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40 洗脳魔法の後遺症


「なんなら、今でも構わないけどな」


「その前にやるべきことがあります」


 セリーヌは顔を逸らし、夜の林へ目を凝らしている。釣られて視線を向ければ、こちらへ戻ってくる仲間たちの姿が見えた。


「あいつら……」


 全員が無事だったことに安堵した。驚くべきことに、エドモンが兄を背負っている。


「ジェラルド!」


 たまらず駆け出す母の背を追う。


 司祭様と話したことで、心が格段に軽くなったのは事実だ。難しく考えすぎず、俺は俺のやり方で突き進んでゆくしかない。


「なにがあったんだ?」


 尋ねるなり、眉根に皺を寄せたシルヴィさんが首を傾げた。アンナと片耳ずつに分けたピアスが、月光を受けて鈍い輝きを放つ。


「それがね、あたしたちにもよくわからないのよ。猿型魔獣を見失って、気配が消えたと思った途端、お兄さんが急に倒れてね」


 お手上げだという仕草をするシルヴィさん。すると、アンナがその腕を叩いた。


「でも良かったじゃん。戦いは避けられたし、リュー兄のお兄さんが見つかったんだよ。これ以上のことなんてないよ。本当に良かった」


 自分のことのように喜んでくれているが、どこか陰りを帯びたアンナの笑顔がとても儚く映った。胸の奥で不安を覚えてしまう。


「どうした。なにかあったのか?」


「リュシー、おめでとう」


 シルヴィさんに言葉をかけられ、俺の質問は即座に掻き消されてしまった。


 他の面々からも口々に祝いの言葉が続くものの、眼前には荒れ果てた故郷の風景がある。呑気に浮かれてはいられない。


「モニクは死んだってことなのか?」


「魔法が解けたということは、恐らく」


 セリーヌの曖昧な返答に戸惑っていると、同じような顔をしたエドモンと目が合った。


「手伝ってもらって悪いな。面倒をかけた」


「それはこっちのセリフっスよ。旦那をこんな所まで連れ回して、故郷もめちゃくちゃになって……オイラにも責任があるんスから」


「誰のせいかなんて追求するのはよそう。司祭様からも教えられたばかりなんだ」


「それでも、旦那のお兄さんを目覚めさせる手伝いくらいはさせてほしいっス。多分、洗脳魔法の効果が切れて、ジェラルドの旦那は解放されたんだと思うんスよ。だけど、これは相当強力っス。毒みたいなもんっスよ」


「毒だって?」


「そうっス。誰かを一時的に操るってだけでも高難度の魔法っスけど、自分の意志で自発的に動くなんて所まで来ると、長い年月をかけて魔法が体内に浸透してるはずっス。これを解くのは至難の業っスよ」


「セリーヌでも無理なのか?」


 彼女は黙って首を横へ振る。


「リュシアンさんへ課せられた呪いが解けなかったように、(わたくし)には専門外です。マリーさんの力があれば、あるいは……」


「だからこそ、オイラに任せてほしいっス。王都か近隣の街まで行けば、最新の治療が受けられるっスから。数ヶ月の期間を貰えれば、必ず治してみせるっスよ」


「数ヶ月!? そんなにかかるものなの?」


 大きな声を上げたのは母だ。

 ようやく長男と再会できたというのに、この有り様。仕方のない反応かもしれない。


 だが、叫びたいのは俺も同じだ。

 兄と話ができないことはもちろんだが、マリーにはマルティサン島への同行を考えていた。治療のためとはいえ、数ヶ月もの時間を裂いている余裕はない。


 気まずいなどと言っていられない。やるべきことを成すために、最善の道を取るだけだ。


「エドモン。俺たちはおまえの裏切りを許したわけじゃねぇ。パーティへの復帰も認めない。でもな、ここからは俺の個人的な頼みだ」


 預かっていた加護の腕輪を返却すると、エドモンは真剣な顔で頷いた。


「おまえが更生に向かっているってことだけは伝わってくるし、認めてやる。そんなおまえに兄貴のことを頼みたい。ただな、王都も復興の真っ最中だ。オルノーブルなら療養に向いてるかもしれねぇ……」


 こうなれば、ドミニクを動かすしかない。

 母とエドモンへ視線を巡らせた。


「オルノーブルに住まいを用意させる。兄貴が目覚めるまでの間、俺の両親も連れて、そこに滞在しろ」


「ちょっと、リュシアン」


 うろたえる母の言葉を片手で制した。


「何の心配もいらない。母さんは必要な荷物をまとめたら、親父と街を出るんだ。その前にまず、街の被害をなんとかしないとな」


「両親の心配とは関心だが、それはおまえも同じことなのだぞ」


 不意に、司祭様が歩み出してきた。


「魔導師の女性による悪巧みで、この街の襲撃はおまえのせいだと刷り込まれている者もおるだろう。不用意に顔を見せれば争いの火種になりかねん。おまえたちは裏手から家に戻り、早々にこの街を離れなさい」


「でも……」


「心配はいらんよ。おまえの名を使った敵の策略だと皆には言い聞かせておく」


「後始末まですみません。感謝します」


 司祭様の心遣いをありがたく思いながら、再びエドモンに目を向けた。


「魔導通話石を持ってるんだろ? サンケルクのギルド職員と繋がってることは知ってる。すぐに応援の手配だ。食料に寝具、薬や衣類も必要だろうな。馬車を数台手配して、こっちへ向かわせてくれ。それから、猿型魔獣の情報共有だ。必要な費用は俺がすべて持つ」


「わかったっス」


 必死の形相で頷いているが、できればエドモンに頼ることは避けたかった。パーティから追放すると決めた以上、俺がこんな態度では他の仲間たちに示しがつかない。


 エドモンが通話を始めた時だ。どこからともなく、白馬と栗毛の馬がやってきた。


「がう、がうっ!」


 ラグが歓迎するように吠え立てる。


「びゅんびゅん丸じゃないか!」


 ナルシスが驚いた顔で愛馬へ駆け寄った。

 これ幸いと、すかさず考えを巡らせる。


「ナルシス。びゅんびゅん丸に兄貴を乗せて、エドモンと両親の護衛を頼めるか? おまえが適任だと思うんだ」


「もちろんだとも。任せてくれたまえ」


「私は負傷者の確認に向かいます。セルジオン様の御力で傷が癒えたとはいえ、建物の倒壊で下敷きになった方がいるかもしれません」


「あたしとアンナもすぐに追うから」


「よろしくお願い致します」


 セリーヌはシルヴィさんに頭を下げると、街の東門へ走り去ってゆく。


 すると、兄をびゅんびゅん丸へ乗せたナルシスが、こちらへ目を向けてきた。


「リュシアン=バティスト。今のうちに、コーム殿からの伝言を伝えておこう」


「伝言? そういえば、マルトンの街で何かを話してたよな。そのことか?」


「コーム殿は姫のことを心配していた。姫の身を左右するほどの事態が迫っているそうだが、恐らく話すことはないんじゃないかとね。君に、姫を救って欲しいと」


「コームさんが俺に? 確かに、セリーヌからは大事な話があるとは言われてるけどな」


 ナルシスは途端に安堵の顔を見せてきた。


「そうか。それならいいんだ。姫の口から直接聞くべきだ。僕が言うべきことじゃない。いいかい。姫の手を決して離さないことだ」


「そんなこと、言われるまでもねぇ」


 微笑むナルシスに肩を叩かれた。こいつの余裕がなんだか無性に腹立たしい。

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