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05 六名の戦士


「その、ジャメルっていうのは何者なんですか。相当な手練れみたいですけど」


 何やら渋い顔だ。コームさんの反応を見るに、因縁の深い相手なのかもしれない。


「ジャメルか。奴はロランやオラース共々、昔からの顔なじみだ。我々はセリーヌ様を幼少の頃からずっと見守ってきた。こんなことを口にするのはおこがましいが、セリーヌ様を実の娘のように思っているのも事実だ」


 当の本人は長いまつげの生えた目をしばたき、驚いた顔を見せている。面と向かってこんな話をされたのは初めてなのかもしれない。


「だが、ジャメルのやつは違ったようだ。此度(こたび)の護衛にも同行するはずが、強者ばかり外してしまっては島の守りが手薄になると、出立の前日に同行を断られたのだ。そして出立の直前、奴がセリーヌ様の婚姻相手を決める武闘会に名乗りを上げたと耳にした」


「ろくでもない男ですね」


 コームさんに賛同した途端、セリーヌの隣に座っていたマリーが嫌悪感を(あらわ)にした。


「待って。コームさんと顔馴染みっていうことは、五十歳を超えているということですよね。そんな人が女神様を?」


 自分の体を抱きすくめ、震え上がっている。


「武闘会への参加は十五歳から六十歳までの男性とされている。奴がセリーヌ様をそんな目で見ていたことは嘆かわしい限りだが、色欲に溺れてしまったのだろうな」


「女神様の美しさは万人を虜にしてしまうということですね。罪なことです」


 深く頷いているマリーの横で、セリーヌが救いを求めるような目を向けてきた。


 彼女を安心させようと頷くと、笑みを浮かべたセリーヌははにかみながらうつむいた。


 そんな俺たちを冷やかすように、左肩に乗っていたラグが力強く吠える。


「でも、コームさん。どうしてそんな話を俺に? 島へ立ち入ることもそうですけど、なんで急に……」


「先程、御主も自ら申したであろう。家柄で生き方を縛られるとは不憫なものだ。ましてその相手が、自分の娘と思えるような方なら尚更のこと。相思相愛の相手と結ばれるのなら、それが一番だと判断しただけのことだ」


 コームさんの鋭い目が、俺の心を伺うように見据えてくる。


「それに、御主の力は本物だと確信している。災厄の魔獣を葬ることができる者がいるとすれば、御主以外に考えられん」


「いや、そこまで持ち上げられても困ります。仲間たちの協力がなかったら、救世主なんて呼ばれることはありませんでしたから」


「謙遜するな。それとも弱気になったか」


「弱気? 冗談じゃねぇ。災厄の魔獣を倒してセリーヌの悲願を達成する。それが今の俺の目標なんだ。夢を夢のまま終わらせないためにも、前に進み続けるだけだ」


「その言葉を聞いて安心した。明日も早い。私は一足先に休ませてもらおう」


 風竜王の背へ横になったコームさんは、外套(がいとう)を被って黙ってしまった。

 この空気では、セリーヌからも深い話を引き出すことはできないだろう。


「風竜王には悪いけど、俺たちも休ませてもらうとするか」


「その方がいいだろうね。碧色、あんたにとっては長い一日になりそうだし」


 俺のつぶやきに反応したのはレオンだ。


「随分と他人事な言い草だな。島に入れば、俺たちは同じ扱いなんだぞ」


 嫌味を込めて言い放つと、涼しい顔で肩をすくめてみせた。


「あんたと違って、俺は俺のやりたいようにやらせてもらうだけだから」


 そう言って、レオンも横になる。


「女神様、隣で添い寝させて頂いても構いませんか。なんだか心細くて」


「ええ。構いませんよ」


 セリーヌの優しい微笑みを受けたマリーが、こちらへ勝ち誇った笑みを向けてくる。俺は大人の対応を心掛け、左肩に乗る相棒を見た。


「ラグ。ついにマルティサン島だぞ。おまえの本体にも会えるのかな?」


「がう、がうっ!」


 相棒が力強く吠える。


 炎竜王、水竜女王、そして風竜王。伝説の存在とまで言われている竜を次々と目の当たりにしている。そう考えただけで、否応なしに興奮が高まっていた。


***


 翌朝、マルティサン島の中央に建つ円形闘技場は大きな歓声に満ちていた。


 闘技場の舞台へ続々と現れたのは、武装した六名の男たちだ。各々が民同士の予選を勝ち抜き、こうして本戦へと駒を進めてきた。


 そんな六名を高見から伺う、いくつかの視線があった。闘技場を包み込む客席の更に上には、各属性の民を分ける六つの物見櫓(ものみやぐら)が設けられている。その中のひとつ、光の民の櫓の中にふたりの人影があった。


 共通の民族衣装に身を包み、腰には白の帯を巻いている。この白帯こそ、光の民であることを象徴する目印だ。


 肘掛けの付いた大きな椅子に腰掛けるふたりは、眼前の魔力板に映し出された舞台映像を食い入るように見ていた。そうして、ひとりが苦い顔で舌打ちを漏らす。


「光の民からは、ジャメルですか」


「不服か、ユリス。実力は確かな男だ」


「そうかもしれませんが……。俺は昔から、あの男がどうにも好きになれません」


「おまえが婚姻を結ぶわけではない。おまえの好みなどどうでも良いことだ」


「どうでも良いということはないでしょう」


 ユリスは嫌悪感を隠そうともせず、他の出場者へと目を向けた。


「炎の民ヘクターと、水の民イヴォン。手元の資料には十五と十八とあります。随分と若い者たちが出てきましたね」


「若いと言っても、おまえと変わらぬだろう。黒の戦士から逃げおおせた者たちだな……若者はこの島にとって貴重な存在だ」


「それは同意ですが、若すぎませんか。ヘクターは祖父母に勧められてとありますが、光の神官だったというセリーヌの肩書きだけしか見ていない気がします。イヴォンはジャメルと同じですね。いい女を抱きたいという、欲望を丸出しにした獣ですよ」


「獣。大いに結構じゃないか。セリーヌには元気な赤子をたくさん産んでもらわなければ。災厄の魔獣を倒したいなどという我が儘を許したばかりに、婚期も遅れてしまった。少し甘やかし過ぎたかもしれぬな」


「長の判断は間違っていません。ですが、セリーヌには荷が重すぎたのも事実です」


「神器の回収も、コームたちだけにすべきだったか。セリーヌの姿を見せた方が、挑戦者どもの意欲も上がっただろうにな……」


 長老の言葉に、ユリスは苦い顔を見せた。


(いかづち)の民はバルテルミー。風の民はウード。地の民からはクロヴィスが勝ち上がっています。この中では五十三歳のクロヴィスが一番若いですが、料理が苦手だから女手が欲しいなどというつまらない理由です。そんな男が真面目に育児をすると思いますか?」


「仮にクロヴィスと結婚したとして、彼に育児の能力など期待しておらん。優秀な子が生まれ、次代の長として成長すればそれでいい」


「長の考えは偏っていませんか。セリーヌは物じゃありません。もっと、彼女の幸せを考えてあげてほしいんです」


「小僧。言うようになったな。神官の地位を手に入れて、調子に乗っているのか?」


「いえ。滅相もない」


 言葉を失ったユリスは、肘掛けに乗せた右腕をもたげて爪を噛む。言葉にできない想いを、ただ噛み殺すことしかできずにいた。

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