01 灰色に近づいていく
無事に合流を果たした途端、少女の姿へ擬態した風竜王テオファヌは休息を訴えた。
手持ちの食料を分け与えると、むさぼるように平らげた。そうして今はセリーヌに膝枕をされ、仮眠の真っ最中だ。何故かラグまで、少女の腹の上で横になっている。
この調子だと、出発は夜になるだろう。しかし風竜王の姿を見られずに移動できると考えれば、好都合なのかもしれない。
周囲へ視線を巡らせる。車座に座る仲間たちから、シルヴィさんとアンナを呼び出した。
シルヴィさんは酒の入った水袋を持ち、ほんのり赤ら顔だ。仲間たちから距離を取る俺に気づくと、意味深な笑みを見せてきた。
「なるほどねぇ……」
「なんの納得ですか」
「リュシーも溜まっちゃってるのね。あたしとアンナを木陰に引き込んで、三人で楽しもうだなんて。もう、大胆なんだから」
「え……嘘でしょ」
アンナの軽蔑するような視線が痛い。
「リュシーのお願いなら、あたしはいつでもどこでも構わないわよ。好きにして」
下着姿同然のシルヴィさん。アンナの両肩に手を置き、無防備なお尻を向けてくる。
「ちょっと、シル姉!?」
「あの……至って真面目な話をするために呼んだんですけど。ちゃんと聞いてくださいよ」
「冗談も通じないなんて。つまらないわね」
シルヴィさんは艶めかしい溜め息をこぼした。首筋を揉み、不満げな顔で空を仰ぐ。
「気持ちに余裕を持って、どんと構えるくらいになって欲しいんだけどなぁ」
「言いたいことはわかりますけど、シルヴィさんの反応がひどい」
「あら、そう? ごめんなさいね。確かに、アンナには刺激が強すぎたかも」
「そんなことないってば。アンナだって、男女の営みに関する知識くらいは……」
「本題に入っていいか?」
「ふぇ!?」
踏まれた小動物のような声を上げ、アンナは大きく目を見開いている。
「さっきも言った通り、ふたりに頼みたいことがある。ひとつ目は、オルノーブルでのいざこざの清算だ。でも、エミリアンやエルヴェとのこともある。シルヴィさんにはやりづらいと思うんだ。表向きは、ドミニクに代表として動いてもらうつもりだ」
「じゃあ、あたしたちは何をすればいいの?」
「ドミニクの護衛を。マルティサン島から戻った後、何の障害もなく、ブリュス・キュリテールとの戦いに移行できればそれでいい」
「ふぅん。そんな簡単なことでいいのね」
「で、その後だ。カンタンの娼館とエミリアンの飲食店。どちらも代表に俺の席を置いてる。ドミニクと連携を取って、引き継ぎが滞りなく進んでいるようなら、あのふたりを消しても構わない。闇ギルドとのいざこざも、あいつらに原因がある。利用価値があると見なせば、ある程度の制裁を加えて泳がせておいてもいい」
「制裁って、どうするつもりなの」
「既に、ひとつ手は打った」
合流を待つ間、ドミニクに指示を飛ばしてある。遠方に住む、カンタンの妻子を押さえる。娘が三人いるという話だが、彼女たちを使って絶望を味わわせるのも一興だ。
あれこれ考えを巡らせていると、アンナから疑惑の目を向けられていた。
「なんか、リュー兄が悪い顔してる。本当に、随分と雰囲気が変わってきたよね」
「変わらざるを得ないだろ。どんなものでも使い込めば味わいが出る。白いものだって、おのずと灰色に近づいていくさ」
「リュー兄まで汚れていく」
両頬に手を当てるアンナ。そんな反応に、シルヴィさんが吹き出した。
「それが大人になるってことよ。あたしは今のリュシーの方が断然魅力的に見えるわよ。風格が出てきて、脂が乗り始めた頃合いよね」
「なんか、取って食われそうな言い方ですね」
「まぁ、そうね。食べちゃいたいって思ってるのは、いつものことだけど」
口元のほくろへ指先を添え、妖艶な笑みを向けてくる。
「あぁ。シルヴィさんはそうでしたね」
話半分で聞き流し、左手に持っていた日誌をアンナへ差し出した。
「もうひとつはこれだ。内容には目を通した。これが本当なら、とんでもないことだぞ。この内容を知ってる奴は他にいるのか」
「ここにいる人に限れば、アンナだけだけど。中身は本物だと思う。モニクって人も知ってたくらいだから」
「なにが書いてあるわけ?」
シルヴィさんが興味深げな目を向けてきた。
「いずれはみんなに話すことになる。だけど、それは今じゃない。超大型魔獣ブリュス・キュリテール。あいつに関する重大な秘密が書かれているとだけ教えておきます」
「そんなふうに言われると気になるじゃない」
腰をくねらせる仕草が妙に艶めかしい。
「我慢してください。アンナには、ここに書かれている施設の場所を特定してほしい。マルティサン島から戻ったら調べてみたいんだ」
「今でもあるのかな?」
「どうだろうな。証拠を消すために、解体されている可能性の方が高いかもな」
「任せて。アンナが調べてみるよ」
「悪いな。頼んだぞ」
話を終え、仲間たちの所へ戻ろうと歩き出した。そこへ今度は、レオンが近づいてくる。
「三人とも、ちょっといいかな」
険しい顔だ。ろくな話ではないだろう。
「話したいのはマリーのこと。この先、彼女をどうしようと考えてる?」
「どうって……」
「前にも伝えたはずだけど。彼女を戦いに巻き込むのは賢明じゃない。腰を据えて生活できる場所を用意してやるべきだと思うけど」
「レオンの言いたいことはわかる。だけど俺は、マリーをマルティサン島へ連れて行こうと考えてる」
「馬鹿なのか? 俺は、自分を守れるだけの力を身につけてもらおうと、彼女に攻撃魔法を教え込んだ。戦うためじゃない。それに、今の彼女はタリスマンも持っていない。回復魔法の腕は優れているかもしれないけど、攻撃に関しては並の魔導師と変わらないから」
「それはわかってる。だけど、俺たちはブリュス・キュリテールとの戦いを経験した。水竜女王であるプロスクレは、自分の命を犠牲にしてまで俺たちを助けてくれた。その力を宿したマリーは、マルティサン島で事の顛末を知る権利があると思うんだ」
「それを知ってどうする。ますます、この戦いから逃れられなくなるだけだ。あんたは彼女を縛り付けたいだけなんじゃないのか」
「マリーはプロスクレに命を救われた恩義を感じてる。そこから先の決断は本人次第だ」
「違う! あんたは自分の都合で彼女を動かそうとしているだけだ。俺は認めない!」
力説するレオンは、自分が大きな声を出していることにも気づいていなかったのだろう。声を聞きつけた本人が、すぐ側に立っている。
「レオン様、心配ご無用です。その人の言う通り、私は自分で見聞きしてすべてを判断したいと思っています。なんと言われようと、マルティサン島にはついて行きますから」
突然の出現に驚き、レオンがのけぞった。
落ち着いた印象を持つレオンがここまでの反応を見せるとは珍しい。マリーのことを本気で心配しているのだろう。
「皆様、よろしくお願い致します」
聖女の微笑みを浮かべ、深々と頭を下げるマリー。そんな姿を見せられては、レオンとしても押し黙る他になかった。