02 見るからに脇役
「この移動方法なら、セリーヌも安心だな」
「そうですね。地に足がつく感覚というのは、やはり落ち着きます」
「がう、がうっ!」
微笑むセリーヌの姿に、俺の左肩に留まるラグまで安心したような様子を見せている。
全身が薄緑の鱗で覆われた風竜王。その大きな体が空を切り裂くように雄々しく進む。背に乗った俺たちは風の結界に包まれ、数時間に及ぶ飛行を続けていた。
三人で車座になって談笑しているが、エドモンに申し訳ないという気持ちもある。だが、街に着くまではどうにもならない。
俺、セリーヌ、ナルシス、おまけにびゅんびゅん丸まで乗っているというのに、背中にはまだ余裕がある。しかも結界のお陰で一切の風圧を受けないという完全防備。無風の透明な室内から流れ行く景色を楽しませてもらっているような気分だ。許されるなら、俺たちの冒険にずっと付き合って欲しい。
「でも、姫が一緒に来てくれたことが僕としては意外だったけれどね。コーム殿と行動を共にするものだとばかり」
ナルシスが不思議そうな顔を見せた。
「セリーヌもエドモンを心配してくれてるんだろうが。知らない仲じゃねぇんだ」
「それはそうだが、姫には他に優先すべき目的があるように見えるからね。まぁ、僕としてはリュシアン=バティストとふたり旅をするより、遥かに有意義ではあるけれど」
「その言葉、そっくり返してやるよ。何だったら、ここから突き落としてやろうか?」
「君の言動はどんどん過激になっていないか? 富と名声を得ると、人というのはこうも変わってしまうものなのか」
冗談のつもりだろうが、その一言は言葉の棘となって心の奥へ刺さった。
「セリーヌにも同じようなことを言われたよ。強くなるために、守るためには、変わるしかなかったからな……この短い期間の中で、色々なことが起こり過ぎたんだ」
ふたりへ目を向けると、セリーヌは全てを受け入れるとでも言うような、優しい微笑みを見せてくれた。
「それでも私たちは、こうして再び顔を合わせることができました。こうして三人でいると、ランクールでの依頼を思い出しませんか? なんだかとても懐かしく感じます」
「そうだな。みんながそれぞれに著しく成長した。ふたりもランクBだろ。ナルシスが追い越されるのも時間の問題だな」
「なぜそこで決めつけるんだ! この僕が急成長する可能性もゼロではないだろう」
「いや、おまえは人物像的に主役って感じじゃないだろ。見るからに脇役……」
「おのれ、リュシアン=バティスト!」
細身剣に手をかけるナルシスを見て、セリーヌが慌てて止めに入ってきた。
「落ち着いてください。リュシアンさんも失礼な言動は控えてください。ナルシスさんが相手だと、なぜいつもこのようなことに」
「こいつには気を遣わなくていいからな。自然体で接することができる数少ない相手だ」
すると、ナルシスが驚いた顔を見せた。
「君からそんな風に思われていたとは意外だよ。びゅんびゅん丸を当てにして、都合の良い存在に見られているものだとばかり」
隣であぐらをかいているナルシス。その膝を思い切り叩いてやった。
「レオンと三人で誓いを交わしただろうが。剣になるっていう、あの言葉は嘘か? 喰らいついてこいっていう言葉、あれはおまえにも言ったつもりなんだぞ」
「あぁ、もちろん期待していてくれたまえ。この程度で終わる僕ではない」
ナルシスが胸を叩くと、セリーヌは溢れるような笑みでそれを眺めていた。
「では久しぶりの再会を祝して、三人で甘辛ボンゴ虫でも頂きませんか?」
『え?』
腰に提げた革袋を覗くセリーヌ。途端、俺とナルシスが固まったのは言うまでもない。
「いや、ほら……この後、モニクと戦いにならないとも限らねぇ。今は控えるよ。ナルシス、折角だからおまえだけでもどうだ」
「ぐぬぅ……申し訳ないけれど、今朝からお腹の調子が優れなくてね。本当に残念だが、ここは遠慮しておくことにするよ」
「そうですか……残念です」
唇を尖らせてしょんぼりしているセリーヌも、これはこれで可愛い。
「話を聞いてる限り、セリーヌやコームさんはマルティサン島の出身ってことでいいんだよな? その……島ではみんな、ボンゴ虫ばっかり食べてるわけじゃないんだよな?」
返答次第では、保存の効く携帯食料を大量に持ち込まければならない。
「ボンゴ虫は栄養補助食品のようなものです。食生活はこちらと変わりません。私たちが大陸を訪れるのは、災厄の魔獣を探す他に、文化や文明を取り込むという目的もあるのです」
そう言って、自らの法衣に目を落とした。
「さすがに、この服装は皆に驚かれてしまいましたが。長老にも酷く怒られました」
「でも、着替えなかったのか。長老の言い付けは絶対なんじゃないのか?」
「そうなのですが……私が私でいるために、譲れないものがあったのです」
法衣の裾を握り、口元をきつく結んでいる。そこには覚悟と決意が滲み出ていた。
「譲れないもの、か。長老に自分の意見を通せるようになったっていうのは成長の証なんじゃないのか。良かったじゃねぇか」
「はい。そうですね」
晴れやかな笑顔に俺まで嬉しくなる。
「それに、着替えなかったのは大正解だ。露出の高さは相変わらずとしても、よくよく見れば魔法耐性を高める加工が施してある。下手な冒険服を着るより遥かに実用的だ」
「そうなのですか? 守られている面積は少ないですが、優れた品だったのですね」
セリーヌは自分の服装をまじまじと眺めているが、その胸元へつい視線が向いてしまう。横に流された脚も太ももが大胆に晒され、何を目的に作られた法衣なのか疑わしい。
「待ちたまえ。姫の法衣だが、前から色合いが見事だと思っていた。スカートの裾に入っている刻印には見覚えがある……」
「刻印?」
露出の高さもあってじろじろ見るわけにもいかないが、遠慮がちに近づくと薔薇の刻印とサインが刺繍されていた。
「これはとんでもない一品だ。南方出身の衣装師、オスカー=ルーベルの刻印さ。機能性と芸術性を兼ね備えた名品。露出の高さは、南方の熱帯気候を考慮したのだろうね」
「そんなに凄い品だったのですね」
驚くセリーヌと顔を見合わせていると、ナルシスが急に大人しくなったことに気付いた。
「どうした?」
「こうして見ると、君たちはやはりお似合いだと思ってね。折角のふたりの時間に水を指してしまったようで、なんだか申し訳ない」
「突然に何を言い出されるのですか」
真っ赤になって慌てるセリーヌを見て、俺まで照れくさくなってしまった。
「ナルシス。そう思うなら、やっぱり今すぐ飛び降りてもらっていいかな?」
「どうしてそうなるんだ!」
ナルシスの怒声が漏れる中、眼下に広がる平原や森に目を移した。目を凝らせば街道も見えるが、馬車を始めとした人の存在はまばらだ。人の手が入っていない昔ながらの世界の姿が色濃くなってゆく。
それと同時に、陽光を照り返す大海原が次第に近付いていた。フォールは海辺に近いこともあり、漁業も盛んな街だ。目指す故郷はすぐ間近に迫っている。





