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34 残された希望


 リュシアンは、膝をつくモニクを黙って見つめる。瞳には哀れみが宿り、先程までの過剰な闘争心は残り火のように鳴りを潜めた。


 セリーヌの言葉に心を動かされなかったといえば嘘になる。セルジオンが恨みをぶつけているのは、過去に敵対していた一部の人間だ。全人類を敵に回すつもりなど毛頭ない。


 やりきれないとでもいうように目を逸らし、深い息を吐いて周囲へ目を向けた。


 生命の樹は未だ燃え続け、炎と煙を天に向かって立ち昇らせている。それはまるで世界へ向けて救難信号を送っているかのようだ。


 広範囲に渡って焼け焦げた大地には、多数の人影が倒れている。そのほとんどは、リュシアンが手にかけた傭兵たちの遺体だ。動ける者たちは既に逃走している。


「そんなものか」


「その御言葉の真意は?」


 つぶやきを聞き取ったのはセリーヌだ。杖を胸の前で握りしめ、恐る恐るリュシアンへ歩み寄ってゆく。


「敵対していた人間どものことだ。あの女が主ではないのか? 守るべき存在をないがしろにして、我先に逃げ出すとは無様だな」


 奥歯を噛みしめ、怒りと軽蔑を滲ませる。


「彼らは傭兵と呼ばれる職業です。雇い主と約束を取り交わし、報酬のために戦うのです。彼らには、騎士たちのように命を懸けてまで戦うという選択はないのでしょう」


「利己的な者たちの集まりということか。時代は変われど、愚か者の存在は変わらんな」


 リュシアンの目は、シルヴィとナルシスの姿を探していた。


 そのシルヴィは爆風に飛ばされ、エルヴェと共に倒れたまま動かない。近くには、オニールとジェラルドも倒れている。


 リュシアンの左後方にはサンドラが倒れている。ナルシスが倒れているのは右後方。エドモンを探していた彼は、仲間たちから距離が離れてしまったのだ。


「だが、この者たちのような人間もいる。残された希望もあるということか」


「はい。仰る通りです!」


 セリーヌの力強い返しに、リュシアンは口元をわずかに緩ませた。そのまま、視線は再びモニクへ注がれる。


「守り人の娘。後始末は任せる」


 直後、リュシアンの体を取り巻いていた青白い炎が途端に霧散した。それと同時に彼の体は傾き、崩れるように地面へ倒れた。


* * *


「リュシアンさん!?」


 セリーヌの声で意識が引き戻された。全身がだるく、身を起こす気力すらない。

 倦怠感と必死に戦っていると、セリーヌが息を飲んだのがわかった。


「お母様!」


 悲鳴のような叫びを上げ、セリーヌが咄嗟に杖を構えた。


 弾かれたように頭を持ち上げると、鬼気迫る顔で走り出すモニクの姿が見えた。視線の先には、倒れている母がいる。


「くそっ」


 動きたくても体がいうことを聞かない。


 両腕を失ったモニクに、どんな目論見があるのかはわからない。だが、危害を加える可能性がある以上、野放しにはできない。


 セリーヌが魔法の詠唱を繰り出すより速く、体勢を崩したモニクが勢いよく転倒した。その右足にはエドモンがしがみついている。


「もう諦めるっすよ! 大人しくして腕の止血をしないと命に関わるっす」


「離せ! 私の復讐はまだ終わってない!」


 自由になっている左足が、エドモンの顔を何度も蹴りつける。しかし、エドモンも決して彼女を離そうとはしない。


 エドモンはモニクの左足を掴むと、馬乗りになって動きを封じた。そのまま右腕をモニクの首へ絡め、絞め落としにかかる。


「待ってくれ」


 慌てて止めると、エドモンは邪魔をするなと言わんばかりの顔を向けてきた。


「そいつには聞きたいことがある」


 体を起こそうと両腕に力を込めると、セリーヌに助け起こされた。肩を借りて立ち上がる様は重病人になった気分だ。


「とは言っても、兄貴にかけた洗脳魔法の解除が最優先だ。セリーヌ、悪いけど彼女の傷口を止血してやってくれ」


「承知いたしました」


 セリーヌには竜臨活性(ドラグーン・フォース)の力が残っている。モニクは両腕を失っているが、傷口を塞ぐのにさほどの時間はかからないだろう。


 セリーヌから離れた俺は、剣を杖の代わりにしてどうにか体勢を保った。その時を待っていたように、左肩の上へラグが降りてくる。


「まいった。降参だ」


 声のした方向を見れば、エルヴェと呼ばれていた傭兵が地面へ座り込んでいた。両手を挙げる彼の眼前へ、シルヴィさんが斧槍(ハルバード)を突き付けている。


「最後に言い残すことはある? 特別に聞いてあげてもいいけど」


「俺は戦いに来たわけじゃない。さっきも言った通り、碧色と交渉したいだけなんだ」


「交渉? どういうことだ」


「リュシー。相手をするだけ無駄よ。妄想だらけのこいつの頭をかち割ってやるわ」


「だから待てって」


 エルヴェはすがるような目を向けてきた。


「俺とあそこにいるオニールは、闇ギルドに所属してるんだ。俺たちが戻らなけりゃ、上の連中から目を付けられるぞ。そうなれば、ヴァルネットの街がここの二の舞になってもおかしくはない」


「なんだと?」


 ここで怯めば、付け入る隙を与えかねない。あくまで平静を装うよう努めた。


「交渉したいって言ったな。要件を言え」


「リュシー。本気で話し合うつもり?」


「黙ってろ。話してるのは俺だ」


 エルヴェに近付くと、シルヴィさんからの突き刺さるような視線を感じた。


 闇ギルドの噂は以前から聞いている。本部の位置は特定できず、各地に現れる神出鬼没の集団。裏社会を牛耳るという噂だが、冒険者の真似事から暗殺の請負、果ては事業まで。報酬次第で働く何でも屋だ。


 ブリュス=キュリテールとの戦いを控えるこの時に、余計な火種を抱えたくはない。


「碧色。あんたオルノーブルの街で、カンタンとエミリアンに手荒い真似をしたらしいな。娼館や飲食店からの、みかじめ料が滞ってるんだ。それをきっちり回収しろって、上からのお達しが出たんだよ」


「エルヴェ。あんたも声を抑えろ。みかじめ料だと? そんな話は初耳だぞ」


 母やセリーヌには聞かせられない。穏便に手早く済ませたい。


「まさか、碧色も嵌められたクチか?」


「あいつら……ふざけやがって。あんたたちが動くと想定して、わざと話を伏せてたのかもしれないな。自分たちじゃ敵わねぇから、闇ギルドに消させようって魂胆か?」


 エルヴェは皮肉めいた笑みを見せてきた。


「あいつらの方が人生経験は上だ。そりゃ、悪知恵も働くってもんだろ」


「阿呆どもが。後で半殺しにしてやるよ……わかった。みかじめ料はきっちり払う。書面にして、カンタンの娼館に届けてくれ」


「ちょっと待ってよ、リュシー」


「どうした?」


「どうしたも、こうしたもないわよ。こいつを見逃すっていうこと?」


「あぁ、そのつもりだ」


「冗談じゃないわ。こいつはここで消すの」


「ダメだ」


 理由は不明だが、一触即発の気配を感じる。

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