09 新時代を創りたい
「ここから本領発揮ってことかよ」
やはり話の通じる連中じゃない。最悪の場合を想定し、テオファヌにいつでも飛び立てる用意を頼んでおいて正解だった。
「お待ちください。どうか私の話を聞いてください」
背後から、セリーヌが歩み出てきた。
「私も婚姻を受け入れる心積もりでおりました。しかし、事態は刻一刻と変化しております。宿敵とも呼ぶべき災厄の魔獣が、ついに姿を現したのです」
セリーヌの言葉を受け、魔力壁へ並ぶ老人たちの顔に動揺が走った。それは、舞台上にいる戦士たちも例外じゃない。
「奴の住処でも突き止めたか」
「かの者を、一時的にですが封印することに成功しました」
「封印だと!?」
老人の鋭い目が驚きに見開かれ、会場がざわめく。だが、すぐに険しい顔へ変わった。
「浅はかだな。そんな世迷い言を口にして、婚姻の儀を中止にしようという腹づもりか」
「そうではありません。全て事実なのです」
「長、僭越ながら申し上げます。セリーヌ様の言葉に嘘偽りはありません。微力ながら、私も共に戦いました。ロランとオラースも懸命にセリーヌ様を守り、命を落としました」
口添えしたコームさんの手には、ふたりの形見である剣と杖が握られている。
セリーヌは老人たちの圧を飲み込もうとするように、大きく息を吸い込んだ。
「長の御指示に従い、私たちはプロスクレ様のもとを訪ねました。かの者が現れたのもその時です。プロスクレ様は自らの命と引き換えに、災厄の魔獣を湖の中へ封印されたのです。ですが封印は一時的なもの。我々もすぐに対策を講じるべきだと進言させて頂きます」
セリーヌの美しい顔が緊張で強ばっている。六人の戦士たちも口を出してくる様子はない。長と呼ばれるこの老人たちは、それほどまでに絶対的な地位を確立しているのだろう。
なんだかいたたまれない。セリーヌたちを擁護しようと、魔力壁に映る老人を睨んだ。
「戦いの場には風竜王もいました。セリーヌの言葉を妄言だと捉えれば、俺たち全員を敵に回すことになると思ってください」
沈黙が場内を支配した。老人は深く息を吐き、椅子の背もたれに身を沈める。
「なるほど……すべて真ということか」
椅子に腰掛けたままの老人は、肘掛けに腕を乗せた。右手を顎に添えた矢先、俺たちへ醜悪な笑みを見せつける。
「その様子では、神器の回収は叶わなかったようだな。しかし、かの者を見つけ出せたことは朗報だ。水竜女王の犠牲は大きな損失だが、奴が外の者たちの国にいるうちは、我々も安心して暮らせるというもの」
舞台を取り囲む六枚の魔力壁から、口々に笑いが漏れた。不快極まりない連中だ。
「ディカ。その言い方はあんまりじゃないか。プロスクレは君たち人間を守ろうと、捨て身で魔獣へ挑んだんだ」
背後から飛んだ風竜王の声に、老人たちの笑いも途端に消え失せた。ディカと呼ばれた長は、慌てて居住まいを正す。
「テオファヌ様のお気に障ったのなら申し訳ございません。ですが人間と距離を置き、介入を控えるとおっしゃったのは、神竜ならびに竜王のご判断です。此度の一件を我々がどう捉えようと、静観して頂くのが筋かと」
「それとこれとは話が別だよ。プロスクレに対して敬意を持てと言ってるんだ。アンドル大陸に封印されたことをこれ幸いと、ふんぞり返ってせせら笑う君たちの態度が気に入らない。守り人も手を取り、共に脅威へ立ち向かうべき時が来ていると思わないのかい」
「外の者と? 我々は被害者なんですよ。災厄の魔獣も、黒の戦士も、すべて外からもたらされたもの。我々は、家族も家も富も失った。何もかもを失った。助けられることはあっても、助ける義理などありません」
老人の言い分に、ため息しか出ない。彼らとの交渉は無駄なのかもしれない。
「風竜王。対話は不毛みたいですよ」
「がう、がうっ!」
左肩の上で、ラグも怒りの叫びを上げる。
「この長たちと話しても何も変わらない。だけどセリーヌのように、現状を変えたいという新しい風も吹いてる。だからこそ俺は、彼女に自由を与えて欲しいと望むんです。新しい風と手を取り合い、新時代を創りたい」
「黙れ、クソガキが!」
魔力壁の向こうで、ディカが吠えた。背後では、マリーが小さな悲鳴を上げる。
俺ですら凄まじい気迫に気圧され、魂が萎縮するような錯覚がしてしまう。
「新しい風だと。なにが新時代だ。そんな戯れ言は寝ている間にほざけ! この島に生きる者たちが受けた傷は深い。それが塞がらないうちに、貴様は傷口を抉るような蛮行を働こうというのだぞ。この愚か者が!」
何と言われようと、ここで挫けるわけにはいかない。
「傷が癒えるまで、じっと耐え忍ぶつもりですか。あなたがたを傷付けた相手は、のうのうと我が物顔で世界を闊歩している。いつまた牙を剥くか知れない。その恐怖に怯えながら、これからも暮らすんですか」
六枚の魔力壁に浮かぶ老人たちを見回し、更に言葉を重ねてゆく。
「長と呼ばれるあなたたちはいいかもしれない。でも、これからを生きる若者たちは何十年もの未来がある。ここで手を打たずに、いつ動くと言うんですか」
「貴様は勘違いをしているようだな」
「なにをですか」
「竜と人間の歴史についてだ。我々が外の者を嫌うのも真っ当な理由がある。それを知らずに手を取り合うなどとほざいているのなら、貴様の頭の中こそおめでたいものだ」
「そのことを言われれば、確かに詳細を知りません。だからこそ、こんな大胆なことが言えるんです。それに、セリーヌや風竜王は味方をしてくれています。これこそ、新しい風が吹き始めている何よりの証拠です」
「馬鹿馬鹿しい。セリーヌひとりの意見が、守り人の総意だとでも言うつもりか。それに、テオファヌ様とて竜王のひとり。ガルディア様の決定がすべてに勝るものの、あの御方は未だお目覚めになる気配はない」
ディカの目が、俺の隣に立つセリーヌを睨み殺すように見ている。
「セリーヌ。おまえの決意が固いことは百も承知だ。その上で聞く。本気で、災厄の魔獣を屠ることができると思っているのか」
「はい。彼らと共に挑めば、次こそは必ず」
力強い返答に、ディカは落胆の息を漏らす。
「おまえがここまで愚かだとは……実に嘆かわしい。よかろう。目を覚まさせる意味で、そこの小僧の本気を見せてみろ。その六人と戦え。結果次第では、おまえの婚姻を考え直してやらんこともない」
途端、五人の長たちから批難の声が上がる。
「静まれ。これは儂の催しだ。文句は受け付けん。心配するな。ほんの余興だ……セリーヌもいいな。その小僧が負ければ、大人しく婚姻の儀を受け入れろ。災厄の魔獣の討伐など、他の者へ任せればいいだけのことだ」
「長老も話が早くて助かる。こいつらを、もう一度ぶっ倒せばいいってことだよな。みんなは下がっていてくれ」
「あんたには、悪い前例があるけど」
「うるせぇ。余計なことを言うな」
大人しくしていたレオンが、こんな時だけ口を挟んでくるのが鬱陶しい。
「大丈夫だ。何があっても負けねぇよ」
魔法剣を握り、眼前の六人を見据える。体を取り巻く青白い炎が勢いを増した気がした。





