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33 炎竜王と光の神官


守人(もりびと)の娘、どういうつもりだ。返答次第では、貴様を先に行動不能にしてやるぞ』


 セリーヌは頭の中へ響いてくる思念を受け、心臓の縮み上がる恐怖を味わっていた。


 視線の先には、射殺すような目を向けてくるリュシアンの姿。自由を奪われて四つん這いになっているとはいえ、少しでも気を抜けば飛び掛かってきそうな怒りが漲っている。


(わたくし)が望んでいたのは平和的な解決です。このように凄惨な戦いを望んでいたわけではありません。セルジオン様ほどの御力があれば、相手の戦意を削ぐことは容易なはずです』


『こざかしい。守人にも貴様のような者がいるとは愚の骨頂。これまでに何を見てきた』


『私はこの目と足で、いくつもの街を巡り歩いてきました。セルジオン様が亡くなられた後も、時の流れは絶え間なく続いております。その中で、人々の有り様も変わりました。争いは、私利私欲にまみれた一部の愚か者たちが引き起こしたもの。既に過去の出来事です』


 リュシアンの目が、いぶかしむようにセリーヌを見据えている。


『この力、光の神官か。向こうには炎の力も感じるが、我にこのような蛮行を働くとは愚か者め。我の活動領域を広げ、表舞台へ引きずり出したのは貴様だ。それを今更、否定するとは。相応の覚悟はできているな』


『セルジオン様がそう仰るのなら、私も引くわけにはまいりません。ガルディア様の御力を借り、全力で受けて立つのみです』


 言葉や顔付きとは裏腹に、杖を握るセリーヌの手は震えている。それを目ざとく察したリュシアンは、呆れ顔で溜め息をつく。


 彼を取り巻いていた怒気は、空気が抜けるように急速に勢いを失い始めていた。


『この小僧といい、貴様といい、我を前に大した度胸だ。水竜女王プロスクレ、奴の言葉を借りるわけではないが、時代が変わったというのは我も理解した。だがな、人間に対しての怒りが完全に消えたわけではない』


『その怒りを魔獣へ向けることはできないのですか。人間と竜が二度と争うことのないよう、私が責任をもって彼らを導きます』


「ここまでコケにされたのは初めてだわ」


 モニクの声がふたりの思念を遮った。


「なんなの、あなたたち。急に仲間割れを始めたと思ったら、この私を無視して無言で見つめ合うなんて。そんな余裕を見せていられるのも今のうちだけよ」


 魔導杖(まどうじょう)を水平に構えたモニク。その先端へ強大な魔力が収束を始めていた。


「合成魔法でも倒せないのなら、持ちうる限りの力で消し飛ばしてやるわ」


 吐血するモニクを見据えていたリュシアンは、再びセリーヌへ目を向けた。


『拘束魔法を解け。我ならば、こんな小娘を屠るなど造作もない。このままでは、我以外の者たちが甚大な被害を(こうむ)ることになる』


『彼女の命を奪わず、穏便に済ませられるというのなら、今すぐにでも』


『こんな者でも助けるというのか。貴様、どうかしているぞ』


『そうでしょうか。人と人なのですから、話せば必ずわかりあえます』


『そんな戯言の間に命を落とすぞ』


 ふたりの眼前で、モニクの魔力球は膨らみ続けている。既に、馬車を丸呑みにできるほどの大きさだ。街の一画程度なら簡単に消滅させることができるだろう。


『それでも私は信じたいのです……』


『人間の考えは理解できぬが、これも時代か』


 呆れ顔のリュシアンから顔を背けたセリーヌは、暗闇の奥へ祈るような目を向けた。


 そんな彼女の願いを聞き入れたのか、突如として展開された拡声魔法が大気を震わせる。


『モニクさん、こちらの位置を特定されました。相手はひとりですが、抑えきれません』


『馬鹿野郎、相手を良く見ろ! あいつは神眼(しんがん)狩人(かりうど)……』


『えへへ。逃がさないんだから』


 男たちが言い終わるかどうかのうちに、短い悲鳴が続く。それきり声は途絶え、彼らが絶命したことが無言のうちに伝わってきた。


「アンナさん……」


 セリーヌの口から安堵の声が漏れた。


 遠方からモニクへ魔力が供給されていることを察知したセリーヌは、気取られぬようアンナを差し向けていたのだ。


 セリーヌの見立てでは、街の外れに魔力石を持った数名の魔導師が控え、力を送り続けているはずだった。


 魔力の供給が途絶えたモニクは、途端に焦りの色を浮かべた。


 しかし首から下げたタリスマンは、貪るように彼女の魔力を引き出そうと暴れる。走り出した力を止める(すべ)など今のモニクにはない。


 声にならない声を上げ、口から血の泡を吹いたモニクが天を仰ぐ。魔力球が激しく振動し、今にも爆発しそうな様相を見せた。


「この力、抑えきれません……」


 セリーヌが拘束魔法を解いたのと、リュシアンが飛び出したのはほぼ同時。それと時を同じくして動いた別の人物がいた。


「杖を捨てるっスよ!」


 茂みを掻き分け、モニクの背後へ飛び出したのはエドモンだ。

 汚名返上の機会を伺っていた彼は、ここぞとばかりにモニクのタリスマンに手を掛けた。


 引き千切るようにそれを奪った途端、魔力球は激しい爆発を引き起こした。


 太陽が弾けたような閃光と衝撃が、夜の世界を襲う。爆発は大地を洗うように拡散し、周囲にいた者たちをことごとく吹き飛ばした。


 木々が折れ、大地を転がる。辺りに漂う、オリヴィエの香りさえも吹き流された。

 街の東門が崩れ落ち、倒壊していた家屋の瓦礫が天に巻き上げられてゆく。


* * *


「これは何事だ……」


 突然に弾け飛んだ教会のステンドグラス。そこから覗く夜空を見上げ、司祭のブリアックは呻くようにつぶやいた。


「まるでこの世の終わりだねぇ。あたしにはもう、祈ることしかできないよ」


 コレットはブランケットにくるまったまま、青ざめた顔で手を合わせる。


 教会へ逃げ込んだ誰もが言葉を失い、一心不乱に竜の神像へ祈りを捧げた。


* * *


「まさか、これほどの力とは驚きました」


 広域展開していた魔力結界を解き、セリーヌは驚きに目を見開いた。もう少し時間があれば爆発を封じることができたのだが、あのわずかな瞬間では仕方のないことだった。


 しかし、セリーヌがとった咄嗟の判断により、背後にあるフォールの街は最小限の被害に抑えられていた。


「セルジオン様もありがとうございます」


「どうということはない」


 リュシアンは平然とした顔で鼻を鳴らした。

 彼の一撃が魔力球を打ち砕き、暴走した力を軽減したのだ。


 だが、彼らの他に立っている者はない。争いの虚しさをまざまざと見せつけられているようで、リュシアンもセリーヌも言葉をなくして佇んでいた。


「くそっ……くそっ……」


 この現状へ異議を唱えるように、両膝を付いたモニクがゆっくりと身を起こした。


「もうやめておけ。貴様に勝ち目はない」


 淡々と言葉を紡ぐリュシアン。そこに宿った哀れみの色を受け、モニクは恨みがましい顔で奥歯を噛みしめる。


「殺してやる……絶対に殺してやる……」


 心の底から吐き出される呪いの言葉。両腕の肘から先を失って尚、モニクの怒りは留まるところを知らない。その怒りはどこか、セルジオンが抱える感情にも似ていた。

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