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21 謎の組織


 筒から解き放たれた発光体が、夜を泳ぐように空へ打ち出された。それを見上げていた剣士の男性は、安堵の息を吐いて周囲を見る。


 自分の役目は終わったと言わんばかりの表情だが、状況は散々たるものだ。


 捕獲対象だったはずのガエルを傷付け、行動不能にしてしまった。サンドラを捕縛することでどうにか面目は保ったものの、十分とはいえない成果であるのは明らかだ。


「これも気休めだな」


 剣士の手中には、セリーヌから取り上げた魔導杖(まどうじょう)と首飾りがあった。


 杖が希少な魔鉱石から作られていることを見抜くと、珍しい装飾の首飾り共々、高値で捌けると踏んで奪い取ったのだ。


 散々たるもうひとつの理由は、仲間を失ったことだ。彼自身、この一団に身を置いてから日が浅く、弓矢使いのマノンとはそれほど親しかったわけではない。マノンの(かたき)などという想いは湧かないが、今後の活動でひとりずつに課せられる負担が増すのは確実だ。


「面倒なことになったな」


 信号弾の筒を地面へ叩きつけるように投げ捨て、側に立つ短剣使いの女性を見た。


「戻ろう。女は頼む」


 彼女が放棄した麻袋を担ぐと、剣士は前に立って歩き始める。


「あいつらはいいの?」


 女性はセリーヌとガエルを振り返ったが、すぐに剣士の後を追った。右手に握った縄を引き、両腕を縛ったサンドラを連行してゆく。


「男は放っておいても死ぬ。女も杖を奪った。これがなければ何もできない」


「なら、私が始末しても問題ないよね?」


「いいから放っておけ。感傷に浸っている暇はない。俺たちは与えられた役割を淡々とこなせばいいんだ」


「そういう言い方ってないじゃない。マノンが命を落としたのよ」


「あそこに倒れている女魔導師が、マノンに直接手を下したわけじゃない。女の持っていた杖が切っ掛けで、マノンが死ぬことになっただけだ。おまえの言う道理だと、捕縛対象の女を仕留めなければならなくなるぞ」


「それは……そうなんだけどさ……」


「さっさと頭を切り替えろ」


「私はそんな風に簡単には割り切れない。あの子は大事な親友だったんだから」


 男だらけの集団の中、彼女とマノンは姉妹のように寄り添って生きてきた。自分の半身であるかのような存在を失い、大きな喪失感に包まれていた。


 立ち去ってゆく一同を見送ったセリーヌは、どうにか身を起こそうと体へ力を込めた。


 しかし、満足に動けないほど毒の効果は深刻だ。耐え難い倦怠感に全身を蝕まれ、発熱したように意識が朦朧としている。


「せめて、お父様だけでも……」


 呻くようにつぶやくも、現状を打破する(すべ)を見つけられずにいた。


「ガルディア様……力をお貸しください」


 儚い祈りが闇へ吸い込まれて消える。


* * *


「どうして兄貴が……」


「まぁ、そういう反応になっちゃうよなぁ。可愛そうな碧色ちゃん。同情するよ」


 口ではそんなことを言いながら、金髪男は下卑た笑みを隠そうともしない。


「意思疎通を図ろうったってムダだよ。今のジェラルドは操り人形みたいなもんだ。本能で動くか、モニクの命令しか聞かない」


「どういうことだ」


「話を聞きたけりゃ、その身体強化の力を解いてくれよ。俺は平和主義者なんだ。それに、そんな力を振り回したら、お兄ちゃんの体が無事じゃ済まなくなるんじゃないの?」


 迷っている暇はなかった。竜臨活性(ドラグーン・フォース)を解いた直後、右手の痣からラグが飛び出した。


「がう、がうっ!」


 相棒は非難めいた声を上げているが、金髪男の言う通り、兄貴の命を奪いかねない力だ。


「素直で助かる。ありがたいよ。その力がなくても仲間がふたりもやられたんだ。街長の家の仕掛けを解いたのも碧色なんだろ?」


 金髪男は肩に担いでいた剣を鞘へ収めた。それを見ながら苛立ちだけが募ってゆく。


「あんたが余裕を見せていたのはこういうことか……ここからは俺の質問に答えてもらうぞ。どうして兄貴がここにいるんだ」


「燃え盛る街も、逃げ惑う人もお構いなしか。こいつはとんだ救世主だ。必死だね」


「黙れ。俺の質問に答えろ」


「はいはい。俺はオレールって言うんだが、モニクとは旧知の仲なんだ。仲間と一緒に傭兵稼業を続けてるんだが、ある日、モニクのやつが久しぶりに訪ねてきてな。人助けに力を貸して欲しいってせがんできたんだ」


「話が見えねぇな」


「まぁ、最後まで聞けって。モニクが言うには、とんでもないお宝を手に入れたってことだったんだ。そのお宝を巡ってパーティ内で争いが勃発。ふたりの仲間を殺したジェラルドが、宝を持ち逃げしたって言うんだな」


 呑気な口調で言いながら、隣に立つ兄の肩へ手を置いた。


「でさ、当のジェラルドが、宝を狙う謎の組織に捕まっちまったって言うんだ。ひとりじゃ手に負えないから助け出すのに協力して欲しいって、モニクに雇われたんだよ」


「謎の組織? なんのことだ」


「俺もわからずじまいさ。深く突っ込むとロクなことがない。それは女の中だけで十分だ。ここだけの話、モニクの体は最高なんだぜ」


「そんな話はどうでもいい」


「あぁ、悪い、悪い。とにかく、こいつを助けるのは苦労したんだ。俺も多くの部下を失って、部隊を再編成する羽目になった。で、どうにか救出した後は、モニクに洗脳魔法をかけられたみたいでな。捕まってた方が幸せだったんじゃないのか、って思うわけよ」


 知らない情報ばかりだ。しかもモニクが洗脳魔法をかけたのなら、兄をそうまでして生かしておく理由は何なのか。


「兄貴が捕まっていた場所はどこだ」


「そこまでは教えられないんだなぁ。モニクに聞いてみてくれよ。俺に与えられた仕事は、おまえらを叩きのめすことだけなんだ」


 オレールの手元から何かが飛んできた。鎧の死角に入り、完全に油断していた。

 大量の煙に包まれ、途端に視界が塞がれる。


「煙幕玉か」


 身構えた時には、兄の姿が目の前に迫っていた。漆黒の鎧に包まれた体当たりを受け、地面へ仰向けに転がされていた。


「くっ」


 後転で即座に飛び退いた直後、横手から大振りに繰り出された一閃が迫る。


 慌てて剣を構えた途端、立ち込める煙の中からオレールまでもが飛び出してきた。


 左方からの大剣に気を取られ、反応が間に合わない。右方から脇腹へ蹴りを受け、いとも簡単に体勢を崩されてしまった。


「がう、がうっ!」


 ラグの叫びが聞こえたと思った時には、大剣に左脇腹を斬り裂かれていた。


 地面に膝をつくと、空へ打ち上がってゆく信号弾が目に付いた。


「作戦終了か。碧色はそこで最後の時を迎えるといい。それとも……追ってこれるか?」


 オレールはあらぬ方向へ目を向ける。

 釣られたようにそちらを見ると、ゆっくり近付いてくる幾人もの影が見えた。


「モニクも派手に遊んでくれちゃって。巻き込まれるこっちの身にもなってほしいもんだ。ドゥニール、撤収するぞ」


「待て……」


 脇腹の痛みを堪えて声を出したが、去りゆくふたつの影を留めることはできなかった。

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