18 肩を並べる存在へ
みんなの安否は気掛かりだが、俺の体はひとつだ。爆発があったサーカスのテントか。もしくは実家か。どちらを選ぶべきなのか。
「がう、がうっ!」
急かすようにラグが耳元で吠える。
「待てって。どっちも大事なんだ」
サーカスのテントは陽動で、実家が狙われている可能性もある。それどころか、最初から皆殺しが目的なのかもしれない。
「どちらかを選べって言うなら……」
気持ちと体は実家へ向いていた。
向こうにはセリーヌと両親がいる。今、最優先で守るべきはあの三人だ。
「お〜。いた、いた」
拡声魔法に乗って、観光でも楽しむような呑気な男の声が聞こえてきた。
燃え盛る建物の向こうから、いくつかの人影が近付いてきた。武装していることからも、住民でないのは瞭然だ。
相手の数は三人。先頭を歩くのは長剣を手にした金髪の男。その後ろには、弓矢を手にした黒髪の男と、大きな影が見える。
「てめぇは……」
呻くような声が漏れた。黒い影の正体は、漆黒の甲冑に全身を包んだドゥニールだ。
油断なく剣を構えると、金髪の男は何が面白いのか侮蔑の笑みを見せつけてきた。
「探しちゃったよ、碧色くん。どうよ、これ。俺たちが準備した祭。気に入ってくれた?」
両腕を広げて悠然と立つ金髪男。恐らく年齢はフェリクスさんとさほど変わらない。ベテランと言ってもいい落ち着きを感じるが、中身のなさそうな奴だ。
「てめぇらに用はねぇ。モニクはどこだ」
「おいおい、連れない態度だね。こっちだってあいつを護衛する役目があるんだぜ。おいそれと情報は渡せないな」
「だったら死ね」
ムダ話をしている時間はない。恐らく、この中で警戒すべきはドゥニールだ。金髪男の余裕は気になるが、エドモンを盾に揺さぶりでもかけてくるつもりだろう。
「炎爆!」
右拳の痣から青白い炎が吹き出し、炎竜王の力を身に纏った。
首飾りを貰ったものの、特段の変化はない。これから何かが起こるのか。使いこなせていないのか。今はそれを考えている暇はない。
敵との距離は二十メートル程度。地を蹴り、間合いを一気に詰める。
「ドゥニール!」
金髪男の呼びかけに、漆黒の甲冑が動いた。
大剣を手にしたドゥニールが、ふたりを追い越し前線へ飛び出してきた。
こいつが俺の所へ来たのは幸いだった。魔法耐性のあるこの鎧をセリーヌが相手にすれば、苦戦は避けられなかったはずだ。
弓矢使いの放った一本の矢が迫る。
身を翻してそれを避けた直後、体勢を崩した俺を狙い、ドゥニールが構えた。
横薙ぎの大振りが、大気すら裂く勢いで振るわれる。
「くっ!」
剣を構え、刃を叩きつけるように敵の一閃を受け止める。
この瞬間を狙っていたのか、ドゥニールの陰から金髪男が飛び出してきた。
「がう、がうっ!」
頭上を飛ぶラグが警戒を促してくれるが、そこは既に想定済みだ。
「炎纏・竜翻衝!」
体を取り巻くように炎の壁が迫り上がる。周囲へ広がったそれが、金髪男とドゥニールの体をまとめて弾き飛ばした。
「まずはてめぇだ」
奥で身構える弓矢使いに狙いを定め、再び地を蹴った。
* * *
ナルシスが奇襲として放った閃光玉は、闇夜の中で想像以上の効果を発揮した。
視界を奪った三人の男性へ迫ると、舞い踊るように華麗な剣捌きで相手を翻弄する。
「この野郎!」
敵が振るってきた手斧をかわし、ナルシスは細身剣の突きで相手の右肩を貫いた。
ナルシスとて漫然と日々を過ごしていたわけではない。漆黒の月牙ラファエル一味に辛酸を嘗めさせられてからというもの、剣の稽古にも一層の努力を欠かさなかった。
もっと強くなりたい。
その想いはレオンすら動かし、王都で過ごす間は彼の手ほどきを受けて腕を磨いた。
魔獣のいない平和な世界。ナルシスとレオンが目指す場所は一致していた。それが奇妙な連帯感を生み出していたのも事実だ。
不思議とレオンの指導にも熱が入り、ナルシスの地力は確実に引き上げられていった。
そして今、彼が思うのは、リュシアンやレオンと肩を並べる存在でありたいということ。
『大丈夫。必ず無事に戻ります』
ヴァルネットを旅立つ間際、助祭のブリジットと交わした言葉が頭を過ぎる。その約束を果たすためにも進み続けなければならない。
「串刺しの刑!」
鋭い突きが相手の喉を貫いた。
思わず息の根を止めてしまったが、手加減できるような相手ではなかった。
側には、残るふたりが倒れている。ひとりは右の太ももを貫き、もうひとりは脇腹を貫いた。情報を引き出しさえすれば、とどめを刺してしまおうと考えていた。
「さてと。君たちの目的を聞かせてもらおうか。街はあいにくこんな惨状だけれど、第二波とも呼ぶべき攻撃もあるのかい?」
倒れるふたりへゆっくりと近付き、細身剣の先を突きつける。
「すまないが、今は君たちの返答をのんびり待っている余裕はない。吐かなければ、ひとりずつ死んでもらうことになる」
その時、ナルシスの背後に気配が生まれた。
非常に整った顔立ちをしているが、冷徹な印象を与えてくる目が印象的な女性だ。
身に纏った青緑の法衣は、夜に溶け込んでしまいそうなほど薄暗い。それは、彼女自身の存在さえも闇に飲まれてしまうのではないかと錯覚させるほどに。
「ボウヤの仲間っていうのは、せっかちさんが多いのね。血の気が多いのは結構だけど、あんまり早いと満足させられないわよ。そうは思わない?」
「あなたの戯言に付き合う気はない」
妖艶に微笑む女魔導士へ、ナルシスは語気荒く言い放った。
内心の焦りを隠しきれているかわからず、ナルシスは心を落ち着けるよう努めた。
突然に現れた存在から、恐ろしいほどの威圧感を感じている。気を抜けば、一瞬で命を奪われてしまうのではないかと思えた。
「焦らずじっくり攻めないとね。興奮を高めるって大事なことなのよ。こんな風にね」
モニクの手にした魔導杖へ赤い光が灯った。
「強狂奮戦」
光が広範囲へ弾けた直後、ナルシスは視界の端で動くものを捉えた。
「どうして……」
それ以上の言葉が続かなかった。
倒れていたふたりが、各々の武器を手にして何事もなかったように立ち上がった。目には赤い光が灯り、獣じみた唸り声を漏らす。ふらふらとして足元もおぼつかない様子だ。
モニクはそれに満足したのか、風の魔法を帯びて宙へ浮き上がった。
『踊れ踊れ。炎の揺らぎに身を委ね、すべてを忘れて狂い咲け』
彼女の声が朗々と響き、興奮を煽るように炎は激しく燃え上がる。
街中に立ち込めるオリヴィエの香りに混じり、人々の嘆きがこだましていた。