32 満天の星に抱かれて
「お主が側にいれば安心だろう。セリーヌ様のこと、くれぐれも頼む」
「え!?」
文句を言われると身構えていたが、返ってきたのは予想もしない一言だった。面食らい、間抜けな声が漏れてしまう。
「がう?」
なぜか、ラグまで不思議そうにしている。
「なんだ。自信がないのか?」
「そんなわけあるか。セリーヌのことは命に代えても守ってみせます」
すると、コームさんは薄い笑みを浮かべた。まるで我が子を見守る父親のような、愛情に満ちた眼差しを感じる。
「よろしく頼む。万一、我らと足並みが揃わなければ、サンケルクに向かえ。渡しの船を手配できる。方法はセリーヌ様がご存じだ」
「わかりました。任せてください」
力強く答えた途端、コームさんに肩を叩かれた。そんな俺たちのやり取りに、いぶかしむような目を向けてきたのはマリーだ。
「私としては別の意味で危険だと思いますけどね。それに、女神様がわざわざ出向くほどのことではないと思いますけど」
マリーの視線が、舐めるようにセリーヌの全身を追っている。
その意味を察したセリーヌは、純白のコートを引き寄せて胸元を隠した。そうして、怯えたような目をこちらへ向けてくる。
「なんなんだ、おまえら。俺が見境なく襲いかかるとでも思ってるのか?」
「そんなことになれば、どうなるかわかっているだろうな? セリーヌ様はご帰還された後、大切なお役目が待っている。過ちを犯せば相応の罰を受けてもらうぞ」
「コームさんまで何なんだよ!?」
方々から疑惑の目を向けられたが、今までに起こった偶然の事故とも呼ぶべき数々を思うと、それ以上は何も言えなかった。
* * *
枕元の時計は深夜の一時を過ぎた所だ。不意に目が覚めてしまい、今日の出来事を反芻していたら余計に目が冴えてきた。
仕方なく身を起こし、枕元で眠るラグを見た。いつもなら謎の距離制限があるのだが、ラグが眠っている間は制限がなくなるらしい。相棒を残し、軽装姿で部屋を出る。
この宿で受付をした際、一階の隅で酒を提供しているバー・カウンターを見た。しかし、この時間ではさすがに閉めているだろう。
外の空気が吸いたくなり、足音を忍ばせ二階へ降りた。すると、中庭を見下ろせるテラスが設けられていることに気付いた。
「外へ出るのも面倒だ。行ってみるか……」
木製扉を押し開けると、心地よい夜風が吹き付けてきた。目の前には舞踏会でもできそうな空間が広がり、手摺に沿うような形で木製ベンチがコの字型に配置されている。
綺麗に整えられた中庭の向こうで、店舗や家々の明かりがいくつか見えた。頭上には、それらを凌駕する満天の星々が煌めいている。
「あれ?」
闇夜の中でも、その人影がはっきり見えた。羽織っている純白のロング・コートが光を照り返しているのかもしれない。
「眠れないのか?」
「え!?」
セリーヌは手摺りを掴んだまま振り向き、驚いた顔を見せてきた。しかし相手が俺だとわかると、視線を再び夜空へ投げた。
「上手く寝付けないのです。目を閉じれば、ロランとオラースの顔が浮かんでしまって」
彼女の隣へ並び、手摺へ手を添える。溢れる涙を堪えるように上を向いたセリーヌは、細く綺麗な指先で目元を拭った。
「ロランには良く遊んで頂きました。オラースには学問や魔道を指導して頂きましたが、コームを含めた皆が旧知の仲。こうして突然に別れを迎えたことは胸が痛いです」
「一日も早く、戦いがなくなる日が来るといいんだけどな。レオンやナルシスが言うように、魔獣のいない世界ってやつがさ……」
そう言いながらも、胸の内では複雑な思いが渦巻いていた。
「だけどユーグたちとの戦いを通じて、魔獣よりも人間の方が怖いって思い知らされたよ」
「そうですね。私もそう思います」
「セリーヌに肯定されると深みが増すな……いつか、こうやってのんびりと星空を眺めて過ごせる日々が来たらいいよな」
「綺麗ですよね。まるで星空に抱かれているようです。私が抱える悩みなど、とても小さなもののように思えてしまいます」
「悩み、か……俺で良ければ聞くけど」
「ありがとうございます。そのお気持ちだけで十分です」
予想通りの返答だ。彼女が抱える苦しみは、いつも片鱗しか垣間見ることができない。
「またそうやって抱え込むんだな。守り人だとか、罰だの役目だの。俺はそこに、手を差し伸べる資格すらないってわけか」
「リュシアンさんにその資格があるか否か。マルティサン島へいらして頂ければ、全てがはっきりすると思います」
不意に視線を落としたセリーヌ。その切れ長の瞳が、しっかりと俺を捉えていた。
言葉の奥に何かが隠されているようで、なぜか彼女の瞳から目が離せない。
躊躇うような気配を見せていたセリーヌだったが、艷やかな唇がそっと開かれた。
「満天の星に抱かれていると、私も少しだけ大胆になれる気がします」
手摺を掴む俺の手に、セリーヌの手が重ねられた。彼女はそんな行為すら恥じらうように、はにかみながら微笑んだ。
「私も、心の底ではあなたのことをお慕いしている……のかもしれません」
「かもしれない? なんだそれ」
「私では、リュシアンさんのお気持ちにお応えすることはできないのです……きっと、他に相応しい方が現れます。いえ、既に現れていらっしゃるのかもしれませんね」
「それはないって。俺はこうやって、セリーヌに再会することだけを願ってきたんだ」
必死に訴えかけていた。頭上から投げ掛けられる月明かりが、微笑む彼女の姿をはっきりと浮かび上がらせる。
「はい。昨日まではそう思っておりました。ですがこうして再び出会い、本当の気持ちに気付いてしまいました。そして、テオファヌ様のお言葉に、ひとつの可能性を見出したのです」
「可能性?」
「エドモンさんを助けたいのは建て前かもしれません。その可能性を確かめるために、あなたの故郷へ行ってみたいのかもしれません。もしもその通りだとしたら……」
声は消え入り、最後まで聞き取れなかった。
「それで一緒に行くなんて言い出したのか。いくらでも納得がいくまで確かめてくれ。そのためなら、どこへだって案内するよ」
「ありがとうございます。リュシアンさんと話していたらすっきりしました。これでようやく眠りにつけそうです」
セリーヌは呑気に笑っているが、気持ちが高ぶる俺は余計に眠れそうにない。
* * *
そうして迎えた次の朝。朝食を手早く済ませた俺は冒険者ギルドへ向かい、ある知らせを出した。恐らく、大陸中が震撼するだろう。
『オーヴェル湖に凶悪な魔獣が出現。氷山へ封印することに辛うじて成功したが、封印の効果は一年。その間、氷山への接近を禁ずる。加えて半年後、来年の一の月を迎えると同時に魔獣再戦への戦士を募り、選別を行う。報酬は二十億ブラン。来年の王の生誕祭の場にて、生存者で等分することとする』
この一年で確実に力を付け、次こそブリュス=キュリテールを仕留めてみせる。
QUEST.09 オーヴェル湖編 <完>
<DATA>
< リュシアン=バティスト >
□年齢:24
□冒険者ランク:L
□称号:碧色の閃光
[装備]
恒星降注
スリング・ショット
冒険者の服
光纏帷子
< レオン=アルカン >
□年齢:24
□冒険者ランク:S
□称号:二物の神者
[装備]
深愛永劫
軽量鎧
< マリー=アルシェ >
□年齢:18
□冒険者ランク:B(仮)
□称号:アンターニュの聖女(仮)
[装備]
聖者の指輪
白の法衣
< ナルシス=アブラーム >
□年齢:20
□冒険者ランク:B
□称号:涼風の貴公子
[装備]
細身剣・青薔薇
華麗な服
< セリーヌ=オービニエ >
□年齢:23
□冒険者ランク:なし
□称号:一族の使者(仮)
[装備]
悠久彷徨
蒼の法衣
神竜衣プロテヴェリ
タリスマン
< コーム=バシュレ >
□年齢:55
□冒険者ランク:D
□称号:熟練の剣士(仮)
[装備]
長剣
軽量鎧
< ラファエル=マグナ >
□年齢:20
□冒険者ランク:A
□称号:漆黒の月牙
[装備]
長剣
漆黒の軽量鎧
< モルガン=バリバール >
□年齢:30
□冒険者ランク:S
□称号:なし
[装備]
戦斧
漆黒の重量鎧
< ギデオン=バルビエ >
□年齢:32
□冒険者ランク:S
□称号:なし
[装備]
クロスボウ
双剣
漆黒の軽量鎧
< グレゴワール=ボーリュー >
□年齢:35
□冒険者ランク:S
□称号:なし
[装備]
魔導杖
漆黒の法衣
< ミシェル=サジュマン >
□年齢:23
□冒険者ランク:S
□称号:なし
[装備]
槍
漆黒の道着





