36 偉大な冒険者たち
モニクは唇を噛んで、オニールを見据えている。その様がどうにも不憫に思えてきた。
両手を失った彼女が、今後どんな人生を歩むのか。それは俺にもわからない。
「モニク。あんたは組む相手を間違えたんだよ。まぁ、身の安全は保証してやる。この俺に大人しく従っている間はな」
どうやら腕の傷口は塞がったようだ。セリーヌは母を助け起こし、エドモンはナルシスのもとへ駆け寄っている。視線を戻すと、ふてぶてしい顔のオニールが目に付いた。
「モニク、よかったな。せいぜい捨てられないよう、碧色にたっぷり尽くせよ」
思いがけない報酬を手にしたオニールは、安堵から気が大きくなっているようだ。
その存在自体が不快だ。気づけば嫌悪の視線を向けていた。
「さっさと消えろ。おまえらふたり、今度俺の前に現れれば即座に斬る」
「おぉ。怖い、怖い。剣を付いた満身創痍の状態で凄まれても困っちゃうよ」
からかうように言ったオニールは、下卑た笑みを浮かべながら兄貴の手足を縛り、その体を担ぎ上げた。クロスボウを構えたエルヴェが、警戒するように俺たちを見回してくる。
「このままおまえたちの姿が見えなくなる所まで下がる。さっき約束した通り、この男とクロスボウは途中へ置いていく」
足早に遠ざかってゆくふたりを目で追いながら、心の中へ急速に不満が高まっている。
「がるるる……」
左肩の上で威嚇の唸りを上げるラグに、負の感情をより一層掻き立てられてしまう。
モニクを捕らえたとはいえ、奴らも街の破壊に加担したことは間違いない。百歩譲ってエルヴェを除外したとして、オニールだけでも報復対象とするべきではないのか。
『なめられたら終わりだ。価値が下がるんだよ。男としても、冒険者としてもな』
見えない敵へ挑むような、フェリスクさんの細められた目が浮かんだ。
『無闇に命を奪うのは好きじゃないんだ。戦う力を持っているとしても、命を奪う権利なんて持っているはずがないじゃないか』
続いて浮かんだのは、穏やかに微笑む兄の優しい顔だった。
俺が理想とする偉大な冒険者たち。それぞれの主張は理解できる。その上で、俺は俺なりの答えと生き方を示していきたい。
こうなれば、彼女を頼るしかない。覚悟を決め、側に立つ人影へ目を向けた。
「アンナ。魔導弓を取り戻したら、先回りしてあいつらを捕捉しろ。それから、すぐにナルシスを起こしてくれ。びゅんびゅん丸を連れてくるように頼んで欲しい」
「どうするの?」
「連絡役としてエルヴェは残す。オニールは出方次第で始末する。俺も、びゅんびゅん丸が来たらすぐに後を追う」
「そんなことして大丈夫なの?」
「オニールの態度を見ただろ。このまま大人しく見逃せば、あいつは必ず調子に乗るはずだ。ここで俺たちが軽く見られれば、新たな悲劇を生む可能性もある」
アンナへ言い聞かせながら、知らず加護の腕輪へ触れていた。
「ランクなんてものにこだわりはねぇ。でもな、冒険者全体が軽く見られたら沽券に関わるんだよ。最高位を与えられた身として、恥ずかしいマネはできないだろ。王の左手を超える。そう宣言したのは俺だ」
「リュー兄、かっこいいじゃん!」
「それでこそ私のご主人様ね。ガツンとやってやればいいのよ」
アンナに続き、シルヴィさんまでもが称賛の眼差しを向けてくれる。後押しをしてくれる仲間の存在が本当にありがたい。
「それに、この街も甚大な被害を受けた。このまま黙って見過ごせば、俺はフォールの街の人たちに顔向けできない。絶対に許すなっていう声が、俺を責めたてるんだ」
「だったら私も殺しなさいよ」
不意にモニクの声が聞こえた。感情を失った仮面のような顔で俺を見据えている。
「だめだ。殺さないことがあんたへの報復だ。その姿で自分の罪を背負って生きろ。兄貴もきっと同じことを言うはずだ」
「あぁ、そうね。いかにもジェラルドの言いそうな言葉だわ。あの男は真面目すぎるのよ。私たちの誘いに素直に応じてくれれば、こんなことにはならなかったのよ」
「兄貴と何があったんだ」
力なく笑うモニクへ言葉を投げると、セリーヌと母が近付いてくるのが見えた。
「神竜剣。あれの扱いで揉めたのよ」
「剣をどこで手に入れたんだ」
「シェラブールっていう港町の近くだったわ。大きな戦いがあったみたいで、浜辺に船の残骸やたくさんの遺体が流れ着いててね。救助に向かったジェラルドが、事切れる寸前の戦士を見つけたのよ。剣と宝玉をマルティサン島に届けてくれって託されたの」
「シェラブールって言うと、アンドル大陸の端っスよ。凄い所まで行ってるんスね」
突然、エドモンが割り込んできた。
知識をひけらかす様が、自分の有用性を必死に主張しているようで痛々しい。その隣には意識を取り戻したナルシスの姿もある。
「そんな所に何の用があったんだ」
「それは、ジェラルドに聞いて欲しいんだけど……その地方では竜の化石が多く発掘されているとかで、実物を見たいって聞かなくてね。付き合わされるこっちはいい迷惑よ」
「竜に夢中か。いかにも兄貴らしいな」
「笑い事じゃないわよ。本当に頑固なんだから……結局、その真面目で頑固な所がアダになったのよ。ジェラルドはマルティサン島を探し出すって躍起になってね。で、その数日後よ。素性もわからない数人の男たちに囲まれて、剣と宝玉を渡すように迫られたわ」
当時の恐怖が蘇ったのか、モニクは恐怖に駆られた顔付きを見せた。
「相手もただとは言わなかった。提示された金額は凄いものだったわよ。でもね、ジェラルドは決して首を縦に振らなかった。答えを保留にして男たちを帰らせた後、パーティ内で口論になってね……結局、私が眠っている間に殺し合いにまで発展よ。ジェラルドは罪の意識と責任を感じて、剣と宝玉を持ったまま姿を消したっていうわけ」
「やけに素直に話してくれるんだな。最初から教えてくれればよかったんだ」
「別に。こんな体になった以上、私には無価値な情報になったってだけよ」
すねるモニクから視線を逸し、再びアンナへ目を向ける。オニールとエルヴェの姿は、中指程度の大きさに見えるほど離れた。
「アンナ、さっき言った通りで頼む。ナルシスもびゅんびゅん丸を貸してくれ」
「リュシアン=バティスト。そんな体でどうするつもりだい?」
「大丈夫。あのふたりを捕まえるだけだ。一戦交えるようなこともねぇ」
「ナルシスさんの言う通りよ。あんまり無茶をしないでちょうだい」
「母さんは自分の心配をしてくれ」
保護者同伴の冒険者とは。恥ずかしさと情けなさで涙が出そうになる。
「がう、がうっ!」
途端、ラグが大きな鳴き声を上げた。
それと合わせたように轟音が響き、地面が大きく揺れる。
「なんだ!?」
オニールとエルヴェの行く手を遮るように、大木を手にした巨人が立ちはだかっていた。
全身へ金色の体毛を生やした猿型魔獣だ。筋骨隆々の肉体と、十メートルはあろうかという身長。こんな魔獣は見たことがない。