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29 圧倒的な破壊力


「セルジオン、どうするつもりだ」


 問いかけに答える気配はない。


 地上へ落下してゆく自分の体。それを斜め上から見下ろしていた。体と繋がれているのか、引きずられるように移動を続けている。


「おい、ちょっと待て!」


 着地点を見て、驚きに言葉を失った。

 フォールの街の住人たちが生命の樹と呼ぶ大樹が視界に映る。その矢先、周囲に集ういくつもの人影を捉えていた。


「まさか、避難した人たちじゃ……」


 俺の思考と心を置き去りに、セルジオンは両腕を大きく広げた。両手の中へ力が収束してゆく様がはっきり伝わってくる。


「だから、待てって!」


「おまえらどこを見ている。上だ!」


 慌てふためく人影の中から、そんな声が聞こえてきた。

 よくよく見れば、誰もが武装した連中だ。街の人たちとは明らかに違う。


 セルジオンは全てを見通していたように、集めた力を容赦なく地上へぶつけた。

 周囲へ炎の壁が立ち上がる。これは恐らく、炎纏(えんてん)竜翻衝(りゅうはんしょう)と同質の力だ。


 攻撃によって生まれた衝撃で、俺の体もわずかに浮き上がる。落下の勢いが軽減され、セルジオンは難なく地上へ降り立った。


 爆散した炎の壁は、大地を余すことなく覆い尽くさんと広がった。数十人の兵たちは悲鳴を上げる間もなく飲み込まれたが、生命の樹も例外じゃない。東門の象徴として親しまれてきた大樹は、闇夜を照らす巨大な松明と成り果てた。


 悶える兵の側で、大樹に縛られたエドモンの姿が見えた。拘束から抜け出した彼も、体に付いた火を消そうと地面を転げ回っている。


「なんてことをしてくれたんだ……」


 俺の嘆きなど露知らず、セルジオンは満足そうに周囲を見回している。


「ふむ」


 腕を組み、我関せずという涼しい顔をしているのが腹立たしい。自分の顔だが、今すぐ殴り倒してやりたいという強い怒りがある。


「セルジオン、今すぐ変われ!」


 俺の言葉を無視したセルジオンは、取り乱す兵団へ目を向けていた。


 彼らは先程の攻撃から立ち直っていない。ある者は倒れ、ある者は武器を取り落とし、背を向け逃げ出す兵もいる。


 彼らから少し離れた場所へ、半円型の魔力結界が張られているのが見えた。恐らく、モニクはあの中にいる。


 セルジオンは再び両腕を広げ、手のひらに力を収束させ始めた。敵の頭を狙わずに、邪魔な手下を先に排除するつもりだ。


「逃げる奴に構うな。無駄に殺すんじゃねぇ」


 広げられた両腕は、自分の体を抱くように折り畳まれた。その軌跡に沿って、十本にも及ぶ真空の刃が飛ぶ。今度の技は、炎纏(えんてん)竜爪閃(りゅうそうせん)に酷似している。


 あちこちから悲鳴が上がった。首が、腕が、足が転がる。冷酷無比な竜の爪痕が、敵を切り裂き大地を抉る。


「ふはははは!」


 不敵な高笑いを上げ、破壊の権化は敵の真っ只中に飛び込んだ。


 セルジオンが蹴りを見舞っただけで、兵士の鎧は砕け、勢いよく後方へ吹っ飛んでゆく。

 肘打ちは敵の顎を砕き、(またた)く間に戦闘不能へと追い込む。


「脆い。脆すぎるぞ。ゴミどもが!」


 炎竜王の力は圧倒的だ。セリーヌのお陰で活動領域が広がったとも言っていた。


 ジュネイソンの廃墟で、Gと戦った時ともわけが違う。あの時よりも遥かに強い結びつきとなって、俺の体を支配している。


「なんとかならないのか。ラグ!」


 相棒の名を叫んでも、今は俺の中に取り込まれている。炎竜王に促されるまま竜臨活性(ドラグーン・フォース)の力を使ってしまったが、あの時、ラグは警告を発してくれていたのかもしれない。


零結電轟(フラム・グラネル)!」


 背後へ巨大な力が迫っていた。

 セルジオンを放って目を向けると、紫電(しでん)の入り混じった猛吹雪が吹き寄せていた。


 実際に見るのは初めてだが、これは恐らく氷と雷の合成魔法だ。


 合成魔法の使い手など俺の知る限りではふたりしかいない。王の左手として賢聖(けんせい)と呼ばれている、エクトルさんとレリアさんだ。

 エクトルさん亡き今、レリアさんだけが唯一の使い手だとばかり思い込んでいた。


 セルジオンは顔の前で両腕を組むと、腰を低くして身構えた。


「があぁっ!」


 叫んだ途端、体を炎の魔力が包み込む。


 吹雪を耐え忍ぶセルジオンを目掛け、金髪男と黒髪の剣士が迫っていた。


零結氷斬(コンジェ・ヴィエ)!」


闇潜一閃(フォンシュ・エクラ)!」


 氷を纏った金髪男の一撃が左胸元を。闇を纏った黒髪男の一撃に右脇腹を斬り裂かれた。吹雪に乗じた波状攻撃だ。


「この程度か?」


 セルジオンは多少よろめいたものの、倒れることはなかった。左右の手を伸ばし、ふたりの首を勢いよく掴む。そのままの勢いで、彼らの後頭部を地面へ叩きつけていた。


 どんな攻撃も物ともしない圧倒的な破壊力だ。もっと早くにこの力があれば、ブリュス=キュリテールすら倒せたかもしれない。


 あまりの力に呆然としてしまったが、肝心なことを思い出した。


「セルジオン、その金髪は生かしておけ!」


「私の合成魔法に耐えるなんて忌々しいわね」


 俺が声を上げると同時に、モニクがいつの間にか側へ迫っていた。


光爆創造(ラクレア・エクシオン)!」


 胸元で光が弾け、俺たちは勢いよく後方へ弾き飛ばされていた。

 セルジオンは地面に両手を付き、後方宙返りをしながら綺麗に着地する。


「我が放った炎の壁を防ぐか。人間にしてはなかなかやるな」


「あいつは、セリーヌのタリスマンを持ってる。魔力も魔法の威力も増幅されてるんだ」


 忠告を飛ばした途端、セルジオンは露骨に顔をしかめてみせた。


「先程からやかましい小僧だ。我は好きなように暴れる。しばし黙っていろ」


 突然、頭を殴られたような強い衝撃に襲われた。意識が遠のき、深い闇に堕ちてゆく。


* * *


「さて。うるさい小蝿は片付いた」


 セルジオンは清々したという顔で首の骨を鳴らした。破壊の権化の暴虐(ぼうぎゃく)は、ここからが本番といった様相を漂わせている。


 一方のモニクも、リュシアンの見たこともない戦い方に戸惑いを覚えていた。彼の圧倒的な力を前に、どう立ち回るべきかを頭の中で再構築し始めていた。


「あなたたち。さっさと起きたらどう。いつまで無様な姿を晒しているつもり?」


 モニクは両手に癒やしの魔法を顕現。それらがオニールとエルヴェを瞬時に回復させる。ふたりは武器を取り、再び立ち上がった。


「ありゃあ、化け物だな」


「まさかここまでとは恐れ入った」


 恐怖を通り越し、笑いが込み上げる。


 闇ギルドに関わる彼らがここまで言うのだ。戦力差は圧倒的なのだろう。その口ぶりに、モニクは呆れを含んだ溜め息を漏らした。


「私の強化魔法を使ってもこのざま。ドゥニールを呼んで、まとめて仕掛けるわよ」


「それで上手くいきゃあいいけどね」


 他人事のようにぼやくオニール。その視線の先には、ようやく戦場へ合流したセリーヌたちの姿があった。

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