22 新たな冒険譚へ
「ちょい、救世主さん。どしたの〜?」
背後から肩に手が置かれた。確認するまでもない。頬に傷を持った男だ。
「触るな。馬鹿がうつる」
肘打ちを見舞うと男は苦悶の声を上げ、腹部を押さえてうずくまった。
「たった一撃って、芝居じゃあるまいし」
小柄な男は乾いた笑みを浮かべて固まってしまった。その顔を真正面から睨む。
「同じ目に遭いたくなければ動くな。王都の救世主と、ただの飲んだくれ。大衆はどっちの言い分を信用すると思う?」
「がう、がうっ!」
耳元でラグが吠えた。視線を向けると、あの酔っぱらいがマリーの目前へ迫っている。
「後悔させてやるよ」
駆け出そうと軸足に力を込めた時だ。マリーを庇うように、ひとつの人影が飛び込んだ。
そいつは、酔っ払いが伸ばした右腕を即座に掴み取っていた。突き刺さるような視線で、真っ向から相手を睨む。
「零結創造」
酔っ払いは、掴まれた手首から瞬時に凍りつく。凍結は瞬く間に広がり、首から下を氷漬けにしてしまった。
「そこで、頭と体を冷やしなよ」
酔っ払いは怯え、言葉を失ってしまった。呆気に取られる俺をよそに、破顔したマリーがそいつに頭を下げた。
「レオン様! ありがとうございます」
「別に、礼を言われるようなことじゃない」
胸の前で両手を組んだ彼女の隣へ、びゅんびゅん丸から飛び降りたナルシスが並んだ。
「ぐぬぅ。僕の活躍の場を奪うとは」
ナルシスの活躍など誰も期待していない。それはレオンも同じらしく、俺を見ている。
「どうしておまえがいるんだ」
「なに? 馬車乗り場になかなか来ないから、様子を見に来たらこれだ。酔っぱらいなんて黙らせればいいんだよ。穏便になんてぬるい考えだから、余計にややこしくなる」
馬車の乗り場へ向かうレオン。その背を慌てて追った。
「どういうことだ。てっきり、ヴァレリーさんと行くと思ってたのに……」
「簡単なことだよ。あんたに付く方が有益だってことさ。フェリクスさんからは、碧色を見習うように前から言われてる。それはつまり、俺に足りないものをあんたが持っているっていうことだ。それを見極めてみせる」
レオンは前だけを見据えて歩みを進める。
「それに、マリーのこともある。フェリクスさんに任せるつもりだったみたいだけど、こんなことになってしまった。彼女がどこかに腰を落ち着けるまでは、俺が守るしかない」
「正直、女性ばかりのパーティになっちまったし、男手が多い方が助かる」
これは本音だ。エドモンが不在。ナルシスが現れたが、あいつは人員に換算していない。シルヴィさん、アンナ、マリーと、なぜか女性の比率が高い。
「レオン様、どこに行ってらしたんですか? 見当たらないので心配していたんですよ」
「すまない。フェリクスさんの見舞いだ」
みんなにはレオンの件は伏せていた。乗り場に現れなければ馬車の中で説明しようと思っていたが、それも杞憂に終わって良かった。
レオンとマリーに追いついたシャルロットが、ふたりを見てにやにやしている。
「でも、さっきの登場は格好良かったですよ。マリーちゃんを助けに来た王子様みたい。リュシアンさんの次に格好いいと思います」
それに反応したのはマリーだ。
「ちょっと待って。この人とレオン様を一緒にしないでください! なんだか心外です」
「いや。怒りたいのは俺の方だぞ」
抗議していると、ナルシスが迫ってきた。
「はっはっはっ。君たちも見る目がないね。一番の華は僕だと気付かないなんて」
不意に全員が沈黙し、びゅんびゅん丸の蹄の音だけが静かに鳴り響いた。
そうして、街の中心にある馬車乗り場まで来た時だ。ヴァルネット方面の停留所に、マルクさん、レリアさん、ヴァレリーさんの三人が集っている。彼等を見ようと集まった野次馬を、壁になった兵士たちが遮っていた。
「どうしたんですか?」
声を掛けると、腕組みをしたマルクさんが微笑んだ。黒の道着と鋼のような肉体は、相変わらず抜群の存在感がある。
「せっかくだからと見送りに来たが、予想以上の騒ぎになってしまってな。がっはっはっ」
「あなたの声が大きいから、無駄に注目を集めてるんだと思うのよね」
レリアさんは長い黒髪を指先で弄びながら、困ったように微笑んでいる。
「本当は、私も一緒に行きたいんだけどなぁ。超大型魔獣のこともあるし。王の左手なんて縛りもなくて十歳若かったら、リュシアン君を放っておかないのに。あの大蛇たちを一網打尽にした力。凄く興味があるの。体の隅々まで調べ尽くしてみたいわ」
「レリアさんに解剖されそうで怖いです。十歳なんて言わなくても、十分綺麗ですよ」
四十歳を超えているだろうが、三十代前半と言っても通用しそうだ。
「あら、お世辞でも嬉しい」
「お世辞じゃなくて、本気で思ってますから」
「ちょっと、リュシアンさん。こんな所で賢聖を口説かないでください。セリーヌさんに言い付けますからね」
「いや、口説いてるわけじゃないって」
シャルロットの言葉にうろたえていると、ヴァレリーさんが近付いてきた。
「君たちの活躍に期待している。レオン君にまで振られてしまったのは本当に残念だ。鍛え甲斐のある人材なのだが、まさか即答で断られるとは意外だった」
「え? どういうことですか?」
「その話はいいでしょう」
驚く俺の横から、レオンが慌てて口を挟んできた。俺には迷っているような素振りを見せながら、腹づもりは決まっていたのか。
堪えきれず吹き出してしまった。なんだかんだで、レオンも心を開いてくれようとしているのかもしれない。
「碧色、何がおかしいんだ」
「なんでもねぇよ」
そう答えるなり、腕組みをしたレオンはそっぽを向いてしまった。そこへ、マルクさんの笑い声が重なる。
「まだまだ荒削りの面子だが、それぞれが大きな可能性を秘めている。王の左手を超える、その言葉が本当になるかもしれんな。フェリクスの想いに応えるためにも頼むぞ。口には出さないが、あいつも相当落ち込んでいる。走り続けろ。それがあいつからの伝言だ」
「わかりました。肝に銘じます!」
「俺たちも走り続ける。エクトルのことは残念だったが、いつまでも落ち込んでいられん。王の左手の名を天まで轟かせてやろう」
力強く頷き返し、ヴァレリーさんを見た。
「フェリクスさんがどんな選択をするかわかりませんが、ヴァレリーさんと行くと言うなら、その時はよろしくお願いします」
「任せておきたまえ」
「大丈夫。私も言いくるめてあげるから」
レリアさんがヴァレリーさんの肩に手をかけると、剣聖の頬だけでなく、耳まで赤く染まった。
「いや。そういうつもりでは……」
そして、名残惜しくも別れの時間が訪れた。俺たちは馬車へ乗り込み、びゅんびゅん丸に乗ったナルシスとルネが後を追ってくる。
「待ってろよ……」
これでようやく水竜女王との約束を果たせる。彼女から話を聞き出し、セリーヌとの再会を果たして見せる。またここから、新たな冒険譚が始まろうとしているのかもしれない。
QUEST.08 王都アヴィレンヌ編 <完>
<DATA>
< リュシアン=バティスト >
□年齢:24
□冒険者ランク:L
□称号:碧色の閃光
[装備]
恒星降注
スリング・ショット
冒険者の服
光纏帷子
< シルヴィ=メロー >
□年齢:25
□冒険者ランク:S
□称号:紅の戦姫
[装備]
斧槍・深血薔薇
深紅のビキニアーマー
< レオン=アルカン >
□年齢:24
□冒険者ランク:A
□称号:二物の神者
[装備]
ソード・ブレイカー
軽量鎧
< アンナ=ルーベル >
□年齢:22
□冒険者ランク:A
□称号:神眼の狩人
[装備]
双剣・天双翼
クロスボウ・夢幻翼
軽量鎧
< マリー=アルシェ >
□年齢:18
□冒険者ランク:B
□称号:アンターニュの聖女(仮)
[装備]
聖者の指輪
白の法衣
タリスマン
< ナルシス=アブラーム >
□年齢:20
□冒険者ランク:B
□称号:涼風の貴公子
[装備]
細身剣・青薔薇
華麗な服
< フェリクス=ラグランジュ >
□年齢:38
□冒険者ランク:L
□称号:断罪の剣聖
[装備]
聖剣ミトロジー
軽量鎧
< ヴァレリー=ブランジェ >
□年齢:33
□冒険者ランク:L
□称号:止水の剣聖
[装備]
長剣
軽量鎧
< マルク=バロワン >
□年齢:41
□冒険者ランク:L
□称号:苛烈の拳聖
[装備]
黒の道着
< レリア=アズナヴール >
□年齢:41
□冒険者ランク:L
□称号:随意の賢聖
[装備]
魔導杖
薄紅の法衣
ラフスケッチ画:やぎめぐみ様
twitter:@hien_drawing





