16 相応の償い
「よりによって、俺が寝ている間とはな」
通話石を起動させ、相手を待つ。応答が来るまでの時間がもどかしい。
『シルヴィちゃんかい? 定期連絡にしては珍しい時間だねぇ』
「俺だ」
『おっと、碧色様だったか。こりゃ失敬』
うろたえたドミニクの声が返ってきた。
「随分と馴れ馴れしいな。もう少し、節度をわきまえた大人の対応を心掛けろ」
『面目ない、改めるよ。だけど、意識をなくして眠り込んでたって? 無事で何よりだよ』
「ドミニク。アンナが色々と面倒を掛けたらしいな。すまない……悪いが、世間話をしてる場合じゃなくてな。側にカンタンはいるか。この通話を、あいつにも聞かせたい」
『その前にひとつだけ。俺の部下たちは?』
「それもすまない。俺も王都も混乱状態だ。そこまでの詳細は把握できていない」
『そうかい…なにかわかったら続報を頼むよ。で、カンタンなら隣でちゃんと聞いてるよ』
「おい、カンタン。聞いてるなら返事をしろ」
『はひっ! 何の御用でしょうか!?』
丸々と肥えた五十代男の姿を思い出し、怒りと不快感が込み上げてくる。
「ドミニクから聞いてるよな。おまえが雇った傭兵団、闇夜の銀狼。そいつらには、袂を分かった本体があるらしいな。銀の翼か……殺人、窃盗、強姦、なんでもあれの荒くれ集団。今、うちのアンナが追ってる連中だ」
シルヴィさんの話では、闇夜の銀狼という名を聞いた時からアンナは疑っていたらしい。家出をした彼女を保護し、剣の手ほどきをした集団だが、過去の恨みつらみが再燃してしまった。裏でドミニクが動き、傭兵たちからの情報収集を手伝ってくれたそうだが、その繋がりが明らかになったというわけだ。
『銀の翼、それなら聞いていますとも!』
「闇夜の銀狼の元副長、カミーユからの情報らしいが、銀の翼の連中は廃城に住み着いて本拠地にしてるそうだな。俺からの指示は単純だ。アンナがやつらの本拠地へ着く前に、睡眠薬を仕込んだ酒樽を持参して振る舞え。敵を酔い潰して、アンナの手助けをしてやれ」
『今からですか!? 酒樽まで手配して、間に合うかわからないよね』
「おい。てめぇは口答えできる立場か?」
ふと、老紳士エミリアンの顔が浮かんだ。
「俺からの贈り物、あの日の早朝に届いたよな。きちんと飾ってあるんだろうな?」
『はひっ、あれですか!? それはもちろん』
思わず口元がにやけてしまう。
「指輪をおまけにした、エミリアンの右手中指の結晶漬けだ。あいつが裁判所の手続きに手袋をしていたのを忘れたか? 同じ目に遭わせるぞ」
許してください、と土下座をしてきたエミリアンの姿は実に滑稽だった。だが、その程度のことで俺の怒りが収まるはずもない。
『うちのシルヴィを、さんざん弄んでくれたな。相応の償いはしてもらうぞ』
薬で意識が混濁した彼女を、好き勝手にした怒りは忘れない。土下座を続けるエミリアンの手を踏み潰し、その耳元へ顔を近付けた。
『今度はおまえが、良い声で鳴く番だ』
『お願いします! 許してください!』
引きつった顔で叫ぶ老紳士。その右手を目掛け、手にした短剣をゆっくりと下ろした。
あの光景を思い出しながら、通話石を見つめた。その向こうに、青ざめたカンタンの顔が透けて見える気がした。
「拒否権はない。何としても間に合わせろ。ドミニク、あんたがしっかり見張りに付いてくれ。結果は、今晩にでも追って知らせろ」
一方的に会話を打ち切った俺は、フェリクスさんとベルナールさんに会うため、王城の貴賓館へ向かうことにした。
だが、城へと向かったものの、大通りの先にある検問で足止めされた。昨晩も目にしたが、大蛇の襲撃を受けて門と待機所は大破。もはや形だけの施設と化している。
「今、案内係を呼んできます」
近衛騎士の団長だというベルナールさんの名前を出した途端、受付の対応が変わった。魔導通話石で誰かと話し終わったかと思うと、すぐに馬車がやってきた。
「どうぞ。下中庭までお連れします」
馬車の明かり取りから外の景色を眺めた。昨晩は必死で気付かなかったが、王都が受けた被害は相当なものだ。魔獣の襲撃もそうだが、空からもたらされた火災の被害も甚大だ。完全復旧には時間を要するだろう。
「がうっ!」
下中庭で馬車を降りると、左肩の上でラグが吠えた。その視線を追うと、こちらへ近付いてくる騎士の姿を認めた。
年齢は三十半ば程度だろう。中肉中背で端正な顔付き。短髪の黒髪も相まって、爽やかな印象を受ける。青い軽量鎧の胸元には、王家の紋章である鷹の姿が刻まれていた。
「ベルナール=アゼマだ。良く来てくれた」
差し出された手を握り返すと、柔らかな笑みを向けられた。
「リュシアン=バティストと申します。先日はわざわざご足労頂いたにも関わらず、とこに伏せており、大変失礼致しました」
「気にするな。街の視察ついでに覗かせてもらっただけだ。防衛戦の一番の功労者。どんな人物か気になったものでね」
握られた手に、力が込もった気がした。
「ところで、宿で応対してくれた男性剣士は君の仲間かな?」
「何か失礼でもありましたか」
レオンの顔を思い浮かべると、ベルナールさんは歯を見せて微笑んだ。
「そういうわけじゃないんだ。彼の纏う雰囲気に圧倒されてしまってね。我々騎士団も精進しなければな……まぁ、こんな所で立ち話もなんだ。ぜひ貴賓館へ」
「申し訳ありませんが、お話をさせて頂く前に、フェリクスさんを見舞わせてください」
「断罪の剣聖か……あれほどの男がな。エクトルといい、本当に残念だよ。私も、王とそのご家族をお守りするだけで精一杯だった」
「全員がやるべきことをやった結果です。誰のせいでも、誰の落ち度でもありません」
「女神ラヴィーヌの加護も、これだけの人数には及ばなかったということか」
悲痛な面持ちのベルナールさんに、ふたりの騎士が付き従う。俺は彼らに連れられ、貴賓館の一室へ通された。
「フェリクスの部屋はここだ。部屋の前に彼を残していく。話が済んだら彼に声を掛けて、私の所へ来てくれ」
改めて礼を述べると、ベルナールさんは部下のひとりを連れて建物の奥へ消えた。しかし、いざこうして扉の前に立つと、なんだか妙に緊張してしまう。どんな顔をしてフェリクスさんに会えばいいのだろう。
遠慮がちにノッカーを鳴らすと、中から女性の声が返ってきた。不思議に思っていると扉が開き、使用人らしき女性が顔を覗かせた。
「どういったご用件でしょう」
「リュシアンが来たと伝えてください」
一拍挟んだことで、いくらか気分が落ち着いた。直接顔を合わせるよりずっといい。
「どうぞ」
女性はすぐに戻ってくると、すんなり中へ通してくれた。恐らく二十代後半くらいか。白と黒を貴重にしたチュニック姿も相まって、落ち着いた物腰で品のある人だ。正直、使用人をさせておくには勿体ない容姿だが、よく考えればここは王城。務める者たちにも相応の品格が求められるのだろう。
「凄い部屋ですね……」
貴賓館というだけあって内装も凝っている。広々として明るい室内には必要な家財道具一式が揃えられ、不自由のない暮らしができそうに見える。





