24 光と闇の勢力争い
そうして俺が手にしたのは、スリング・ショットといくつかの閃光玉。しかも、ただのスリング・ショットじゃない。ルノーさんが強いゴム紐へ取り替えてくれた上、複数の魔法石を設置できるようにしてくれた強化型だ。
王都から凱旋した夜、祝賀会の席で何気なく話をすると、ルノーさんは一晩で改良版を作成。まさか、こんな早々に役立つとは。
直後、耳から空気が抜けるような感覚に襲われた。マリーが拡声魔法を発動したのか。
「女神様、聞こえますか?」
「はい。問題ありません」
なぜか俺を素通りして、セリーヌと言葉を交わすマリー。安定の嫌われようだが、こんな時くらい上手く振る舞えないのか。
まぁ、相手は七つも年下だ。ここは俺が、大人の度量で我慢するしかない。
やるせない気持ちを堪え、頭上を飛ぶ水竜女王の腹を見上げた。
「ナルシスも聞こえてるな? ここからは、きっちり息を合わせる。頼むぞ」
「僕を誰だと思っているんだい? 君こそ、上手く合わせてくれたまえ」
俺がナルシスの返答に溜め息をつくと同時に、ブリュス=キュリテールが動いた。
獅子、虎、黒豹。それぞれの口から魔力球が吐き出され、水竜女王を目掛けて飛んだ。
不安が胸を過ぎったが、水竜女王も冷静だ。それぞれの軌道を的確に把握し、魔力球の下へ潜り込むようにしてそれらを避ける。
「よし!」
喜んだのも束の間。魔獣はその動きを読んでいたように、水竜女王へ急降下を仕掛けた。
「まさか……」
この魔獣に、そこまでの知能があることが驚きだった。始めから、水竜女王を下方へ誘い込むことが狙いだったのか。
魔獣は降下と同時に、再び魔力球を吐き出した。ここで水竜女王が避ければ、地上の俺たちへその全てが降りかかってしまう。
「くそっ!」
スリング・ショットを構えたまま身を固くすると、水竜女王は上空へ吐息を放った。
青白い光の柱が立ち昇り、魔力球と衝突。竜と魔獣の間で激しい爆発が巻き起こる。
マリーの悲鳴が聞こえたと思った時には、水竜女王は爆煙に紛れ、一気に上空へ舞い上がっていた。
それを追い、爆煙から魔獣が躍り出す。
「がう、がうっ!」
俺の頭上へ飛び上がったラグが吠えたと思った矢先、信じられないことが起こった。
魔獣の左肩へ乗った黒豹の顔が、その声に反応したようにこちらを向いたのだ。
敵の意識が乱れ、僅かな隙が生まれた。
「今だ!」
俺はすかさず閃光玉を打ち出した。それを追い、水竜女王の背中に乗ったナルシスも、上空から閃光玉をばら撒く。
三つ首の眼前で次々と閃光が炸裂。魔獣が悶えると同時に、水竜女王が反撃に出た。
魔獣の背へ乗るように足爪を立てる。敵の翼を前足で押さえ、鋭い牙で噛み付く。
二頭の叫びが大気を震わせ、青白い巨体と漆黒の巨体は上空で揉み合う。光と闇の勢力争いを間近で見せられ、呼吸も忘れてしまう。
水竜女王に続けと、細身剣を手にしたナルシスの突きが翼を貫く。同様に、コームの鋭い斬撃が翼へ傷を与えた。
そうして魔獣は揚力を乱され、体勢を崩した。しかし、撃墜するにはまだ足りない。
「セルジオン。炎竜王の力を貸してくれ」
心の内へ意識を集中しようとした矢先、晴天の湖畔へ突風が吹き付けた。
「きゃっ」
セリーヌの声に慌てて目を向けると、膝上丈の法衣の裾を必死に抑え込んでいた。
無事を確認して安堵の息を吐いた途端、色白ですらりとした彼女の太ももへ意識を奪われてしまった。直後、魔獣の叫びが響く。
視線を戻すと、黒く平らなものが宙を舞っていた。切り取られた魔獣の左翼だ。
それを追うように、藻掻く魔獣の巨体が迫ってきた。轟音を上げて大地へ激突した巨体は、滑るように俺とセリーヌの側へ転がった。
「みんな散れ。撤退だ!」
叫ぶと同時に、水竜女王が舞い上がる。
作戦は見事に成功した。後はこのまま、俺とセリーヌが逃げ切ればいい。
魔獣は落下の衝撃で動けなくなっている。とどめを刺せないのは心残りだが、残された力で戦いを挑むのは無謀としか言えない。
「セリーヌ。俺たちも急ぐぞ!」
再び彼女を振り返った途端、セリーヌは驚きに目を見開き、俺の後方を凝視していた。
「リュシアンさん! 危ない!」
直後、紫色の気体が周囲に広がった。
左腕に填めた加護の腕輪から、ガラスの割れるような警告音が漏れた。だが、突然に魔力障壁が失われた理由がわからない。
「がううっ!」
左肩の上にいた、ラグの姿まで掻き消える。
そこまできてようやく、俺の体に異変が起こったのだと自覚させられた。
魔獣へ視線を戻すと、本体は依然として倒れたままだ。謎の現象をいぶかしんでいると、牙を剥いた大蛇の尾と目が合った。その口元からは、紫色の液体が滴り落ちている。
「毒……なのか?」
霧のように散布された気体が周囲を漂っている。体の力が抜け、意識が遠のいてゆく。
地面へ片膝を突いた途端、蛇の威嚇音が鼓膜を刺激してきた。
「セリーヌ。おまえだけでも逃げろ!」
こんな時でも、なぜか思い浮かんだのは彼女の存在だった。セリーヌが無事ならそれでいい。それだけを心から願った。
「飛竜斬駆!」
鈴の音のような声と共に、風が吹き荒れた。それが周囲の毒霧を払い、天を仰ぐ大蛇の姿が視界へ飛び込んできた。
すると、背中へ何かがぶつかってきた。両肩を包まれるように腕が飛び出し、背後から強く抱きしめられていた。
温もりに包まれると同時に、花のような香りが鼻孔を伝う。だが、喜び以上に、悲しみと後悔が胸を覆い尽くしてゆく。
「馬鹿野郎……なんでおまえまで……」
「あなただけを残してはいけません」
一番守りたかった人を巻き込んでしまった。自分の詰めの甘さに、ほとほと嫌気が差す。
どう見ても、セリーヌも限界だ。この状況を覆すだけの力は残っていないだろう。
俺の胸元には、組み合わされたセリーヌの両手がある。その手を握り、心から願った。
俺はどうなっても構わない。
彼女は、彼女だけは、何としても助けたい。
直後、俺の願いが形を成したように、右手の甲へ残る痣から青白い炎が吹き出した。
炎がとぐろを巻いて俺たちを包むと同時に、体の奥底から力が湧き上がってくる。
「セルジオン……あんたの力なのか?」
どうにか動けるだけの気力が戻り、セリーヌの肩を借りて立ち上がった。だがその間も、大蛇は油断なくこちらを伺っている。
うかうかしていると本体が動き出す。俺が囮になって、敵の気を逸らすしかない。
魔法剣を抜き、セリーヌを後ろ手に庇う。
そうして俺が飛び出すのと、大蛇が牙を剥いたのは同時だった。それはまさに、互いの生死を賭けた運命の一撃。
その瞬間、眼前で光が弾けた。純白に覆われた視界は、あの世を見ているのだろうか。
そんなことを思ったのも束の間。大蛇の頭は、大きく横へ弾き飛ばされていた。
「勝手に死なれても困るんだけど」
俺と大蛇の間に割り込んだのは、びゅんびゅん丸に跨がるレオンの姿だった。





