26 炎竜王、炎を喰らう
「今回は上手くいったみたいだな」
セリーヌが力を貸してくれたお陰だ。今は素直に感謝して、この難局を乗り切るだけだ。
傾斜の中ほどで争いは続いている。
シルヴィさんは斧槍を巧みに操っていた。柄に付けられた石突きで相手を薙ぎ、怯んだ隙に肘や蹴りといった体術で応戦。
ナルシスは閃光玉と煙幕玉を使い分け、敵を撹乱させていた。合間に雷の魔法石を放り、襲い来る街人を麻痺させている。
しかし数の差は大きい。加えてこちらは相手を極力傷付けてはならないという制限付きだ。大勢に取り囲まれ、ふたりは次第に身動きが取れなくなり始めていた。
いつもの俺なら、どうするべきか戸惑う場面だ。しかし今は炎竜王の後押しがある。解決法が自然と頭に浮かんできた。
魔法剣を鞘に収め、戦いを繰り広げる集団へ右手をかざす。
「炎竜咆哮!」
右手から衝撃波が飛び出した。
間近にいた数名の街人が吹っ飛び、地面を勢いよく転がった。それ以外の人たちも戦いの手を止め、力を失ったように次々とその場へ倒れてしまった。
当人たちにしてみれば、何が起こったのかわからないだろう。シルヴィさんとナルシスも呆気にとられた顔で辺りを見回している。
「リュシアン=バティスト。君がやったのか」
「さすがリュシー。最高の御主人様ね!」
駆け寄ってくるシルヴィさんを慌てて制し、燃え盛る眼下の風景に目を留めた。
「がう、がうっ!」
急かすように、左肩の上でラグが吠える。
「大丈夫。わかってる」
かざしたままの右腕。その手首へ左手を添え、衝撃に備えた。
「炎竜咆哮!」
先程よりも強烈な衝撃波が巻き起こる。想像以上の反動で体が後方へ弾かれたものの、両足を踏ん張ってどうにか体勢を保った。
竜が街の上を飛んだなら、こんな光景になるのだろうか。それほどまでに圧倒的だ。
衝撃波は広範囲に拡散し、街全体を吹き抜けた。燃え盛っていた炎が嘘のように勢いを失い、風に触れたそばから鎮火してゆく。
『我を誰だと思っている。この程度の炎、喰らいつくすなど造作もない』
頭の中へセルジオンの声が響いた。
「さすが、炎竜王の名に偽りはないか」
「凄いじゃない、リュシー!」
改めてシルヴィさんに抱きつかれた。いつものことだが、大きな胸当てに肋骨を圧迫されて苦しい。
「ちょ、シルヴィさん……離れて。っていうか、俺はいつの間にこんな所に来たんだ。それに、どうしてシルヴィさんが?」
「それは私も不思議に思っていました」
背後にセリーヌが立っていた。
なんとなく気まずくなり、抱きついたままのシルヴィさんを無理やり引き剥がす。
頬を膨らませたシルヴィさんに睨まれた。不満全開の彼女は林の奥を親指で示す。
「あたしだけじゃないわよ。アンナも一緒。王都から移動してきて、リュシーを追ってマルトンの街へ向かってたわけ。その途中、前に見た竜巻に飲み込まれてね……ようやく竜巻が消えたと思ったら、あそこのびゅんびゅん丸が目の前にいたのよ。後を追ってきたら、街が大変なことになってるじゃない」
「風竜王のしわざだな……」
言うなり、セリーヌとナルシスが反応した。
「そういえば風竜王様との別れ際、面白いものを見つけたと仰られていましたね」
「それがふたりだったというわけかい?」
「そういうことだろうな」
女の子へ擬態した風竜王の顔が浮かんだ。自由奔放だし、悪戯好きなのは間違いない。
『私の炎をどうやって消したのかは知らないけど、ボウヤには腕の立つ仲間がいるようね。これでますます、おテブちゃんの必要性がなくなったみたいね』
モニクの笑い声が拡声魔法に乗り、不快感を伴って街中に響いてきた。
『でもね。私の攻撃がこれで終わったと思わないことね。おデブちゃんには次の攻撃への導火線を渡してあるの。そうね……二十分あげるわ。それまでに私たちを見つけ出して、第二波を防いでごらんない。じゃあね』
「余裕を見せていられるのも今だけだ」
炎竜王の手助けを得た今、どんな策を講じられようと負ける気はしない。
「とはいえ、ここをどうにかしないとな」
周囲には何人もの人たちが倒れている。それとは別に、ひとり寝かされている父の姿が視界に飛び込んできた。
「親父もやられたのか……母さんは?」
仲間たちを伺った途端、セリーヌが泣き出しそうな顔を見せてきた。
「申し訳ありません。お母様は襲撃者に捕らえられ、連れ去られてしまいました」
「くそっ。次から次へと……とりあえず、親父とセリーヌだけでも無事で良かった」
「あら。リュシーもその娘には随分と甘いのね。あたしなんて全然気にかけてもらえないのに……声を聞きたいと思っても、迷惑かと思って通話石すら我慢してたのに」
唇へ人差し指を添えたシルヴィさんから、報復のように二の腕をつねられた。
地味に痛いが、シルヴィさんの心も別の痛みを抱えているのかもしれない。
「シルヴィさん……話は後で聞きますから」
呻き声を押し殺し、それを伝えるのが精一杯だ。視界が涙で滲む。
「そうね。たっぷり聞いてもらうから」
恨み節のように言い放つシルヴィさんから逃げるように目を逸らした。直後、側の茂みが音を立て、小柄な人影が飛び出してきた。
「アンナ!?」
「良かった。みんな無事だったんだね」
俺たちを見て安心したのか、歯を剥き出してにこやかな笑みを見せてきた。
「アンナは大変だったんだから。モニクは変な首飾りを付けて強くなっちゃうしさ。相手の魔法にやられちゃってね。大怪我を負って、林に逃げ込んだんだよ」
「大怪我って、平気なのか?」
「うん。さっき凄い風が吹いたでしょ。あれを受けた途端、傷も痛みもなくなったの」
「炎竜王のお陰だな」
「あの風がそうだったの!? 火事も消えたし、凄い力なんだね。でも、エドくんも大変そう。もちろん助けに行くんでしょ?」
「そのつもりだ。この街を荒らしたモニクにも、やり返さないと気がすまねぇ」
「その首飾りというのは、私が身に付けていたタリスマンだと思います。杖と一緒に奪われてしまったのです」
「え!? セリちゃん!? 久しぶりぃ!」
非常時だというのに、アンナも呑気なものだ。セリーヌへ抱きつき再会を喜んでいる。
「セリーヌの装備も取り返さないとな。魔導触媒がないままじゃ戦えないだろ」
彼女も傷は癒えているはずだ。装備さえ整えば十分な戦力になる。そんなことを考えていたら、不意に肩を叩かれた。
「母さんがわざと落としていったんだな。これは護身用に保管していた魔導武具の短剣だ。触媒として使えるだろう。持っていけ」
「親父!? 起きて大丈夫なのか?」
「おまえらが戦ってるってのに、寝てるわけにもいかねぇ。この場は任せろ」
「ありがとう。みんなも用意はいいか?」
セリーヌ、ナルシス、シルヴィさん、アンナ。最高の仲間たちが顔を揃えている。
俺は腰に提げた革袋から、気つけ薬の入った小瓶を取り出した。何種類もの薬草を磨り潰した緑色の液体を一気に飲み干す。
いよいよ反撃の準備は整った。