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28 迫り来る恐怖


「オニールの部下はだいぶ減ったようね。ジェラルドを除けば剣士と短剣使いのふたりだけか……心もとないわね」


 モニクは話を続けながら、サンドラの口を布で縛り上げた。彼女が魔法を使えると知らされた今、念には念をという措置だ。


「モニク、まぁそう言うなって。手駒なら、まだあれだけ揃ってるんだ。安心しろよ」


 オニールは取り繕うように後方を伺った。


 そこには一本の大木が聳え、エドモンが縛り付けられていた。

 口に咥えさせられた棒きれには油を染み込ませた布が巻かれ、闇夜の中に炎を浮かび上がらせている。エドモンがそれを取り落とした途端、フォールの街を第二波の攻撃が襲うという罰が待っている。


 そんなエドモンを取り囲み、武装した三十名ほどの傭兵が出番を待ち侘びていた。弓矢を構えた兵が十名。その後ろに、剣や槍を手にした二十名が並ぶ。皆がモニクの強化魔法を受け、臨戦態勢だ。


 すると、オニールの気配を察したのか、三十代半ば程の男が歩み出してきた。

 端正な顔立ちをした、軽量鎧(ライトアーマー)に身を包む剣士だ。後方に控える兵たちとは明らかに雰囲気が異なっている。


「オニール。俺まで出番を回さないんじゃなかったのか? しっかりしろ」


 攻めるような口調を受け、オニールは気まずい顔を見せた。そうして、モニクの側に立つドゥニールを盗み見る。


「すまねぇな。こっちもこっちで、そこの男を助ける戦いで部下のほとんどをなくしちまってな。立て直しの最中に今回の依頼だろ」


「言い訳はいい。結果で示せ。事と次第によっては、上に報告しなけりゃならん」


「待てって。エルヴェ、頼む。それだけは勘弁してくれ。碧色は必ず討ち取っから」


 両手を合わせて頭を下げるオニールに、モニクが盛大な溜め息を漏らした。


「しまらない男ね。そんな風に言われたら、ジェラルドの奪還を頼んだ私が悪者みたいじゃないの。あなたが生き残ったのは、天才魔導師の私が付いていたからでしょ。散々いい思いをしたくせに、何を今更……」


「いや、だからさ、そういうつもりで言ったわけじゃないんだっての。エルヴェの奴が、あんな風に責めてくるからさ、つい……」


「私にも言い訳は結構よ。結果で示せって、彼にも言われたばかりでしょ」


「あぁ、わかってる。よ〜くわかってるよ。やってやる。俺の本気を見せてやるよ!」


 彼らのやり取りを眺めていた短剣使いの女性は、深い溜め息をついてライアンを見た。


「私たち、上官を見誤ったんじゃない?」


「そうとも限らない。必要以上に干渉してこないこの緩さは気に入っているんだがな」


「あ、それは同感。でもさ、ここまで頼りないとは思わなかったわ。まぁ、いつもヘラヘラしてるから、どれだけの能力なのかは正直わからないんだけどね」


「すぐにわかることになるだろう」


 ライアンは緊張した顔で麻袋を担ぎ直した。


「その袋、どっかに置いておけば。贈り物でも配って歩くつもり?」


「そんなに楽しい仕事なら俺も気が楽なんだがな。あいにく、その贈り物を狙う相手にばかり縁があるようだ」


「そんなに良い物が入ってるわけ?」


「この戦いの後で教えてやる」


「言ったね? 約束だからね」


 ふたりがそんなやり取りを交わしていると、モニクは再びサンドラへ目を向けた。


「こっちには人質がふたりもいる。ここにいるジェラルドだって同じようなものね。そういうわけで、リュシアンの勝率は限りなく零に近いってこと。あんたはそこで、息子たちが殺し合う様を眺めているといいわ」


 モニクがせせら笑っていると、圧倒的な威圧感が強風のように押し寄せてきた。

 一同の顔から余裕が消え、恐慌状態に陥る者まで現れている。


「なに? これは魔力なの!?」


 モニクが悲鳴のような声を上げると、オニールとエルヴェも慌てて周囲を見渡した。


「何かとんでもないものが近づいてやがる」


 迫り来る恐怖に怯えながらも、オニールは腰の長剣(ロングソード)を引き抜いた。


「おまえらどこを見ている。上だ!」


 エルヴェが絶望を纏った叫びを上げる。


* * *


 東門を目指して走っていた時だ。うなじの辺りで、炎竜王の気配が膨らんだ。


『小僧。今のうちに竜臨活性(ドラグーン・フォース)を開放しろ。土壇場では何が起こるかわからん』


「がう、がうっ!」


 同意しているつもりなのか、頭上を飛ぶラグが吠え立てる。

 確かに、これだけ周到な計画をする連中だ。用心するに越したことはない。


「ラグ、来い!」


 相棒を呼び込む動作まではいつもの通りだが、炎竜王の力を呼び覚ました今、どこまでの効果が出るのか想像もつかない。


 全身の血が沸騰したように、体の奥底から大きな力が沸き起こる。腹部を起点にした爆発が全身へ広がり、視界に映る前髪は黒から銀へと色を変えていた。


『でかした小僧。ここからは我に任せよ』


 うなじを掴まれる感覚に襲われた。体は前に向かって走っているというのに、意識だけが後方へ引きずり出される。体から魂が抜け、自分を俯瞰(ふかん)して見ているような状態だ。


 これは、ジュネイソンの廃墟でGと戦った時と同じ光景だ。


「セルジオン、どういうつもりだ!?」


()(びと)の娘は神官か。お陰で我の活動領域が広がった。これで存分に戦える。それに、先程の戦いを見て悟った。おまえでは、漆黒の鎧を纏うあの男に勝てん」


「勝手に決めつけるな」


「ならば、躊躇なく命を奪えるか?」


「そこまでするつもりはねぇ」


 そんなことができるはずもない。

 ようやく兄貴を見つけ出せたのに、なぜ俺たちが戦わなければならないのか。


「争いに犠牲はつきものだ。全ての者を救うなど土台無理な話。誰を守り、誰を捨てるか。おまえは選択を迫られる。この極限状況で、まともな思考と判断を保てるか?」


「待ってくれ。兄貴は傷付けるな」


「迷い、ためらう間に全てを失う。我がそこに、ひとつの答えを示してやろうというのだ」


「セルジオン、俺の話を聞け!」


「小僧。おまえはそこで指を咥えて見ているがいい。すぐに終わる」


 俺の体へ入り込んだセルジオンは、確かに笑っていた。久しぶりに暴れられることを歓喜する、残忍で獰猛な笑みだ。


「セルジオン。頼むから俺の呼び掛けに従ってくれ。無駄に命を奪うな!」


「すべては我の気分次第」


 冷たく言い放ったセルジオンは、後ろを走る仲間たちをわずかに振り返った。


「先にゆくぞ。守り人の娘、負傷者を手当てする優先順位は選ばせてやる。我は好きなように暴れるだけだ」


「まさか、セルジオン様なのですか!?」


 セリーヌの問いにも答えず、俺の体は一気に加速してゆく。


 あっと言う間に魔法の効果範囲を外れ、風の移動魔法が消されてしまった。だが、そんな力がなくとも十分に速い。


 セルジオンは俺の体を使い、半壊した建物の屋根へ飛び上がった。家から家へ駆け移ると、東門を蹴って大きく空へ舞い上がる。


 破壊の権化となった凶悪な存在が、地上へ舞い降りようとしていた。

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