドモンに頼んだものの、無事に呪いを払うことができるだろうか。
「ならいいけど」
レオンは目を反らし、話を打ち切った。今のこいつは、強さを追い求めることにしか興味がないように見える。
相変わらず、先が思いやられる展開だ。同意を求めようと左を向いた俺は、そこにいるべきはずの存在が消えてしまったのだということを再認識させられた。
「そうだったな……」
苦笑すると、隣にセリーヌが並んできた。
「リュシアンさん、大丈夫ですか。お背中が寂しそうに見えたものですから」
「意外とめざといんだな」
見透かされたことが恥ずかしい。さすがに、ラグがいなくなった寂しさは隠せなかった。
「意外とは失礼ですね。私はきちんと、皆様のことを気にかけているつもりです」
「悪かった。失言だ」
頬を膨らませるセリーヌが愛らしい。こんな仕草を見せてくれるのも、俺を元気づけようとしてくれているのだろう。
「ラグさんのことが心残りですか。突然のお別れなら尚更ですよね。私も、ロランとオラースのことを受け止めきれずにおります。今もこの島のどこかにいる気がしてなりません」
「心配をかけて悪い。つらいのはみんな一緒だし、受け入れなくちゃいけないのはわかってるんだ。俺も頭を切り替えるよ」
「ご無理をなさらなくてもいいと思います。それもリュシアンさんの優しさですから。レオンさんは厳しいことを仰っておりましたが、誰もがそんなに強いわけではありません」
「それはそうなんだけどさ……」
まがりなりにも救世主とまで呼ばれる存在になってしまったのだ。そんな俺が、不甲斐ない姿を晒しているわけにもいかない。
「あの……その……弱気になった時は、私を頼ってくださいね。リュシアンさんの左側は今後、私の指定席とさせて頂きます」
決意に満ちた眼差しと、ほんのり赤みが差した頬。胸の前で杖を握りしめる姿がいじらしい。今すぐ抱きしめたい気分だ。
「セリーヌ、ありがとう」
「御礼を言われるようなことではありません」
慌てるセリーヌを微笑ましく眺めていると、背中に強い衝撃を受けた。何事かと振り返ると、怒りを滲ませたマリーと目が合った。
「すみません。つまずいてしまって」
唇を尖らせた不満顔のまま、目を合わせようともしない。
「絶対にわざとだろ」
「ひどい。私の言葉を疑うんですか」
「どうせ、女神様と馴れ馴れしくするなとか、よくわからない理由なんだろ。マリーにとっては神のような存在でも、俺たちにとってのセリーヌは、もっと身近な存在なんだよ」
「あなたの考えは理解できません」
「お互い様だ。俺だって、聖女様の頭の中は理解不能だからな」
「理解しようとは思わないんですね」
「あのな。どの口がそういうことを言うんだ。そっくりそのまま返してやろうか。そんな考えで、よく俺たちに付いてきたな」
「リュシアンさん、こんなところで揉め事はよくありません」
気付かないうちに声が大きくなっていたらしい。セリーヌの指摘で我に返った。
「自分が世間知らずだっていうのは百も承知よ。それでも女神様に会いたいと思っていたのは本当だし、あなたたちと一緒にいれば、それが叶うとも信じてた。それに、女神様が好まれるものは私も好きになりたいの」
「気持ち悪いくらいの入れ込み様だな」
「悪い? 信者ってそういうものでしょ」
「まぁ、わからなくもねぇよ。それだけ夢中になれるものがあるってのは良いことだ。ただし、信仰を改めることを勧めるよ。セリーヌは神じゃない。ただの人間だからな」
「リュシアンさんの仰る通りです。私は、そんな大それた存在ではありません」
セリーヌも対応に困っているらしい。照れたような困ったような、複雑な顔だ。
「私だって神様だと思ってるわけじゃありません。あくまで形式的なものです。そうですね……強く憧れる存在なんだと思います。憧れるだけなら許して頂けますか?」
「許すもなにもありません。マリーさんの思想はマリーさんだけのものです。何人も、おびやかすことなどできません」
「やっぱり女神様は最高です!」
「ひゃうぅっ」
マリーは獲物へ襲い掛かるように、セリーヌに飛び付いた。細くくびれた腰へマリーの腕が巻き付く。ふたりの身長差もあり、セリーヌの豊満な胸にマリーの顔が埋もれている。
「女神様、もう離しません」
「マリーさん。それは困ります」
「結局、いつもの展開じゃねぇか……」
溜め息をついて神殿を出ると、階段下で待ち受ける幾頭かの巨竜を認めた。
「もしかして、竜王か」
「その通り」
黙って後ろを歩いていた青年姿のテオファヌが、面白がるように笑みを浮かべている。
「ちなみに、全身を赤い鱗で覆われたあの竜こそ、炎竜王ヴィーラムです。竜王直々に訓練を受けられるとは光栄ですね。ガルディア様もそれだけ君に期待しているということだ」
赤竜、青竜、黄竜、褐色竜。四頭に囲まれると、さすがに威圧感が凄い。
階段を降りるやいなや、待ちきれないと言わんばかりにヴィーラムが顔を近づけてきた。
『貴様がリュシアンか。お目覚めになられたガルディア様の勅令とはいえ、俺様が人間相手に稽古を付けることになるとはな』
思念が周囲へ拡散する。ともすれば、神殿内のガルディアにまで聞こえてしまうのではないだろうか。それすら気にならないほど不服だということだろうか。
腹の底が熱くなってくる。体が熱を帯び、全身を焼き尽くされそうな勢いだ。猛り狂えと、体の奥から促されている。
「言ってくれるな、炎竜王。退屈する暇なんて与えねぇ。こっちにも元炎竜王が付いてるんだ。あんたをあっと言わせてやるよ」
『ほぅ。これは潰し甲斐がありそうだ』
ヴィーラムが舌を覗かせる。喉の奥で、青白い炎が揺らめく様が見て取れた。
「望むところだ。どっちの火力が上か。思い知らせてやるよ」
「リュシアンさん、あまり煽るようなことは」
セリーヌの言葉を片手で制した。
俺はもっと強くなる。望むものすべてを、この手で守れるように。
「これは面白くなってきましたね。皆さんがどこまで成長してくれるのか楽しみです」
意気揚々としたテオファヌの声が、やけに大きく聞こえた。