46 想うだけじゃ伝わらない
セリーヌとの話も一段落した。彼女から貰った差し入れを頬張っていた時だ。
「がう、がうっ!」
膝の上で伏せていたラグが吠える。その視線を追うと、腰の革袋から光が漏れていた。魔導通話石が接続依頼を感知し、青い信号を灯らせている。
『リュシー。今、どこ?』
相手はシルヴィさんだ。
「別れた林の奥です。小川の側で休憩中」
『声は元気そうね。会わせたい人がいるから準備しておいて。すぐに行くわ』
「え? 誰なんですか」
一方的に会話を打ち切られた。相変わらず自由な人だ。
「どういうことなのでしょうか」
「さぁな。俺にもわからねぇ」
気だるい体を引きずるように立ち上がる。
セリーヌは俺の上着を拾い、埃を払う。それを広げ、ご丁寧に羽織らせてくれた。
たったそれだけのことがたまらなく嬉しい。セリーヌに冒険服を着せてもらい旅立つ。それが当たり前になる日が来ればいい。
頭上を羽ばたいていたラグが、定位置である俺の左肩へ降りてきた。
「私の魔力が回復次第、リュシアンさんにも癒やしの魔法が必要ですね」
「いいって。体を休めてくれ。側にいてくれるだけで、俺には何よりの癒やしになる」
「それは、その……ありがとうございます」
「もう二度と、俺の側を離れるんじゃねぇぞ」
「はい。承知いたしました」
顔を真っ赤にしたセリーヌは、それを隠すようにうつむいてしまった。
「そのように臆面もなく、自らの気持ちを素直に示せるリュシアンさんを尊敬します」
「想うだけじゃ伝わらない。そういうことってたくさんあるだろ。口にするって、大事なことだと思うんだ。後悔したくないからさ。夢を夢のまま終わらせない、ってことと同じくらい、自分の中で大切にしてることなんだ」
「私も見習わなければなりませんね。リュシアンさんと一緒にいることで、勇気を頂けている気がいたします」
「セリーヌは、もっと自由に生きていいと思うんだ。マルティサン島や長老に縛られすぎてるんじゃないのか。俺は、その枷を取り除く手伝いをしたいと思ってるだけなんだ」
「枷とは思っておりませんが、アンドル大陸に暮らす皆様を見て、自由だとは感じます。急に生き方を変えることなどできませんが、私らしくいられるよう努めてみようと思います。ぜひ、お力をお貸しください」
「あぁ。任せておいてくれ」
通話から十五分が経過した頃だ。複数の足音が聞こえ、シルヴィさんとアンナが姿を見せた。後ろには数人の人影が続いている。
俺たちの姿を見たシルヴィさんが、気まずそうな表情を浮かべたのを見逃さなかった。
しかしそれ以上に、三人の同行者たちへ意識を奪われていた。
「おまえら……どうして」
「リュー兄にどうしても会いたいって言うから、アンナたちも断りきれなくて」
頬を掻いて苦笑するアンナ。彼女を追い越し、ひとりの男、イヴが歩み出してきた。
「リュシアン、久しぶりだな。黙っていこうとするなんて水臭いぞ」
「合わせる顔がなくてさ……俺のせいで、レミーが命を落とした……五馬鹿なんて言われてた悪ガキが、四馬鹿になっちまった……それに、この街の象徴だった生命の樹も燃えた。みんなともよく、あの樹まで競争したよな」
「だからって、逃げるように出ていくのか?」
「おい、よせって」
不満を全身から滲ませ、パトリスが身を乗り出してくる。隣で静止を促すセルジュを振り切り、俺の胸元へ掴みかかってきた。
それを拒むことはできない。イヴもまた、成り行きを見守るように身じろぎしない。
「昨日の騒動。俺たち三人は酒場で飲んでたんだ。お陰で、崩れた酒場の下敷きになった程度で済んだ……でもな、サーカスを見に行った妻と子どもは死んだよ。本当は、おまえを殺してやりたいほど憎い」
「パトリス……本当にすまない……」
なんと返していいかわからない。かけるべき言葉を探し、呻くように絞り出す。
「街の全員から恨まれても仕方ないと思ってる。それくらい酷い戦いだった」
「リュシアン、違うんだ」
セルジュが慌てて口を挟んできた。
「俺たち、良く話し合ったんだ。おまえを恨むどころか、感謝してるくらいなんだ」
「感謝? どうかしてるよ」
「リュシアン、考えてみてくれ。もしも、おまえがいない時にあいつらが来たらって。今頃、誰ひとり生き残っていないと思わないか? おまえがいてくれたお陰で、俺たちは助けられたんだよ」
セルジュの言葉に、イヴも柔らかな笑みをこぼした。歩み寄ってきたセルジュは、俺の服を掴み続けるパトリスの肩へ触れる。
「だからさ、俺たちだけでも笑顔で送り出してやろうって決めたんだ。こいつも、おまえの顔を見たら抑えが効かなくなっちまったんだろう。許してやってくれ」
パトリスの両手が力なく降ろされた。
俺の心の奥底へ積もっていた罪の意識が、わずかでも薄らいだような気がした。
「許すもなにもないって。責められて当然だ」
すると、イヴから肩を叩かれた。
「リュシアン。おまえの活躍に期待してる。俺たちもフォールの街を立て直して、もう一度頑張るからよ」
「ありがとう。みんなの顔を見られて、俺もほっとしたよ。何もかもをなくしちまったら、俺もくじけるところだった」
再会を誓い、名残惜しくも握手で別れた。
その後、街を後にした俺たち。昼過ぎには、フォールとサンケルクの中間にある丘陵地帯へ辿り着いていた。
待ち合わせの夕刻までしばしの休息を取り、信号弾を打ち上げた。程なく、風竜王が飛来。俺たちの近くで着地した。
「こんなにこき使われたのは初めてだ。守り人たちが知れば怒り出すでしょうね」
少女の姿に変わった風竜王が、屈託のない笑みを見せる。ここは素直に謝るしかない。
「すみませんでした。あなたがいなければ絶対に不可能な行程でした」
「私も私で楽しませて頂いたので、お互い様ということにしておきましょう。私からの贈り物も無事に届いたようで何よりです」
風竜王は、俺の背後に見えるシルヴィさんとアンナを目に留めて微笑んでいる。
「女神様! ご無事で何よりです。離れ離れの期間が私には何年にも思えました」
マリーは体当たりするような勢いでセリーヌへ抱きつき、その胸へ顔を埋めている。
相変わらず羨ましい奴だ。
レオンとコームさんの姿を認めた途端、全身へ緊張が漲ってゆく。事前の連絡で、神器の消失と敵の出現のことは聞いている。
「テオファヌの体調が整い次第、マルティサン島へ移動しよう。それにしても、神器はどこに消えたんだ」
つぶやくと、レオンが苦い顔を見せた。
「ユーグって言ったか。あの魔導師が、どこかに持ち去ったと考えるのが妥当だけど」
「本人は始末した後だ。それを追求するのは不可能だからな……」
「終末の担い手。その一派が保管しているのかもしれない」
「そうだな」
「で、マルティサン島だけど、この後はどうするつもり? シルヴィさんとアンナも連れてきたみたいだけど、彼女たちは入れない」
「わかってる。シルヴィさんたちにはその間、頼みたいことがあるんだ」
話している途中で、背後から抱きつかれた。視界に映る真紅の篭手はシルヴィさんだ。
「やっとリュシーと会えたっていうのに、また置いていかれるの? 島に入るには資格がいるんだっけ。子種を注がれてるあたしにも、そういう権利があるんじゃないの?」
途端に微妙な空気が満ちた。レオンとコームさんからの突き刺さるような視線を感じる。
「それは全く別問題なんで。シルヴィさんとアンナには、オルノーブルに向かってもらいます。闇ギルドとの今回のいざこざ。あれを完全に清算しておいてほしいんですよ」
「仕方ないわね。今回は従ってあげるけど、帰ってきたら体で払ってもらうわよ」
離れてゆくシルヴィさんを確認し、身を引き締める。早急にマルティサン島へ向かい、セリーヌを自由にしてやることが先決だ。そのためならば、どんな苦労もいとわない。
QUEST.10 フォールの街編 <完>
<DATA>
< リュシアン=バティスト >
□年齢:24
□冒険者ランク:L
□称号:碧色の閃光
[装備]
恒星降注
スリング・ショット
冒険者の服
光纏帷子
炎竜の首飾り
< セリーヌ=オービニエ >
□年齢:23
□冒険者ランク:なし
□称号:使命遂行の戦士(仮)
[装備]
悠久彷徨
蒼の法衣
神竜衣プロテヴェリ
タリスマン
< ナルシス=アブラーム >
□年齢:20
□冒険者ランク:B
□称号:涼風の貴公子
[装備]
細身剣・青薔薇
華麗な服
< シルヴィ=メロー >
□年齢:25
□冒険者ランク:S
□称号:紅の戦姫
[装備]
斧槍・深血薔薇
深紅のビキニアーマー
< アンナ=ルーベル >
□年齢:22
□冒険者ランク:A
□称号:神眼の狩人
[装備]
双剣・天双翼
クロスボウ・夢幻翼
軽量鎧
< レオン=アルカン >
□年齢:24
□冒険者ランク:S
□称号:二物の神者
[装備]
深愛永劫
軽量鎧
< マリー=アルシェ >
□年齢:18
□冒険者ランク:B(仮)
□称号:アンターニュの聖女(仮)
[装備]
聖者の指輪
白の法衣
< コーム=バシュレ >
□年齢:55
□冒険者ランク:D
□称号:熟練の剣士(仮)
[装備]
長剣
軽量鎧





