07 光の民。そして謎は解かれた
「ナルシスの馬が消えた。辺りを探してくるから、のんびりしていてくれだとさ」
家の中に戻って説明した途端、セリーヌが心配そうな顔を向けてきた。
「私たちも手伝った方がよろしいのでは?」
「びゅんびゅん丸は賢い馬だ。必ず戻る」
「そういうものなのですか?」
「あの馬なら間違いない。心配するな」
安心させるために断言すると、こちらを見ている父と目が合った。
「話は終わりか? 俺は仕事に戻る。弟子ばかり働かせていたんじゃ格好がつかねぇ。リュシアン、後のことは頼むぞ」
「ちょっと待ってくれよ。弟子?」
「あぁ。必死に技術を仕込んだどこかのガキが、突然いなくなっちまったんでな。街で噂を聞きつけた奴が、志願してきたんだよ。真面目で筋も悪くねぇ。俺の鍛冶場も安泰だ」
「そういうことなら俺も安心だけどさ……」
清々したというような顔で言われても、何と言葉を返していいのかわからない。
「確かに、全てを投げ出して勝手に飛び出したのは俺だよ。でもさ、兄貴を探すこと以上に大事なことなんて、あの時はなかったんだ」
「こうやって戻って来たのも良い機会だ。今一度、胸に手を当てて良く考えてみろ。俺やサンドラがどんな想いでいるのかをな」
父は首にかけたタオルで汗を拭いながら背を向けた。その背は、俺がいつも鍛冶場で見ていた強く逞しい背中とは少し違って見えた。活力は衰え、どこか陰りを帯びている。
そのままどこかに消えてしまいそうで、俺は慌てて言葉を絞り出していた。
「そういえば、武器や防具の礼も言ってなかった。本当にありがとう。剣はもちろんだけど、この鎖帷子にも何度か危機を救われたよ」
「救世主様の助けになれたなら何よりだ」
それだけ言って、父は裏口から出ていった。
室内に沈黙が立ち込め、重苦しい空気に包まれた。それを破ったのは母だ。
「ほら。それじゃ私たちは買い物を済ませてしまいましょう。海にも行くんでしょ」
俺とセリーヌは追い出されるように背中を押され、街へ繰り出すことになった。
「お父さん、内心は物凄く喜んでるはずよ」
「あれで?」
母は悪戯めいた笑みを見せてきた。
「アランさんから剣の手伝いを頼まれた時なんて笑っちゃうのよ。最初は嫌々だったけど、アランさんに激を飛ばすほどのめり込んじゃって。さっきだって、リュシアンが帰ってきたって言ったら物凄く慌てちゃってね。工具を足に落として、ひとりで呻いてたんだから」
「いや、全然そんなふうに見えねぇけど」
「不器用な人だからね。ジェラルドのことだってそう。夜な夜な武器を作っては、行商人に売ってるわけ。で、その合間に、あの子のことを聞いて回ってるみたいなの。冒険者ギルドの設備と情報網が使えればいいんだろうけど、何しろ高いでしょ。手が出せなくてね」
「親父が武器を? もう武器は作らないって断言してた、あの親父が?」
この街でひっそりと暮らすことを決めた父は、平和な世を夢見て武具を作ることをやめたと聞いている。その当人が、兄貴の情報をどうにか得ようと苦心しているとは。
腰に提げた魔法剣と、セリーヌが持つ魔導杖へ何気なく視線が向いてしまう。
「言葉には現しませんが、お互いが家族を思いやる姿がとても素敵だと思います」
セリーヌがしみじみとつぶやく姿が、なんだかとても寂しそうに見えた。
「そういえば、セリーヌの両親の話って聞いたことがなかったな」
「リュシアン、海鮮鍋に入れる魚は何がいいと思う? セリーヌさんとナルシスさんは、嫌いなものとかあるの?」
母が慌てて割り込んできた。どうやら俺は余計なことを口走ってしまったらしい。
「お母様、お気遣いありがとうございます。ナルシスさんもいらっしゃらないので、ようやく本題へ入ることができます」
「は?」
固まった俺には目もくれず、母とセリーヌは互いを探るように見つめ合っている。
「がう、がうっ!」
しっかりしろとでも言うように、ラグが肩の上で吠え立てた。
「私は神竜ガルディア様を祀る、光の民のひとりです。長老からの命を受け、このアンドル大陸を旅しております」
「光の民! これはおみそれしました」
道の途中で立ち止まった母は、慌てふためいた様子で深く頭を下げた。
「とんだご無礼を。お許しください」
「とんでもない。お顔を上げてください」
「ちょっと待てって。どういうことだよ」
声を上げた途端、セリーヌは俺の反応を楽しむように笑みを見せてきた。
「これまでの謎が解けました。リュシアンさんが、神器や竜臨活性を扱える理由も」
「ひとりで勝手に納得されてもな……」
「気が付きませんか? お母様は私と同じく、マルティサン島の出身です。アンドル大陸では知られていないとは思いますが、濃紺の髪は我々だけの特徴なのです。リュシアンさんにも同じ血が流れていらっしゃいます」
「同じ血?」
「はい。テオファヌ様も仰られておりましたが、その血こそ、マルティサン島へ踏み入るための資格となります」
「なんだか、私の知らない間に色々あったようですね。この子が島へ? あんたはそもそも何もわかっていないようだね」
「当然だ。何も聞かされてねぇだろうが」
「私はとんだ勘違いよ。恥ずかしい。てっきり、私を連れ戻すために探しに来たのかと。なんで今更って思ったけど、もしかしたらアレのせいかもなんて……この方はね、島に住む民の中でも、最も位の高い一族なの」
「位だなんだと言われても、全部初耳だぜ」
「構いません。お母様もお気遣いなく。リュシアンさんとは歳が近いこともあり、友人のように接しております」
「そうですか……息子が失礼なことを言っていたら申し訳ありません。でも……」
そこで何かを思い出したようだった。
「そういえばさっき、お連れの方が、結婚がどうとか……何かの間違いですよね?」
「あれは、その……」
「俺は本気だ」
言いよどむセリーヌを遮った途端、母の顔が途端に青ざめた。
「寝ぼけてんじゃないよ。あんたはね、血が少し混じった程度の半端者なの。この方と結婚なんてできるわけないじゃないか」
なぜか思い切り腕を叩かれた。
「俺は彼女と約束したんだ。災厄の魔獣を倒して、長老に認めさせてみせる」
「災厄の魔獣? なんなの、それ……」
「リュシアンさん、お母様は魔獣のことをご存じありません。続きは今晩にでも改めて」
「俺だけがモヤモヤするだろうが」
「今は買い物に専念いたしましょう。美味しい海鮮鍋を作ることだけを考えてください」
そうして市場を訪れた俺たちは、せっせと海鮮を買い求めた。もちろん費用はすべて俺持ち。久しぶりの帰郷だ。どうせなら、両親にも旨いものをたくさん食べさせてやりたい。
そうして、籠一杯に食材を買い込んだ。
「じゃあ、こいつを家まで運ぶよ」
「籠は私が背負って帰るからいいの。あなたたちはゆっくりしてきなさい。くれぐれも、セリーヌさんに粗相のないようにね」
「俺って信用ねぇのな……」
「それでこそリュシアンさんです」
「いや、意味わかんねぇから」
母と別れ、市場の奥へと足を進めてゆく。





