13 激突。碧色の閃光と二物の神者
「この我を掴まえ、物差しとは豪胆な。推し量る前に命を落とすことになるぞ」
「あいにく、魔獣を駆逐するという目的を果たすまで死ぬつもりはない」
「面白い。かかってくるがいい」
あざけた笑みのリュシアンと、恐怖を必死に受け流そうと務めるレオン。両者を目にして、マリーは慌てふためいた。横に立つ少女の肩を掴み、小さな体を乱暴に揺する。
「ちょっと、ルネ。あぁ、それともテオファヌ様って呼んだ方がいい? 悠長に突っ立ってないで何とかしてよ。あなたの言うことだったら、さすがの炎竜王も聞くんじゃない?」
「レオンがそんなことを望むと思いますか? それに僕も、炎竜王の強さには興味がある」
「あのね。今はそんなこと言ってる場合じゃないの。この状況、わかってる?」
大司教ジョフロワが今の彼女を見れば、聖女らしくあれとたしなめるに違いない。マリーは聖女と呼ばれる存在であることすら忘れ、この状況をどうにか納めようと難儀していた。
それを見かねたのはコームだ。
「マリー殿、落ち着きなさい。男同士の真剣勝負に口を挟むものではない。死線を潜り抜けた先にこそ、見える景色というものがある」
耐えかねたマリーは頭を抱え、美しい黒髪を両手で掻き乱して呻いた。誰もが羨むような美しさを持つ美少女は、混乱の真っ只中に取り残されていた。
「もぅ! どうしてここには戦闘馬鹿しかいないのよ。大体、私たちは女神様のためにここへ来たのよ。仲間同士で争ってる場合じゃないんだってば。なにを考えてるのよ!」
マリーが喚く間も、リュシアンとレオンの戦いは続いていた。剣技と魔法を次々と繰り出すレオンだが、リュシアンは余裕の表情でそれらを次々と受け流す。
レオンが足を負傷していることを差し引いても、力の差は歴然だ。
「どうした。もう息が上がったか」
「黙れ」
剣を構え、レオンが斬り込む。
テオファヌから血を分け与えられ、レオンは風の加護を手に入れた。それにより、基礎的な力は大幅に向上していた。
慢心はしていないが自信に満ちていた。次の段階へ進んだという確かな手応えもあったというのに、ここにはより強大な壁が次々と立ちはだかり、行く手を遮る。
どいつもこいつも、俺を苛立たせるばかり。
自信は次々と打ち砕かれ、小石程度の自尊心が残っているだけだった。
もっと。もっと力が欲しい。
強欲を剥き出し、無我夢中で剣を振るう。
たった一撃でいい。活路を見出す一閃を、眼前の相手に刻みたい。
「おまえを超えてみせる」
猛るレオンが、地から伸び上がるような斬り上げの一閃を繰り出した。
極限を超えた死力の一撃がリュシアンの胸元をかすめた。首に提げていた炎の首飾りが踊り、陽の下に晒される。
「ほう」
リュシアンが驚きの声を上げると、力を失ったレオンはその場へ四つん這いに崩れた。
「レオン様!」
駆け出そうとするマリー。しかし、セリーヌが素早く手を出し、その進行を妨げた。
「セルジオン様。お戯れもここまでです」
口を固く結び、険しい顔つきでゆっくりと舞台へ向かうセリーヌ。竜臨活性を解放し、髪と瞳は黄金色へと変貌していた。
「リュシアンさんの体を返して頂きます」
「今度は貴様か……完全に力を取り戻した我に、先日の拘束魔法は効かんぞ」
「承知しております。私の全力をもって、あなたを押さえ込んでみせます」
これまで黙って成り行きを見守っていた会場全体が、セリーヌの宣戦布告にどよめいた。
大事な花嫁に怪我をさせてはならないと、舞台を囲う六枚の魔力壁へ次々と老人たちの姿が映し出される。
おまえは下がれ。戦士をすぐに回復させろ。祭を中止しろ。口々に言葉が飛び出すも、舞台の上は隔絶された空間と化していた。
セリーヌが杖を一振りすると、六枚の魔力壁は粉々に砕け散ってしまった。老人たちの怒号は消え、観客たちのどよめきだけが会場を包み込んでいる。
覚悟を決めたセリーヌは、リュシアンの中に潜む炎竜王をきつく睨んだ。
「リュシアンさんを返してください」
「断ると言ったら?」
「無理矢理にでも引き剥がします」
「こいつは自ら進んで体を差し出した。この馬鹿げた祭りを潰し、貴様を救って欲しいと我に懇願したのだ。それを今更……」
「黙りなさい」
セリーヌの気迫が会場を飲み込んだ。
どよめきまでもが一瞬で静まり、皆が固唾を呑んで状況を見守っている。
「リュシアンさんは仰いましたよね。何があっても生きろと……あなたの言葉は決して忘れません。そのあなたが、生きることをあきらめるのですか。私には納得がいきません」
リュシアンから譲り受けた魔導杖を両手で握り、セリーヌは肩を震わせる。
「欲しいものはすべて手に入れると仰いました……私のことを守ってくださると。共に歩んでくださると約束したではありませんか。夢を夢のままで終わらせるのですか」
言葉を絞り出すセリーヌ。その瞳から大粒の涙が零れ落ちてゆく。
「ふむ」
リュシアンは困った顔で腕を組み、会場をぐるりと見渡した。
「長ども。おまえたちからの声は途絶えたが、このやり取りは聞こえているな。風竜王も拡声魔法を巡らせている。一切の言い逃れは無用。我が許さんぞ」
「なにを……」
呆気にとられるセリーヌを片手で制し、リュシアンは六つの櫓へ順に目を向けてゆく。
「この娘の真意を聞いたであろう。古い慣習に囚われるのはやめ、娘が望む生き方を与えてやれ。小僧も言った通り、時代は新たな風を求めている。この島にも変革が必要なのだ」
「おや。君がそんなことを言うなんてね」
茶化すルネを、リュシアンが鋭く睨んだ。
「ごめん、ごめん。続けてください」
肩をすくめて笑うルネから目を背け、リュシアンは尚も言葉を重ねる。
「この者は、セルジオンである我と、ガルディア様の加護を得ている。まさしく新たな風となるに相応しい者だ。異論がある者はかかってくるがいい。返り討ちにしてくれよう」
「セルジオン様……それでは……」
涙の跡が残るセリーヌを見つめ、リュシアンの体へ宿るセルジオンは深く頷いた。
「小僧の覚悟が本物だと知れ、我は満足している。力を貸すに値する者だと判断した。人間に使われるのは不服だという考えは変わらぬが、こやつにならば力を貸しても構わん」
「ありがとうございます」
セリーヌが深々と頭を下げた奥で、ルネは興味深そうな視線を向け続けている。
「まったく。素直じゃありませんね。ですが、あなたが人間に心を開くとは意外でした。まだまだ人の世も捨てたものではないか」
「どうやら貴様を黙らせるのが先らしいな」
リュシアンが睨みを効かせていると、舞台へ繋がる扉のひとつが勢いよく開いた。そこから歩み出てきたのはユリスだ。
「セリーヌ。一体どうなっているんだ。事と次第によっては、俺も黙っていないぞ」
足早に舞台へやってきたユリスは、物怖じすることなくリュシアンと対峙した。
一触即発の空気が満ちる。