03 真・串刺しの刑
「こいつは凄いな……まるで地下迷宮だ」
肌寒さを感じるほどの冷えた空気が体を包む。壁が俺の声を反響し、拡声魔法を使ったように暗闇へ響かせてゆく。
案内された鉱山は想像以上に巨大なものだった。良質な魔鉱石が採れることで有名だと言っていたが、それも頷ける。
入口には、魔獣に襲われて負傷した鉱夫が十人以上も動けずに座り込んでいた。マリーたちをその場に残した俺は、レオンとナルシスを連れて坑道を進み始めていた。
「中の通路も思ったより広くて助かった。剣を振っても問題なさそうだけど、これを掘るのはさすがに大変だっただろうな」
俺達三人が並んで歩けるほどの幅があることに驚いてしまう。すると、隣を歩いていたナルシスが得意げに微笑んでみせた。
「鉱石を積んだ荷車を通すんだ。これくらいの広さがなければ不便じゃないか」
「へぇ……良く知ってるな。鉱山で、こき使われた過去でもあるのか?」
「こら。太陽に愛される僕に、こんな場所は似合わないだろう? 書物で得た知識だよ」
髪を掻き上げる仕草が目障りだ。この手に持った魔力灯を、口に押し込んでやりたい。
「ちなみにこれは知っているかい? 魔鉱石は数年の周期で生成される。下級物なら一年。上級物ともなれば五年から十年はかかるらしいけどね。鉱脈さえ見つけることができれば、時期を待って採り放題というわけさ」
「得意げに語ってる所に悪いけど、それくらいはほとんどの冒険者が知ってると思うぞ。驚いてくれるのはセリーヌくらいだろ」
「ぐぬぅ……」
悔しがるナルシスの向こうで、レオンの漏らす溜め息が聞こえた。
「あんたたちも気楽なもんだな。呑気に話している場合じゃない。声に気付いて、魔獣が寄ってきたらどうするつもり?」
「悪い」
「リュシアン=バティスト。君がレオン君に謝る必要はない。敵からわざわざ来てくれるのなら好都合じゃないか」
「涼風。それならあんたがひとりで行けばいい。俺達はここで待たせてもらうから」
「ぐぬぅ……申し訳ない。僕が悪かった」
そこからは無言のまま、巨大な口を思わせる坑道を進んだ。すると間もなく、地中へ誘い込むような傾斜へと行き着いた。それを下りながら、鉱石置場を目指して進んでゆく。
「さっきの鉱夫の言う通りなら、この先の鉱石置場は広間みたいになってるんだろ? 魔獣が集まるとすればそこだな」
ささやき声が不気味に響く。まるで、声真似をする魔獣が暗闇に潜んでいるようだ。
鉱石置場を中心として、縦穴と横穴が奥へ伸びているという。魔獣が身を寄せ合うにはおあつらえ向きの場所というわけだ。
坑道の地面へ明かりを近付ける。荷車が残した車輪の跡と、鉱夫たちが刻んだ靴跡。それらを消し去るように、靴跡よりも大きな鳥の足跡が大量に残されていた。
「がるるる……」
坑道の先を見ていたラグが、俺の左肩の上で唸りを上げている。どうやら目的地は近い。
魔力灯の明かりを絞った俺は、後ろに続くふたりへ坑道の先を指差した。敵の存在に気付いた彼等も、それぞれの武器を構える。
鉱石置場を覗くと、三十体にも及ぶカゾワールの群れが確認できた。俺は事前の打ち合わせに沿って、背後のナルシスを伺った。その手には既に複数の閃光玉が握られている。
彼の放った閃光玉が弾け、魔獣の苦悶の叫びが響く。それが戦闘の合図となった。
「行くぞ!」
俺が促した時には、レオンが駆け出していた。左手は魔力を宿し、緑の光が宿っている。
「蒼駆ける風、自由の証。この身へ宿りて敵を裂け! 斬駆創造!」
風の魔法が魔獣の喉を斬り裂いた。嘴と蹴りをかいくぐり、レオンの猛攻が始まる。
「敵の喉仏に注意しろ。膨らんだ時が、毒の息を吐く予備動作だ。距離を取れ!」
警告を飛ばした俺も、魔獣との戦いを始めた。レオンの勢いに負けていられない。ここは一気に炎竜王の力で片付ける。
「炎爆!」
右手の甲にある、竜を象った痣。そこから炎が吹き出すはずだった。しかし、俺の声は独り言のように虚しく消え去るだけ。
「は!?」
困惑を叫びとして吐き出した途端、魔獣の飛び蹴りが胸元に迫っていた。
咄嗟に左腕を上げて体を守る。すると、その腕ごと破壊しようとでもいうような強い衝撃を受け、数歩よろめいてしまった。
左腕に鈍い痛みはあるものの、ただそれだけ。だが相手は討伐ランクB。この程度のはずがない。並の冒険者が同じ一撃を受ければ、腕を破壊されていてもおかしくない。
正面から襲い来る魔獣。その首を横薙ぎの一閃で斬り落とし、加護の腕輪へ目を向けた。
「性能が上がったのか?」
ランクAから、一気にLへ上がった。魔力障壁も段違いに強化されているはずだ。
「押し切ってやるよ」
炎竜王の支援を諦めた俺は、そのままの勢いで鉱石置場の中央へ突進した。魔獣たちを薙ぎ払いながらも、頭の片隅は炎竜王のことで埋め尽くされていた。
持て余すほど強力な力だが、使いこなすにはムラがあり過ぎる。それだけの信頼関係が築けていないというのが主な要因だろうが、力を必要とする時、即座に応答してくれなければ意味がない。
「串刺しの刑!」
ナルシスの繰り出した突きが、魔獣の胸元へ深々と突き刺さっていた。
俺とレオンが魔獣を引き付け、ナルシスが背後から奇襲を仕掛けるという作戦だ。
結果、魔獣の殲滅は驚くほどあっさりと終わった。レオンとナルシス、ふたりも腕を上げていることが大きい。
「ナルシスもなんだかんだで強くなったな」
俺の言葉に、奴は満面の笑みを浮かべた。
「当然のことだ。漆黒の月牙に辛酸を嘗めさせられた後、死物狂いで腕を磨いたからね。特にこの、串刺しの刑。突きの角度をより鋭角にしたことで、威力が段違いに……」
「いや。どこが違うかわからねぇ」
「君の目は節穴なのか!? この仕上がりは既に、真・串刺しの刑と言って良いほどだ」
「悪い。人間の言葉を話してくれるか?」
「まったく、君という男はどうして……」
喚くナルシスを無視して、坑道の奥へ進むレオンを追った。すると程なく、明らかに採掘中とわかる行き止まりが見えてきた。その手前には荷車や工具が積まれ、防御用の簡易的な壁が作り上げられていた。
「みなさん、魔獣は全て始末しました。もう大丈夫ですから安心してください」
俺の呼びかけに応え、崩された壁の向こうから十名ほどの鉱夫たちが姿を現した。傷を追っている人もいるようだが、重症というべき人がいないのは幸いだ。
すると、鉱夫のひとりが信じられないものを見たような顔で近付いてきた。
「もしかして、レオンか?」
呼び掛けられた当人は驚いた素振りも見せず、さも面倒だという苦い顔を見せた。
「やっぱりそうだ! 久しぶりだなぁ。俺だよ、俺。カマラだよ。孤児院を出る時に会ったのが最後だから、かれこれ六年ぶりか? 冒険者になったんだろ! 二物の神者、噂は聞いてるよ。おまえは本当にすげぇ奴だよ!」
鉱夫は屈託のない笑顔を見せて、レオンの背中を叩いている。俺達の知らないレオンの一面を垣間見た気がした。





