表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
223/341

41 激闘の果てに


「では、儂もそろそろ教会へ戻るかの」


「ありがとうございました」


 去りゆく司祭様の背中へ深々と頭を下げた。顔を上げると、側には母の姿があった。


「私も家に戻って、お父さんを探さないと。リュシアン。あなたのことを心配していたけど、取り越し苦労だったみたいね。こんなに素敵な人たちに囲まれて、あなたは幸せ者ね」


 溢れる涙を拭った母は、俺が司祭様にしたように、仲間たちへ頭を下げた。


「リュシアンのこと、これからもどうぞよろしくお願いします。元気だけが取り柄で、猪みたいに勢い任せで突き進むことしかできない子です。皆さんの力をお借りして、目指す所まで導いてやってください」


「恥ずかしいからやめてくれ」


 ここまで言われると、面目もなにもない。


「大丈夫ですよ。お母様」


 言葉を返してきたのはシルヴィさんだ。斧槍(ハルバード)を肩に担ぎ、左手を腰に当てた仕草。威風堂々とした力強さが漲っている。


「ご安心ください。御子息も、今や頼れるリーダーへと成長されました。王都の救世主という名誉を頂いたのも実力です。私たちは、これからも彼を支え続ける所存です」


「がう、がうっ!」


 俺の左肩の上では、ラグが賛同するように吠えている。


「今後とも、どうぞよろしくお願いします」


 何度も頭を下げる母を見ていたら、どんどん恥ずかしさが込み上げてきた。


「わかった。もういいから。早いところ家に戻ってくれ。な、頼む」


「はいはい。わかりました」


 母の背に触れ、追い出すように力を込めると不満そうな顔を向けられた。


 文句を言いたいのは俺の方だ。


「そうとなれば、僕らも共に行くとしよう。リュシアン=バティスト。しばしの別れだ」


「そうか。永遠でも構わないんだぞ」


「ぐぬぅ。おのれ……」


 ナルシスが凄まじい形相で睨んできた。


 相変わらず面白い男だ。


「ナルシスの旦那。早く追わないと、置いていかれるっスよ」


「あぁ、もう! 覚えていろ。リュシアン=バティスト!」


 エドモンに急かされ、びゅんびゅん丸を連れたナルシスが遠ざかってゆく。


 激闘の果てに、この場には俺とラグ。そしてシルヴィさんとアンナが残された。


「ふたりが来てくれて助かりました。正直、俺たちだけじゃ生き残れなかった……」


 度重なる攻撃を受け、腕輪の魔力障壁(プロテクト)は失われている。完全回復には半日以上必要だろう。買い替えたばかりの冒険服は破れ、父から貰った鎖帷子(くさりかたびら)も腹部に穴が空いている。


「この借りは、体で返してもらうわよ」


 唇へ舌を這わせ、シルヴィさんがしなだれかかってきた。ここまではいつもの流れだ。さすがにうろたえるようなことはない。


 程よく引き締まった体を抱きとめ、曲線を描く腰へ手を回した。そうして、シルヴィさんの瞳を覗き込む。


「俺を唸らせるほどの働きを期待してますよ。その時は何倍にもして返しますから」


 呆気にとられていたシルヴィさんだが、すぐに口元へ意味深な笑みを浮かべた。


「あら、嬉しい。約束だからね。でも、今日の分は別よ。これはこれで払ってもらうから」


「ちょっと、シル(ねえ)。今はそんなこと言ってる場合じゃないでしょ。アンナたちも、怪我人の救護を手伝わないと」


「え〜。やっと、リュシーに会えたのに」


「それとこれとは話が別」


 頬を膨らませたアンナが大股で歩み寄ってきた。そのままシルヴィさんの腕を取り、俺から引き剥がそうと奮闘している。


「あ、忘れるところだった」


 アンナは何を思ったのかシルヴィさんから離れ、背中へ手を回した。


「これ、リュー(にい)に預けておくね」


 差し出されたのは一冊の日誌だ。表紙に土や血痕がこびりつき、薄汚れてしまっている。


「さっきの日誌か。そういえば、返すって言われたな」


「オニールって人は魔獣にやられちゃったからね。エルヴェって剣士の人が、持っていけってさ」


「でも、大事な情報が書かれてるんだろ?」


 訪ねた途端、アンナは歯を見せて笑った。そして、加護の腕輪を指し示す。


「必要な所は、魔力映写で控えてあるから」


「そういうことか。だからさっきの交渉でも、あっさり引き渡したのか」


「まぁね」


「みんな、ずる賢くなってきたな。そういうことなら有り難く受け取っておくよ」


「今は見ない方がいいよ。体調が戻った時にゆっくり確認してよ」


「そうさせてもらうよ。さすがに俺も気力がねぇ。立ってるだけで精一杯だ」


 シルヴィさんが更に密着してきたのがわかった。なんだかんだと言いながら、俺の体を支えてくれているのだろう。


「アンナも大丈夫? あなたが斬った相手、傭兵時代にお世話になった人なんでしょ」


 シルヴィさんの言葉に、アンナは苦い顔を見せた。困った顔で頬を掻いている。


「大丈夫って言えば嘘になるけどね……アンナに生き方を示してくれたような人だから」


「後悔してるのか?」


 アンナは即座に首を横へ振る。


「正直、あんなライさんは見たくなかった。綺麗な想い出が残ってるうちに引導を渡せたのは、せめてもの救いだったと思ってる」


 さっきからの憂いの原因はこれか。気丈に振る舞うその顔で、俺を真剣に見つめてきた。


「リュー兄にもアンナのこと話しておくね。これは、シル姉とフェリさんしか知らないの」


「俺、みんなの過去を詳しく知らないからな」


「一旦、座った方がいいわ」


 シルヴィさんに連れられ、俺たちは大木の根に腰を落ち着けた。車座になると、アンナは再び口を開いた。


「アンナの家はちょっと複雑なの。みんなと違って魔獣に滅ぼされたわけでもないし、親が亡くなったわけでもなくて、家出なんだ」


「家出? それがどうして傭兵なんかに」


 両親からの虐待だと聞いていたのだが。


「お父さんもお母さんも芸術家肌なのね。お姉ちゃんと妹は、その血を見事に受け継いだんだと思う……お姉ちゃんにはお母さん譲りの女優の才能があったし、妹はお父さんに似たのかな。絵の才能があったの……だけど、アンナにだけは何もなかったんだよね」


 笑い飛ばす顔が、なんとも痛々しく映る。


「歌、音楽、踊り、絵画。いろんな習い事をしたけどダメでね。アンナだけ相手にされなくなって、親からも見放されちゃって……元々、あちこち飛び回ってる人たちだから、家では使用人と姉妹だけだったけどね。だけど、ここに自分の居場所はないんだって思ったら、何もかもどうでも良くなっちゃって。結局、黙って出てきちゃった」


 両手を後ろにつき、夜空を仰いでいる。


「生活に困って、盗人みたいなことを始めた時だよね。自分に、人並み外れた身体能力があるって気付いたの。踊りでは見つけられなかったのにさ……皮肉なもんだよね」


 芸術家という言葉を聞いて、ナルシスの話を思い出していた。


「ちょっと確認だけど、アンナの親父さんって、オスカー=ルーベルとか言わないよな?」


「え!? なんで知ってんの?」


「は? まさか本当なのか!?」


 南方出身の衣装師らしいが、ナルシスでも知っている有名人ということか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ