12 喰うか喰われるか
「うらあぁぁぁ!」
クロヴィスが戦斧を荒々しく振るう。
唸りを上げて次々と襲い来る斬撃を、リュシアンは笑みを浮かべて避けてゆく。
右腕は鞭に絡め取られているというのに、それを物ともしない動きだ。それどころか、鞭を握っているヘクターの方がリュシアンの動きに振り回されていた。
「このっ!」
歯を食いしばり、ヘクターは鞭へ魔力を込める。直後、鞭から炎が吹き上がった。
リュシアンの右腕も炎に焼かれるかと思いきや、彼の体を覆う青白い炎がそれを掻き消してしまった。
戦斧を避け、リュシアンは冷笑を浮かべる。
「炎竜の皮をなめした鞭か。上等な品だが、我に炎の力で抗しようとは滑稽な」
腕を強く引くと、耐えかねたヘクターの手から鞭がすり抜けてしまった。
得物を失った少年から興味をなくしたリュシアンは、右腕に巻き付いていた鞭を投げ捨てた。そうして、自らへ挑み続けてくるクロヴィスへ目を移す。
「ふむ。無駄のない動きだ。日頃から相当な鍛錬を積んでいるようだな」
横薙ぎの一閃を避けたリュシアンは、斧腹を左の掌底で跳ね上げた。
仰け反るクロヴィスの左腕を掴んだリュシアンは、ウードと同じ要領で投げ飛ばす。
その先には、剣を手にしたジャメルが迫っていた。クロヴィスの巨漢を投げつけられ、ふたりは勢いよく転倒する。
「野郎……」
恥辱と怒りに目を剥き、クロヴィスはすかさず身を起こした。下敷きになったジャメルを無視して、立ち上がろうと床へ手をつく。
「遅い」
既にリュシアンが走り込んでいた。死神の鎌を思わせる横薙ぎの蹴りが、クロヴィスの側頭部を的確に捉えた。
白目を剥いた巨漢が崩れる。二次被害から逃れようと、ジャメルが這い出してきた。
「来るな」
怯えた顔のジャメルが右腕を振るうと、透明な液体が勢いよく飛び散った。その匂いを嗅ぎつけ、リュシアンは眉をひそめる。
「ダフネルの樹液か」
その液体は、村はずれに群生するダフネルという樹から抽出した樹液だった。粘性と共に滑りやすくなる性質を持つそれを、籠手に仕込んだ小型容器へ隠し持っていたのだ。
「姑息なまねを」
高く飛び上がったリュシアンは、右足を大きく振り上げた。
天からの落雷がごとく、青白い炎に包まれた右足が振り落とされる。
「ひいっ!」
ジャメルは前方へ飛び込み、リュシアンのかかと落としを間一髪で避けた。床石が砕ける音を背後に聞きながら、なりふり構わずヘクターの下へ走ってゆく。
ようやくここまで勝ち残ったんだ。何が何でも、セリーヌを物にしてやる。
ジャメルは体に仕込んだ数々の道具を思い浮かべていた。驚異的な力を発揮する青年に対し、どれが効果的かを瞬時に探る。
「危ない!」
短剣を構えたヘクターが声を上げた途端、ジャメルは背中に衝撃を受けて転倒した。
床に這いつくばり、痛む背中へ手を回す。指先に感じる生暖かい感触に目を見開いたジャメルは、慌てて手のひらを確認した。
べっとりと付いた赤い物に、小さな悲鳴を漏らした。背中を鋭利に切り裂かれている。
「汝のような者が、光の民の代表とは……なんとも嘆かわしい」
落胆の息を吐き、リュシアンがゆっくりと歩み寄る。
「ひいっ! 待て。待ってくれ」
尻餅を付き、強ばった顔で下がるジャメル。
それを追い越し、ヘクターが飛び出した。横手からは、槍を手にしたイヴォンも飛び掛かっている。
「失せろ。小僧ども」
リュシアンが右腕を振るった途端、強烈な衝撃波が飛び出した。その一撃が、ふたりの若者とジャメルをまとめて弾き飛ばした。
三人は闘技場の壁に激突。地面に横たわったまま、気を失ってしまった。
「まさしく、竜が乗り移ったような強さだな」
背後から襲ったウードの蹴りを、リュシアンは右腕一本で受け止めた。
「風の民。また汝か」
腕を振るってウードを遠ざけると、床に倒れるレオンの姿が映った。その右太ももには、魔力の矢が深々と突き刺さっている。
腰を低くして身構えたウードは、リュシアンの視線に気づいて笑みを見せた。
「仲間をやられて怒り心頭か? 殴り込んできたおまえたちに、同情の余地はないぞ」
「そんなものは不要だ。所詮、喰うか喰われるかの世界」
「同感だ」
不適に微笑んだウードは、魔力の矢を立て続けに撃ち放った。
そこへ飛び込むように突進したリュシアンは、顔の前で両腕を交差させる。
十本にも及ぶ真空の刃が生まれた。折り重なるように交差したそれが、魔力の矢を容易く打ち砕く。荒ぶる力はとどまることなく、ウードの体にも深い斬り傷を刻んだ。
血を流し、声もなく後ずさる。かろうじて立っているだけのウードへ、リュシアンはためらいなく跳び蹴りを仕掛ける。
上空から鋭い爪を立てて襲うような、電光石火の一撃だった。ウードは胸元へ強烈な一撃を浴び、そのまま仰向けに倒れた。
「他愛ない」
リュシアンは息を吐き、舞台の上を眺めた。六人の戦士たちが横たわり、動く気配はない。
呆気にとられた観衆から、ささやくような声が漏れていた。そこに賞賛の声はない。恐怖や警戒を帯びた不穏な空気が満ちている。
「女神様」
不意にマリーの声が漏れた。彼女の制止を振り切ったセリーヌは杖を手に、リュシアンへ歩み出してゆく。
「邪魔をしないで欲しいんだけど」
セリーヌより先に、リュシアンへ飛び掛かる人影があった。
「流力煌刃!」
レオンが持つ魔法剣へ、魔力の光が宿る。
「光爆煌!」
光の魔法を宿した刃。その一閃が、リュシアンの胸元を狙って繰り出された。
「遅い」
レオンの右腕を手刀で弾く。その手を離れた魔法剣が床に転がった。
「ちっ!」
剣を拾うこともせず、レオンはすかさず右手に意識を集中させる。
「斬駆創造!」
風の魔力球は、狙い違わずリュシアンの腹部を直撃した。しかし、彼は微動だにしない。
「何かしたのか?」
驚愕するレオン。立ちすくむ彼の腹部へ、リュシアンの掌底が放たれた。
鎧の存在を無視したような威力に、さすがのレオンも呻きを漏らす。
「隙だらけだぞ」
「レオン様!」
よろめいたレオンは、体勢を保つだけで精一杯だった。マリーに不甲斐ない姿を見せられないという意地が、彼を奮い立たせる。
「俺の今の立ち位置を知りたい……あんたはそれを測るための物差しなんだ」
魔法剣を拾い、レオンは再び身構えた。右足の痛みを気にしている余裕などなかった。