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19 滅亡の呪詛


 地面に倒れたセリーヌは、倦怠感と痺れに襲われながら顔をしかめた。


 体の自由を奪われ、魔法を使うこともできない。今のセリーヌは街の人たちと何ら変わらない、無力なひとりの女性でしかなかった。


「よし。このふたりで間違いないな」


 剣士の中年男性はセリーヌには目もくれず、ガエルとサンドラへ視線を巡らせていた。


「俺が男を運ぶ。この荷物を持っていてくれ。おまえたちでこっちの女を頼む」


 男性は淡々とした調子で、肩に担いでいた麻袋を女性たちの足元へ放った。


「ちょっと。自分の荷物なんだから、あんたが持ちなさいよ。この袋、いつも持ち歩いてるけど何が入ってるわけ?」


 セリーヌを刺した女性は衣服と防具を身に付け、持っていた短剣を腰の鞘へ収めた。


「俺の私物だ。おまえには関係ない」


 ふたりがやり取りを交わしている間、弓矢使いの女性はセリーヌを伺っていた。


「あの魔導師はどうするの。ここで始末しておいた方がいいんじゃない? それとも、連れて行って仲間に引き込む?」


「連れて行くって、誰が運ぶのよ。私は絶対に嫌だからね。面倒なのは御免よ」


「放っておけ。どうせこのまま全て消える」


「すごく美人なのに勿体ない。しかも魔導師だよ。あいつらなら絶対に襲ってるよね。だけど、あなたはそういうことしないよね」


 弓矢使いの女性が剣士へ目を向けた。


「鬼畜どもと一緒にするな。前にいた傭兵団がそんな屑ばかりだったからな。それが嫌で抜けたというのも理由のひとつだ」


「あら。意外な過去が発覚ね」


 短剣使いの女性は面白がるように微笑むと、麻袋の紐を握って肩へ担いだ。


「ってわけで、私がこの袋を運ぶから。女性はお願いね」


「ちょっと。酷くない? 私より絶対に力が強いじゃない」


「その言い方、なんか怪力女って言われてるみたいで嫌な感じだわぁ」


「ごめん。そんなつもりじゃないんだけど」


「おい、ムダ話をしている暇があったら手を動かせ。これで女を縛るんだ」


 男性は肩をすくめるふたりを目掛け、捕縛用の縄を放り投げた。そうして自身も、ガエルを縛るための縄を解き始めた。


 その隙を突いて、ガエルが身を起こした。五十歳を過ぎた身だが、鍛冶師という仕事柄、筋力と体力にはまだまだ自信があった。


 驚きで固まる剣士の喉を掴むと、体を捻った勢いを利用し、敵を地面へ叩きつけた。


「ぐっ!」


 男性が呻いた時には、サンドラも逃げるように地面を転がっていた。セリーヌの持っていた魔導杖(まどうじょう)を拾い、慌てて立ち上がる。


 そうして、体勢を整えたガエルが、ふたりの女性へ注意を向けた時だった。


「があっ!」


 仰け反ったガエルの体が仰向けに倒れる。


 その腹部に、一本の短剣が突き刺さっていた。ガエルの強攻に気づいた女性が、咄嗟に投げたものだ。


飛竜斬駆(ヴォロンテ・ヴァン)!」


 サンドラの援護は惜しくも一足遅かった。

 突き出された杖の先端から、真空の刃が顕現(けんげん)。刃は、無防備になった女性へ飛んだ。


 サンドラも炎の神官を務めたほど素養のある女性だ。この街では力を隠して暮らしているものの、その力は未だ健在だった。


「危ない!」


 標的の女性を、弓矢使いが突き飛ばした。

 真空の刃は命を刈り取る鋭利な斬撃と化し、弓矢使いの女性を代わりに襲った。


 首が地面へ落ちる。切断面から血を溢れさせた体は、糸の切れた人形のように倒れた。


「マノン!」


 錯乱した女性は、弓矢使いの名前を口にしてしまったことも気付かない。彼女の名を何度も叫んでいる所へ、男性の声が割り込んだ。


「杖を捨てろ!」


 剣士の男は、ガエルの腹部に刺さった短剣を素早く引き抜いた。血に濡れたその短剣を、再びガエルの腹部へ突き刺した。


「もう一度だけ言う。杖を捨てろ。従わなければ、次は心臓を狙う」


「わかったから! 大人しく従うから!」


 悲鳴のような声を上げ、杖を放るサンドラ。それを目にしたセリーヌは、毒を受けて倒れてしまった己を恥じた。悔しさに唇を噛み締める彼女の視界へ、赤い光が飛び込んだ。


『踊れ踊れ。炎の揺らぎに身を委ね、すべてを忘れて狂い咲け』


 それは滅亡を呼び込む強力な呪詛(じゅそ)となり、セリーヌの鼓膜へ焼き付いた。


* * *


 弓矢使いの男を目掛けて走り出した直後、後方で不意に殺気が膨らんだ。


「がう、がうっ!」


 頭上を飛ぶラグも警戒を促してくる。

 振り返らずとも、何が起きているのかは容易に想像がついた。思った以上に厄介な奴だ。


炎纏(えんてん)竜翻衝りゅうはんしょう!」


 走りながら、剣の先端を地面へ突き刺した。俺の体を起点として再び炎の壁が迫り上がり、周囲へ拡散する。


 視線の先では、背中を丸めて奥へ吹っ飛ぶ弓矢使いが見えた。背後に迫っていたドゥニールも間違いなく直撃を受けたはずだ。


「がうっ!」


 ラグが吠えたのと俺が振り返ったのは同時。


 眼前に迫っていたドゥニールから体当たりを受け、俺の体は軽々と弾き飛ばされていた。


 背中から地面へ叩きつけられ、勢いよく転がった。痛みに呻く暇はない。その力を利用して、横転から素早く身を起こした。


「どうなってやがる」


 後ろへ飛びすさり、敵から距離をとった。炎竜王の攻撃が効かないとは予想外だ。


 大剣を振り上げたドゥニールが迫っていた。大上段から振り下ろされた一撃を、横へ飛んで素早く避ける。


 どんなに強力な一撃だろうと、当たらなければどうということはない。

 大剣の先が地面へ埋まり、敵の反応がわずかに遅れた。そこを見逃す俺じゃない。


炎纏(えんてん)竜牙撃(りゅうがげき)!」


 竜撃を蹴りに乗せ、ドゥニールの脇腹へ思い切り叩き込んだ。


 敵が数歩よろめいた所へ、追い打ちを見舞おうと剣を振るう。


炎纏(えんてん)竜爪閃りゅうそうせん!」


 剣先から斬撃の刃が飛んだ。五本に分裂したそれは、竜の振るった鉤爪と化してドゥニールを直撃した。


 大型魔獣すら刻んだ一撃だ。ドゥニールがこれを受ければ一溜まりもないはずだった。


 だが、俺の予想はまたしても裏切られた。ドゥニールの体は大きく吹っ飛び、燃え盛る住宅のひとつへ飲み込まれるように消えた。


「斬り裂けないっていうのか……」


 疲労を感じ、大きく息を吐いた時だった。空を渡るように、不気味な赤い光が拡散した。


『踊れ踊れ。炎の揺らぎに身を委ね、すべてを忘れて狂い咲け』


 モニクの声だと気付いた途端、背筋を悪寒が伝った。声のする方角は街の西側だ。ナルシスは無事だろうか。

 だが、他人の心配をしている場合じゃない。金髪男が笑みを浮かべて近付いてきた。


「ドゥニールの頑丈さに驚いたろ? モニクの防御魔法で強化されてるんだ。でもさ、ちっとは加減してくれないと本当に死んじまうぜ。そうなったら、困るのはおまえだよ」


「どうして俺が困るんだ」


 余裕を見せる金髪男の態度が不気味だ。言いしれぬ不安が胸を覆い尽くしている。

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