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16 神竜ガルディアの目覚め


 闘技場を経って約二十分。風竜王は、グランド・ヴァンディの山頂に降り立った。


 風竜王の背を滑り降りたマリーは、満面の笑みをたたえて眼下の景色を見下ろす。


「凄い眺め……あの距離をこんな短時間で移動できるなんて、風竜王様々ですね」


「そうですね。徒歩で移動となれば、登頂も含めて数日を要します。テオファヌ様に感謝しなければなりません」


 マリーに笑顔で応えたセリーヌは、間近にそびえる巨大な神殿を見上げた。


 その建物は、この島で採れる希少な魔鉱石(まこうせき)を鍛え上げて建造された物だ。大きな三角屋根の正面には、人と竜が触れ合う精巧な装飾が(ほどこ)されている。その屋根を、ずらりと並んだ幾本もの柱が支えていた。建物を支える土台だけでも、三メートル以上の高さだ。入口となる幅広な階段の両脇には、竜を(かたど)った石像までもが配置されている。


「凄いですね……この島の方たちが、どれほど神竜という存在を敬っていたのかが窺い知れます。私はこういうものに疎いですけど、歴史的にも価値のある建物なんでしょうね」


 石像を眺めるマリーの脳裏に、行商人であるサミュエルの顔がよぎった。


「あの人だったら、きっと驚くんだろうなぁ」


「誰のこと?」


「いえ。何でもありません」


 レオンに聞かれていたことに驚き、マリーは慌てて顔の前で手を振った。


 ふぅんと鼻を鳴らすレオンは、いつもと変わらぬ涼しい態度だ。しかし、少なからず自分に興味を持ってくれていることを、マリーは嬉しく思った。


 リュシアン、ディカ、ユリスが降り立つと、風竜王の体は光に包まれた。発光が消えた後には、金髪で痩身の男性が立っていた。

 果実を思わせるくすんだ緑色の長衣に身を包み、リュートと呼ばれる楽器を背負っている。その姿は吟遊詩人そのものだ。


「テオファヌ様、そのお姿は?」


 セリーヌが興味津々といった顔で近付く。


「僕が擬態できる姿のひとつ。ガルディア様に会うというのに、さすがに女の子ではね」


「ちょっと、どういうこと!? やっぱり他の姿にも変われるんじゃない!」


 ふくれっ面をしたマリーが迫り、テオファヌを突き飛ばすような勢いで叩いた。これに驚いたのは、ディカとユリスだ。


「なんという無礼を!」


(おさ)、堪えてください。ここは俺が」


 (いきどお)るディカをどうにか押さえ、ユリスが迫る。そこへ割り込んだのはレオンだ。


「すまない。あなたたちが憤慨するのはもっともだ。彼女にはよく言い聞かせておく。どうかここは、矛を収めてもらえないだろうか」


 深々と頭を下げるレオン。ユリスは、その耳元へ顔を近づけた。


「お願いします。長は、ただでさえ過敏になっているんですから。我々にとって、竜は神に等しい存在です。触れるどころか小突くだなんて、信じられない蛮行ですよ」


「すまなかった」


 未だ不満を滲ませるユリスとディカ。レオンは彼らの顔色を伺いながらマリーの腕を取り、テオファヌから遠ざけた。


「知らない土地に来て気持ちが(たか)ぶるのもわかるけど、ここは彼らのものだ。その土地にはその土地の、流儀ややり方がある。もう少し慎重に行動してくれないか」


「ご迷惑をおかけしてすみません。気をつけます。つい、いつもの調子で……」


「君もまだ若いからな……あちこちに興味が向くのも仕方ない。俺の注意不足だ」


「そんな……レオン様のせいじゃありません」


「いいか。この島にいる間は、なるべく側を離れるな。何かあっても守ってやれなくなる」


「レオン様って、厳しいのか優しいのか、よくわかりません……」


「どうでもいいことだ」


 未だマリーの腕を掴んでいたことに気づき、レオンは即座に解いた。心の内へ残り火のように燻る感情に戸惑い、舌打ちを漏らす。


「俺も、まだまだぬるいな……」


 燻る感情を揉み消すように、レオンが吐き捨てた時だ。神殿へと続く階段の登頂へ、大きな影が現れた。


 レオンとマリーは驚きに身を固くした。先を歩く五人も立ち止まり、影を見上げる。


「アレクシア様」


 顔をほころばせたセリーヌが、いち早く階段を駆け上がってゆく。


 現れたのは、純白の鱗を持つ一頭の竜だ。美しさと気高さを併せ持つその姿は、セルジオンやテオファヌとも一線を画している。


「何者だ?」


 リュシアンがいぶかしげな顔を見せると、テオファヌは意外そうな顔で目を見開いた。


「そうか、あなたは知りませんでしたか……ガルディア様が長い眠りに就かれてしまわれたので、光竜(こうりゅう)を束ねる王として代理を務めてくださっているんですよ」


「そういうことか」


「ちなみに、セリーヌの竜臨活性(ドラグーン・フォース)は彼が与えたものです。本来ならば彼女がガルディア様の竜臨活性(ドラグーン・フォース)を授かるべきところを、災厄の魔獣の出現によって乱されてしまった。ガルディア様の力を授かっていれば、新しい風となっていたのは彼女かもしれません」


「そう思うか?」


 リュシアンは意味ありげに微笑んだ。


「老剣士のコームが以前に言っていたが、その意味がようやく理解できた。この者には他者を惹き付ける何かがある。賭けてみたい、託してみたいと思わせる魅力のようなものだ。あの娘とも、遅かれ早かれ出会っていたのではないか。互いに混ざり合い、新しい風を生むのかもしれぬ」


「セルジオン。今日のあなたはいつもと違いますね。彼と同化している間に感化されたのではありませんか? いいことです」


「我が感化されただと。ふざけるな」


「大きな声を出さないでください」


 ふたりが言い合っている間に、セリーヌはアレクシアの足下へ辿り着いていた。


「アレクシア様、ご無沙汰しております」


『うむ。セリーヌも変わりはないか。とはいえ、これまた随分と賑やかな連中を引き連れてきたものだ。この山の静寂に慣れた身には、ちと堪える。つい先程の珍客も、おまえたちが連れてきたというわけか』


「珍客、ですか?」


 アレクシアの放つ思念が周囲へ拡散し、セリーヌは意味がわからず首を傾げた。


「幼き竜は、既に到着しましたか」


 追いついてきたテオファヌが会釈をする中、リュシアンは怪訝そうにアレクシアを伺う。


「ガルディア様はどのような状態だ。悪いが、中へ立ち入らせてもらうぞ」


『待て。長や神官ならいざ知らず、おまえのような者を易々と通すわけにはいかん』


「ほう、我を誰だと思っている……セルジオンだぞ。汝には、炎竜王と言った方が早いか」


『随分と懐かしい名を出してきたな。その名に、私が恐れおののくとでも思ったか』


「セルジオン。私から説明しますから、話をややこしくしないでください」


 テオファヌが間を取り持ち、これまでの経緯をかいつまんで聞かせた。ディカとユリスもようやく事の顛末を知り、リュシアンの中に潜むセルジオンが本物なのだと理解した。


『アレクシア。その者たち全員を通せ』


 話が終わるのを待っていたように、思念が拡散した。落ち着き払い、威厳に満ちた声だ。


 リュシアン、テオファヌ、アレクシアが反応し、即座に神殿の中へ目を向けた。


「ガルディア様が、お目覚めになられた……」


 つぶやくテオファヌを押しのけ、リュシアンが我先にと神殿の中へ入ってゆく。仲間たちも慌ててその後を追った。

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