07 独壇場の連撃
「うるさいとは何だ!? こうして助けに駆けつけたというのに!」
「まぁ、おまえも無事で安心したよ」
びゅんびゅん丸の背へ跨り、細身剣で狼を払うナルシス。だがその直後、奴の後ろに信じられないものを見た。俺は心身の限界も忘れ、両手を付いて立ち上がっていた。
「どうして、ルネがいるんだ!?」
鞍の後部へ座っているのは、先程別れた小柄な少女だ。パメラが贈ったという水色のチュニックとブーツを見間違えるはずがない。
「まさか、風の結界に巻き込まれたのか?」
直後、背後で人々の歓声が湧き起こった。
何事かと振り向くと、愛用の斧槍を振り回して巨人と戦う、シルヴィさんの姿があった。
「紅炎乱舞!」
斧槍の先端から、魔獣の吐息を思わせる一筋の炎が迸る。それが敵の左太ももを焼いた。
巨人が怯んだ隙を突き、背後からレオンが走り込んでいた。
「轟響創造!」
解き放たれた紫電が、巨人の右足で弾けた。敵は体勢を崩し、たまらずその場へ片膝を付く。だがそれが、巨人の運の尽きだ。
「一気にいくよ!」
壁の上にはアンナの姿。手にした魔導弓から次々と魔力の矢が放たれ、巨人の後頭部へ突き刺さる。それらは激しく燃え上がった。
それを追うように動いたのはレオンだ。巨人の足元にいたあいつは、右太ももにソード・ブレイカーを突き立てた。
「光爆創造」
太ももの半分が吹っ飛び、巨人は横倒しに倒れた。
シルヴィさんが風の魔法石の効果で跳び上がる。同時に、得物を双剣に持ち替えたアンナが壁を飛び降り、宙を舞った。
上空で急速前転をするシルヴィさん。落下と回転の勢いを利用して深紅の円が描かれた。それはまるで、空へ咲いた一輪の薔薇。そこへ、小柄な体で踊るように旋回したアンナが華を添える。
空に描かれた華麗な二輪の花。それらが眼下へ横たわる巨人を強襲した。
「咲誇薔薇!」
「円舞斬!」
深紅の一撃が巨人の後頭部へ突き刺さる。加えて、敵のうなじを連撃が斬り刻む。
巨人の悲鳴が響き、鮮血が迸る。彼ら以外のすべての時間が停止しているような気がした。
独壇場とも言うべき世界で、次に動いたのはレオンだった。巨人の背に刃を突き立てると、魔力を注がれたそれが淡い光を帯びた。
「光爆創造」
二度目の爆発が巻き起こり、的確に巨人の心臓部を破壊した。
「清流創造!」
呆然と眺めていると、俺とナルシスを避けて水流弾が打ち込まれた。それが、周囲に集っていた魔獣を押し流してゆく。
慌てて顔を向けると、マリーの姿が見えた。俺を助けるために戻ってきてくれたのか。
「悪い。助かった」
「別に、あなたを助けたわけじゃないから。ナルシスさんにお願いした、ルネのことが心配だっただけよ」
「まぁ、何でもいいや」
力が抜けて尻もちを付くと、周囲の魔獣たちは慌てて逃げていった。
「がう、がうっ!」
左肩の上でラグが吠える。促されるように顔を動かすと、こちらへ駆け寄ってくるシルヴィさんたちに気付いた。
「すみません。助かりました」
声を上げると、シルヴィさんがいつもの妖艶な笑みで応えてくれた。
「なに言ってるの。助かったのはこっちよ。巨人が出してた強風のせいで、近付けなかったんだから。さんざん焦らされたからガツンとやっちゃったわよ。あたし、焦らされるのは嫌いって前に言ったものねぇ」
こんな時に何の話でしょうか。
聞き流すと、アンナが満面の笑みを見せてきた。
「さすがリュー兄だね。ここぞという所で、ちゃんと決めてくるよね」
「そうなのよ。やっぱりリュシーよね」
前かがみになったシルヴィさんに顔を覗かれ、途端に恥ずかしくなってしまった。慌てて顔を背けると、ふたりの後方に立つレオンに気付いた。
「レオンもありがとう。みんなのお陰だ」
「礼を言われる筋合いはないよ。あんたがいなくても、俺だけで対処できる相手だった」
レオンはふてくされた顔で言うと、腰に提げたソード・ブレイカーの柄頭に触れた。
「魔法力を制御して、刃へ注ぎ込めるようになった。流力煌刃。この技へ更に磨きをかけて、あんたを完膚なきまでに叩きのめすから」
「力を向ける相手が違うだろうが」
呆れていると拍手が聞こえてきた。音の主はマリーだ。
「私も応援します! レオン様の優れた魔法力なら、きっとできますよ!」
「おい、むやみに焚き付けるんじゃねぇ。仲間内で争ってどうするんだ」
「あら。あなたの野蛮な性格が、少しでも収まればと思ったんですけど」
「あのなぁ……おまえは俺のことを全然わかってねぇんだな」
「わかろうとも思いませんけどね」
「この野郎……」
「ほらほら。じゃれ合うのはそこまで」
「じゃれ合ってるわけじゃねぇ」
たまらずアンナに言い返すと、困ったような顔で微笑み返された。
「まだ戦いの途中なんだから。ここはいいとして、他の門はどうなってんのかな?」
「さっき、フェリクスさんに助けられた。王の左手がそれぞれの門に向かってる。きっと、俺たちの出番なんてないと思うぜ」
その時、背中の違和感に気付いた。
「そういえば、戦利品を背負ったままだった。ナルシスにやるよ。おまえに会えたら渡そうと思ってたんだ。包みを解いてみろ」
背中のものを差し出すと、訝しげな顔を見せてきた。中身は青を基調とした細身剣だ。鞘と柄に豪奢な薔薇の模様があしらわれている。
「ちょっとした所から手に入れたんだ。商店で鑑定してもらったけど、青薔薇って名前の立派な魔導武具だ」
エミリアンの執事だったクリストフ。あいつから奪ったものだが、死人には過ぎた代物だ。ナルシスの得物も細身剣。有効的に使ってやった方が、剣も喜ぶだろう。
ナルシスは興奮に目を輝かせている。
「素晴らしい剣だ。本当にいいのかい?」
「この窮地を乗り切るために手を貸せ。俺からの条件はそれだけだ」
「この涼風の貴公子に任せてもらおう!」
高々と剣を掲げるナルシスを見て、吹き出してしまった。
「元気そうで安心したよ。よく無事だったな。漆黒の月牙、あれは本当に危険な奴だった」
「君も知っているのか?」
「あぁ、さっき叩きのめしたところだ。まぁ、積もる話は後だな。早速、街に入り込んだ魔獣の駆除を頼む。悪いけど、俺はしばらく動けそうにねぇ」
「だったら、リュシーのお世話は任せて」
「いや。それは遠慮しておきます」
シルヴィさんに腕を取られて助け起こされたが、嫌な予感しかない。
「率先して戦ってもらわないと困りますよ。一番の戦力なんですから」
抗議の声は無視され、王都に戻った俺たちは掃討戦を開始した。





