18 冒険者ギルドの秘密
「おまえさん、竜は絶滅したと思うか?」
「は?」
思わぬ話で、間抜けな声が漏れてしまった。
「冒険者ギルドが設立された本当の理由はそれだ。竜の探索。ランクLに到達した冒険者は、それが最優先の任務になる」
「どうして竜を探すんですか?」
「生息地を突き止めて、その場所を保護するのが目的だって話だ。竜が世界から姿を消して、およそ二百年。国王のヴィクトル=アリスティドが言うには、先代の王たちが起こしたいざこざが引き金で竜は姿を消してしまった、と猛省してる。その罪を償うために、彼らの居場所を守ろうという心づもりなんだとさ」
「先代のいざこざ?」
「あぁ。世界の覇権ってやつを巡って、戦争が絶えなかったそうだ。人と人が血を流し合うだけでなく、兵器や魔法の力は自然界も破壊した……安らげる場所を失った竜たちは、人間を見限って姿を消したってことらしい」
フェリクスさんは息を吐き出すと、背当ての座布団へ深くもたれた。
俺が何も知らない状態なら、この話をすんなり受け入れただろう。しかし以前に、炎竜王の記憶を垣間見ている。あの記憶は、騎士たちに囲まれた炎竜王の嘆き。戦争以外にも、竜へ直接関わる何かがあったのは間違いない。
俺の思考を打ち消すように話は続く。
「かつては竜と人間が共存する時代もあった。人は竜を崇め奉り、神のように扱ったそうだ。各国の王はそんな豊かで穏やかな時代を取り戻したいと、和平協定を結んだらしい。そして、竜探索を行うために冒険者ギルドを設立した。見つけ出したパーティには、十億ブランの報酬を出すって話だ」
「十億ブラン!?」
あまりの驚きに大声を出してしまった。それだけの金があれば、一生遊んで暮らせる。
「おまえさんが持ってる手帳にも、竜という文字がいくつか書かれていたよな。案外、おまえのお兄さんは、竜に迫る情報を持っていたのかもしれないな……」
その言葉を受けて、頭の中で様々なことが絡み合ってゆく。
「がう?」
左肩に乗ったラグが間抜けな声を上げた。
「もしかして、フェリクスさんが俺をパーティに誘ってくれたのも……」
「気を悪くしたのならすまん。おまえさんの手帳を見た時に、竜に近付けるかも、という思いは少なからずあった。だがそれ以上に、おまえの強さに可能性を見出したのも事実だ」
「まぁ、それについてはお互い様ですから、フェリクスさんを責めるつもりはありません。俺も、強くなるためにみんなを利用した。今はそれ以上に、この縁を大事に思ってます」
「ベルナールを待たせているんだろ。恐らく、おまえさんにとって悪い話じゃない。返答次第で同じ話を聞くことになるかもな。後でゆっくり報告を聞かせてくれ」
意味深な笑みを浮かべるフェリクスさんと別れ、待たせていた騎士に声を掛けた。そうして俺が向かった一室では、ベルナールさんの他に初老の男性から迎え入れられた。
細やかで繊細な模様の入った豪華な法衣と、高価そうな宝飾品で着飾っている。アロイス=バルテと名乗ったその人は、この城で大臣を務めるほどの人物だった。
***
「とても、断われるような雰囲気じゃありませんでしたよ……」
大臣との会話を終えた俺は、戦闘以上の疲労を抱えながら、フェリクスさんが滞在する部屋へと戻ってきた。
俺を待っていたように、マルクさん、レリアさん、ヴァレリーさんまで揃っていた。ジゼルさんが入れてくれた果実水を飲みながら、テーブルについた三人に加わっている。
「がっはっはっ。しかしこれで、リュシアン君も最高ランクの仲間入りというわけだな」
豪快に笑うマルクさんを見て、呆れたように溜め息をついたのはヴァレリーさんだ。
「呑気なものですね。仲間入りどころか、宣戦布告されたことに気が付かないのですか」
「いやいや。そんなつもりはありませんから」
慌てて口を開いた途端、鋭い眼光を向けられた。整った顔立ちと相まって、ただならぬ威圧感を放っている。
「どうだろうな。余程の自信がなければ、そんな言葉を吐くことなどできないだろうに」
「大臣の誘いを断るには仕方なかったんですよ。王の左手なんて、俺には荷が重すぎます」
フェリクスさんとエクトルさんが欠け、王の左手は三名となってしまった。その穴を埋めようと、大臣は次の候補を探していたのだ。更に驚くべきことに、マリーの活躍をも聞きつけ、候補に挙げているとまで告げられた。
「あの大臣、かなり強引な人だからね。それくらいはっきり言って正解だと思うわよ」
レリアさんは黒髪を指先で弄びながら、のんびりとした口調でつぶやいた。
「大臣、私の所にも来たのよ。エクトルの代わりにって、魔導師団の団長を頼んできてさ。冗談じゃないって突っぱねちゃったけど。たぶん、今の人材から適任を探すでしょうね」
「がっはっはっ。研究に没頭している方が気楽か? おまえらしいな」
大声で笑うマルクさんへ、ヴァレリーさんは冷たい視線を投げつけた。
「笑っている場合ではありません。この事態が引き金となり、我々の力関係が揺らぐ可能性があるのは間違いありません」
「俺はいい機会だと思うがな。うちの弟子どもも順調に育っている。若い奴らへ、時代を委ねる時が来ているのかもしれないぞ」
「四十過ぎで早くも隠居ですか? あなたはそれでいいかもしれませんが、私は違います。私が望む最強のパーティを作り上げるには、まだまだ時間と力が必要です」
力説するヴァレリーさんへ、レオンの陰が重なった。彼女が望む最強のパーティ。そのひとりとして、奴に目を付けたということか。
「王の左手という威厳を誇示しているからこそ、そういった人材が集まるのです」
その視線が、不意にこちらへ向けられた。
「君も、フェリクスに目をかけてもらった身。彼の意志を継ごうとは思わないのか?」
挑むような、試すような、そんな複雑な色を帯びた目が俺を見ていた。たじろぐ俺を尻目に、ラグは呑気に部屋を飛び回っている。
「意志を継ぐだとか、そんな大げさなものじゃありません。俺は俺のやり方で、自分の進むべき道を決めるだけですから」
きっぱり言い返すと、寝室からフェリクスさんの笑い声が漏れてきた。
「ヴァレリー、あまりいじめないでやってくれ。リュシアンは悪い奴じゃない。差し詰め、俺たちに気を使ってくれたんだろ」
「気を遣う? どういうことだ?」
マルクさんは不思議そうに首を傾げているが、やはりフェリクスさんはすべてお見通しだ。飄々としながらも、なんだかんだで方々に気を配ることを忘れない人だ。
「フェリクスさんは傷を負い、エクトルさんが亡くなった……皆さんがその痛みを引きずっているっていうのに、王国はすぐに人材探し。壊れた部品を入れ替えるような雑な扱いをされて、黙っていられますか?」
俺はみんなの顔を順に見回した。
「王の左手が残した功績。それは歴史の一幕として語られてゆくべきです。代わりの人材なんているはずがない」
大臣とのやり取りが不意に頭をかすめた。
『王の左手。その存在と力を認め、受け入れた上で、私は私の道を行きます。自分なりのやり方で、王の左手を超えてみせます!』
その言葉に、嘘や偽りは一切ない。





