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碧色閃光の冒険譚 ~竜の力を宿した俺が、美人魔導師に敵わない~  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
QUEST.09 オーヴェル湖編

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18 ひとつの命が尽きる時


「どうすりゃいいんだ」


 心の内が恐怖に塗り込められてゆく。眼前には、魔獣の放った魔力球がゆっくりとにじり寄るように迫っていた。


 殺すのなら、ひと思いにやってくれ。俺たちの命を弄び、必死に足掻く様を楽しもうとでもいうのだろうか。破壊と殺意の塊を前にして、心は途方に暮れている。


「馬鹿が。さっさと構えろ!」


 呆然としていると、ラファエルの鋭い声が飛んできた。あいつは剣先へ紫電を纏わせ、頭上の魔力球を見上げている。


「さっきの技をもう一度ぶつける。あれが地上へ到達する前に破壊するぞ」


「本気か!? 俺の技は魔力の練り込みが必要なんだ。連発できるようなもんじゃねぇ」


「できないと決めつけるな。炎の力はあれだけ出せるんだろう。貴様自身の力の使い方が下手なんだ。集中しろ。絞り出せ」


「好き勝手に言いやがって」


 諦めるということを知らないような口ぶりには好感が持てた。悪態をつきながらも、口元には笑みが浮かんでしまう。


 開き直った時、それは不意に浮かんだ。


「そうか!」


 地を蹴り、一気に加速する。ラファエルの腕を即座に掴み、ある地点を目掛けて走る。


「一緒に来い!」


 先を促すと、ミシェルも驚いた顔で俺たちを見ていた。あいつも困惑を隠せないまま、後についてくる。竜臨活性(ドラグーン・フォース)で強化した脚力に追随できるということは、風の魔法を纏っているに違いない。


「どういうつもりだ?」


 黄金色(こがねいろ)に染まったラファエルの髪が揺れ、同様に黄金色へ輝く瞳が俺を見据える。


「いいから、黙って走れ!」


 一目散に駆け続けていると、破壊の魔力球はついに地上へ到達した。


 まるで日の出を思わせるように光が弾けた。

 終わりという名の死神を引き連れ、この世のすべてを白に塗り替える。本来ならばそんな光景が目の前に広がり、この俺自身も白にされていたのかもしれない。


 だが、振り返った俺たちの前には魔力結界が幾重にも張り巡らされていた。何層かは崩れているが、役目を十分に果たしている。


「どういうことだ?」


 半透明の結界を見上げながら、ラファエルは疑問の浮かんだ顔でつぶやく。


「ユーグの狙いは竜の力だって言ったよな? となれば、竜の近くは安全ってことさ。ブリュス=キュリテールは攻撃範囲を絞るか、ユーグの防御結界が働くだろうと思ってな」


「なるほどな」


「あの一瞬で、よくそこまで考えましたね」


 ラファエルとミシェルの言葉に喜んだものの、それも一瞬のことだった。


「ロラン!」


 セリーヌの悲痛な叫びが耳を付いた。

 慌てて目を向けると、ナルシスと老剣士のコームが、ユーグへ仕掛ける瞬間だった。


「串刺しの刑!」


 ナルシスの細身剣(レイピア)が敵の胸を突き、老剣士コームの繰り出した一閃が腹部を斬り割く。


 魔導師は倒れたものの、周囲に張り巡らされた拡声魔法が解けない。このユーグも複製体のひとりということだが、ひとまずの危機が回避できたことに違いはない。


 奥で座り込むセリーヌとの中間点には、ロランという名の老剣士が仰向けに倒れていた。彼の全身からは黒い煙が立ち上り、マリーが不安を滲ませた顔で抱え起こしている。


「ロラン。私を庇って魔法に飛び込むだなんて……なぜ、こんな無茶を……」


 セリーヌは立ち上がることすらできない。四つん這いで彼へ近づき、その顔を覗き込む。


「ご無事で良かった。セリーヌ様が戦っておられるのに、この老いぼれが逃げ隠れするなどできませぬ」


「すぐに癒やしの魔法を」


 老剣士を抱きかかえたマリーは、即座に右手へ魔力を込めた。しかし、それを押し留めたのはロラン本人だ。


「まだ、災厄の魔獣の脅威は去っていない。こんな老いぼれへ無闇に力を使ってはならぬ」


 語気荒く言い放ったかと思えば、次の瞬間には口元へ笑みを浮かべていた。そうして、隣で(ひざまず)くセリーヌの手を取った。


「なにがあっても生きろ。そのお言葉は何より力強く、勇気づけられました……約束を守れず申し訳ありません……ですが、セリーヌ様は残された希望。あなた様こそ、なにがあっても生きなくてはなりませぬ」


 涙を浮かべたセリーヌが、一瞬だけ恥じらうように俺を見た。


 なにがあっても生きろ。その言葉は、別れ際に俺が彼女へ贈ったものだ。その言葉を彼女が覚えていてくれたことが、支えになってくれていたことが素直に嬉しかった。


「災厄の魔獣は、(わたくし)が必ず討ち果たします。ロランは安心して休んでください」


 セリーヌの言葉に頷くロランだが、その目は虚空を捉えたまま、彼女を映すことは叶わない。今、ひとつの命が尽きようとしている。


「コーム、セリーヌ様を頼む……」


 その一言を残し、老剣士は生涯を終えた。


 彼の人生がどんなものだったのか。その全てを知ることはできないが、無念を抱えた最後だったことは明らかだ。その意志を、想いを引き継ぎ、戦ってゆくことはできる。それが俺にできるせめてもの手向けだ。


「セリーヌ、悲しんでいる暇はねぇ。ロランさんのためにも、あの魔獣を絶対に倒すぞ」


「もちろんです」


 亡骸へ祈りを捧げたセリーヌは、涙を拭って立ち上がった。その目には、今まで以上の闘志が(みなぎ)っている。


「勢いづくのは結構だが、その魔獣が見当たらないのが気掛かりだな」


 ラファエルが苦い顔でつぶやく。その視線の先には、ブリュス=キュリテールの攻撃で大きく陥没した大地が見えた。更にその先ではゴリラ型魔獣ゴフェロスが膝をつき、レオンたちが踊りかかる所だった。


斬駆創造(ラクレア・ヴァン)!」


 グレゴワールがかざした杖の先端から、小型に圧縮された風の魔力球が飛ぶ。それが敵の右胸を容易に貫いた。


 胸を反らし、怒りの声を上げる魔獣。そこへ、狙いすましたギデオンが矢を放つ。


魔導曲射(ラ・マジージェ)


 放たれた矢は有り得ない軌道を描き、敵のうなじへ次々と突き刺さる。刺さった側から爆発を起こしているのは、矢に魔法石を仕込んでいるからに違いない。


 赤ゴリラは爆発の勢いで倒れ込む。そこに待ち構えているのは、斧を構えたモルガンと、魔法剣を構えたレオンだ。


荒勢神断(クーリュ・デューパー)!」


零結煌(グラッセ・ブリエ)!」


 豪快な斧の一振りと、氷の魔力が込められた青白い刃。同時に繰り出されたふたつの斬撃が、狙い違わず魔獣の喉を斬り裂いた。


 うつ伏せに倒れた赤ゴリラが痙攣している。間もなく全ての生命活動を停止するだろう。


「どうだ。儂の力を思い知ったか」


 モルガンは剃り上げた頭をさすって豪快に笑った。レオンは魔獣を魔力映写に収めながら、そんな大男を冷めた目で見ている。


「ぬるいな。あんたの力じゃない。氷の力を込めた俺の一撃が致命傷になったんだ」


「なんだと、小僧」


 睨み合うレオンとモルガン。それを見ていたラファエルがすかさず叫んだ。


「馬鹿ども! 上を見ろ!」


 激戦を終えたばかりの四人を狙い、ブリュス=キュリテールが迫っていた。

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