14 瞳に宿る想い
濃紺の短髪と、勝ち気そうな意思を宿した瞳を持つユリス。あどけなさの残る顔付きは二十歳という年齢に起因するが、一族を背負うという決意に満ちた精悍さを漂わせていた。
「ユリス、私の話を聞いてください」
黄金色の髪を揺らして駆け寄るセリーヌを、ユリスは片手を上げて制した。彼はその間も、リュシアンから目を逸らすことはない。
「あなたの勇猛な戦いぶりは拝見させて頂きました。ですが、あなたがセルジオン様だとは到底信じられない」
ユリスは食ってかかる勢いで吐き捨て、リュシアンの胸元から覗く炎の首飾りに目を留めた。その表情が疑念に歪む。
「なぜあなたが、炎の神官が持つべき証を手にしているのかは知りません。それにあなたがどれほどの力を振るおうと、この島のしきたりがある限り、外の者を認めることは決してできない。しかも、セリーヌを求めているというのなら尚更だ」
ユリスの圧など意に介さず、リュシアンは赤子を相手にするような調子で彼を見る。
「我の力は真なのだがな。では、いかようにすれば汝を認めさせることができる」
「引く気はないと?」
リュシアンは、セリーヌへと目を向けた。
「この者は、その娘を案じている。命を投げ打ってでも守りたいと懇願し、我に体を明け渡すことすらいとわなかった。我も、その想いに応えねばなるまい。力を貸すと決めた以上、島の者たちが納得するまで抗するのみ」
「それは困りましたね。あなたに到底太刀打ちできないと理解しながら、戦いを挑むほど物好きでもない」
「賢明な判断だ」
ユリスは怒りを隠そうともしなかった。決して勝ち目のない相手だとしても、神官としての責任が彼を奮い立たせていた。
「どうぞ、島から出ていって頂きたい。この島の者たちは、外の者を快く受け入れられるほど寛容ではないんです。あなたが仰る通り、島の者たちが納得する手立てがあるというのなら、俺が知りたいくらいです」
「汝と話していても時間の無駄だ。さっさと長どもを呼んでくるがいい」
「セルジオン。待ってください」
二人の間へ割り入ったのは、ルネの姿をしたテオファヌだ。
「相変わらず強引な方ですね。そんな接し方だから守人たちからも恐れられ、敬遠されてしまうんですよ」
「余計な口を挟むな」
リュシアンの口から漏れる抗議の声を受け流し、ルネはユリスを見上げた。
「君の言葉には裏があるように聞こえる。この島の者たちは、ということは、少なくとも君は我々を受け入れようとしてくれているのではありませんか? むしろ、それを望んでいるようにすら感じるが」
「そんなことはない!」
むきになって否定するユリス。その手から、黄金色に輝く魔力球が零れ落ちた。それは地面へ到達すると同時に周囲へ拡散し、レオンと、倒れている六人の戦士たちを包み込んだ。
「我々は平穏を望んでいます。ややこしい問題を持ち込まないでください。セリーヌとコームを残し、即刻立ち去って頂きたい」
「ユリス。私とテオファヌ様の言葉ですら、信じられないと言うのですか」
竜臨活性を解いたセリーヌは、真摯に向き合おうとユリスへ訴えた。
「セリーヌの考えていることがわからない。どうして突然、外の者たちを連れ込んだ。この島を滅茶苦茶にするつもりか?」
「そんなつもりはありません。私はただ、自らの手で災厄の魔獣を討ち果たしたいと切望しているだけです。このまま婚姻を受け入れればそれすらも果たせなくなってしまうと、心が騒ぐのです……それに、今の私には……」
セリーヌの視線を追ったユリスは、リュシアンの姿を目に留めた。彼女の瞳に宿る想いを感じ、眉根に皺を寄せる。
「やっぱり外の世界へ出すべきじゃなかった。変に感化されて、おかしくなっているだけなんだ。ここで平穏に暮らしていれば……」
「それは違います」
声を上げたのはコームだ。
「セリーヌ様は立派に成長されておられます。自らの足を使い外の世界にて見聞を深め、その変化を五感で学んでおられる。その上で、自らが進むべき道をご判断されたのです」
コームの言葉を受け、セリーヌはゆっくりと足を踏み出した。舞台の中央に立ち、六つの櫓へ順に視線を巡らせる。
「私の振る舞いに御意見があれば、こちらのリュシアン様を討ち果たしてからお願い致します。私はもう、この島の誰にも縛られません。勝手ばかりで誠に申し訳ありませんが、此度の婚姻は破棄させて頂きます」
「姉さん!? ちょっと待ってくれ」
「え? 姉さんって……えぇっ!?」
ユリスのつぶやきを聞きつけたマリーが、口元を押さえて叫びを上げた。
「女神様の弟さんなんですか!?」
「なるほど、そういうことか。神官を務めていたセリーヌとは面識がありましたが、君と会うのは初めてですね。セリーヌから、話には聞いていました」
柔和な笑みを浮かべるルネを、ユリスは戸惑いの顔で見下ろした。しかしそれも一瞬のこと。すぐに現実へ立ち戻り、慌ててセリーヌへと目を向けた。
「姉さん。馬鹿なことを言っていないで、すぐに謝れ。今ならまだ許してもらえる。長に逆らうだなんて、何を考えているんだ」
未だかつてない出来事を前に、ユリスは混乱を極めていた。周囲の模範だったセリーヌが、長に意見するなど初めてのことだ。
「私は自分の心に従っているだけです」
セリーヌが強く言い切った時、闘技場に設けられた出入り口のひとつが開いた。ふたりの助祭が扉を支える中、ひとりの老人が歩み出して来る。
七十五歳という歳を迎えて尚、この島に多大な影響を及ぼす光の民の長、ディカだ。民族衣装を着こなし、背筋をまっすぐに伸ばして歩く姿は、勇壮という言葉が相応しい。
「そんな勝手が、まかり通ると思うのか」
ユリスとコームは恭しくその場へ膝を付いた。回復魔法により意識を取り戻したばかりの六人の戦士も、平伏して長を迎える。
「勝手ではありません。そもそも婚姻の儀は、勝ち残った戦士たちを候補者とする習わしです。リュシアン様に勝てる者がいないのであれば、成立などあり得ません」
「島の者から選出する決まりだ。おまえごときが勝手に規則をねじ曲げるな」
「島の者と言うのであれば、リュシアン様にも資格はあります。この方は、炎の神官を務めておられた、サンドラさんのご子息です」
「サンドラ?」
記憶の糸を手繰るディカを放り、リュシアンとルネが顔を見合わせた。驚きと疑念が入り乱れた、何とも複雑な表情だ。
「おまえたち、話は後だ。テオファヌも、さっさと擬態を解け。単純な飛行能力だけ見れば、汝の方がより速い」
「どうされたのですか?」
セリーヌは、慌てるふたりへ問う。少女の姿から竜へと戻ったテオファヌは、闘技場の先に見える山脈へと視線を向けている。
「ガルディア様の気配がした……もしかしたら、目覚めの時が迫っているのかも」
「さっさとテオファヌの背に乗れ。こうなれば、光の民の者たちも共に来い」
リュシアンに急かされ、ディカとユリスも風竜王の背に乗った。コームと六人の戦士たちを残し、一同は空へと舞い上がる。