01 謎の存在
シャルロットとの通話を終え、テーブルに着いたままの仲間を見回した。
「アンターニュの街は後回しだ。王都が魔獣に襲われてる。すぐに戻るぞ」
幸い、騎士団や冒険者など戦力は十分だが、人手が多いに越したことはない。何より王都にはシャルロットがいる。彼女を無事にヴァルネットへ連れ帰らなければならない。
「カンタンに馬車を用意させても、ここからじゃ一日掛かりだ。とても間に合わねぇ」
困って頭を掻くと、レオンの視線を感じた。
「馬を使って各自で行った方がまだ早い」
その言葉に、アンナが手を打ち鳴らす。
「それだね。カンタンの屋敷へ先に行って、馬を用意しておくよ。後から来て」
俊足のアンナが店を出た後、食事中の会話を思い出して、パメラとルネを見た。
「ルネを故郷のサンケルクまで送るって話、悪いけど延期にさせてくれ。 王都の騒動が終わったら、改めて迎えにくる」
サンケルク。造船や漁業の盛んな港街だが、この辺りでは馴染みのない名前だろう。俺の故郷、フォールの街に近い田舎だ。魔法剣や鎖帷子の礼もあるし、ルネを送るついでに実家へ顔を出そうと考えていたのだが残念だ。
「やっぱり馬車を手配して送らせようか?」
途端、ルネは激しく首を横へ振った。この子もこの子で、パメラとマリーにしか心を開かない。なんとも扱いにくい少女だ。
俺が発する微妙な空気を悟ったのか、マリーは気まずそうな顔を向けてきた。
「私と一緒でないと嫌だと言っていますから、改めて迎えに来ることにしませんか?」
法衣の裾を掴んで離さないルネを安心させようと、マリーは聖女の微笑みを投げかけた。
務めを果たしている時の彼女は本当の聖女だが、裏を知っているだけに何ともいえない。こうして見ていると、セリーヌには一歩及ばないまでも本当に美人なだけに惜しい。
マリーとルネの旅に護衛を付けてもいいのだが、水竜女王との再会が先延ばしになってしまうことだけはどうしても避けたい。
「王都の騒動が片付いたら迎えにくる。それまでの間、パメラに世話を頼めるか。生活に必要な費用は、カンタンに用意させる」
「私は構いませんけど」
その返事に満足すると、隣に立ったシルヴィさんが腕を絡めてきた。
「話は終わった? すぐにアンナを追うわよ」
「すみません。行きましょう」
酒場を出ると、背後からマリーの声がした。
「ごめんね。私たちは行かなくちゃいけないの。必ず迎えにくるから」
振り返ると、マリーはルネに裾を掴まれたまま、店先でうろたえていた。
この緊急時だというのに、子供のダダに付き合っているほど暇じゃない。
「パメラ。ルネを連れて行け!」
苛立ちが声に出てしまった。店内へ残っているはずのパメラへ声を投げると、ルネからの険しい睨みを受けた。心苦しいのは山々だが、俺たちの用事は一刻を争う。
その直後だ。俺の左肩に乗っていたラグが、突然に激しく吠え立てた。
何事かと相棒へ視線を向けた時だった。頬に吹き付ける強い風を感じる。視線を向けると、眼前に巨大な竜巻が迫っていた。
避ける間もなく体が浮遊感に包まれ、上空へ巻き上げられていた。
急激に引き上げられる感覚はあったものの、息苦しさは感じない。まるで鳥になった気分だ。地上は遥か眼下へ離れ、大陸を見渡せるほどの高さにまで上昇していた。
「どうなってんだ?」
慌てて周囲を見回していると、今度は馬を全力で走らせても到底かなわないほどの速度で、どこかを目掛けて体が運ばれてゆく。
「これは……風の結界か?」
移動しているのに、空気の抵抗をまるで感じない。不思議に思うと、巨大な泡とでもいうべき球体に包まれていた。こんな魔法は見たこともない。一体、誰の仕業だというのか。
「みんなはどこに行ったんだ。まさか俺だけ飛ばされたのか?」
『落ち着きなさい。慌てることはない』
どこからともなく声がした。だが、肝心の相手がどこにも見えない。
「誰だ!?」
腰に提げた魔法剣へ手をかける。
『落ち着けと言っている。君たちに危害を加えるつもりはありません。仲間も一緒に、アヴィレンヌへ飛ばしている所です』
「アヴィレンヌ!?」
『そうだとも。急いでいるのだろう。だからこそ、こうして手を貸している』
「あなたは何者なんですか?」
危害を加えるつもりはないと言われても、これだけの力を行使できる以上、只者でないことは明らかだ。
「がう、がうっ」
左肩の上でラグが吠えるが、警戒を促すような吠え方でもなく、穏やかな顔付きだ。
『オルノーブルでの活躍を拝見しました。君の戦う姿に感銘を受け、その冒険譚をもっと追い続けたいと思ったのです』
「は? どういうことですか?」
『一時間もあればアヴィレンヌへ着きます。仲間たち同様、君もしばらく眠りなさい。気は焦るだろうが、冷静な判断を心掛けること。目的地の周辺情報は夢の中で共有します』
「待ってくれ。どういうことなんだ!?」
直後、急に息苦しさを覚えた。結界の中の空気が薄くなったように感じた途端、視界が大きく揺らぎ、意識は途絶えた。
☆☆☆
謎の声が言った通り、王都を上空から俯瞰している映像が浮かんできた。
王都アヴィレンヌ。人口十万人とも言われ、アンドル大陸の中心に位置する大都市だ。大きく盛り上がった見た目は山と形容されるが、その頂きにあるアンジェルニー城が上空からだとはっきり見える。およそ三万人の騎士団と、二千人の魔導師を要している。
王城を取り囲むように富裕層の住宅が広がっているが、それも山の頂から一割ほどといったところだろう。そこから下の大部分は一般層の民衆が生活し、最下層の石壁を取り囲むように貧民街が広がっている。
だが今は、周辺をぐるりと黒い影の大群が埋め尽くしている。目を凝らすと、それが魔獣の群れだということがわかった。
狼、馬、獅子、熊、象、ゴリラ、鳥、あらゆる形態の魔獣が押し寄せている。火の手と黒煙が上がっているのは貧民街が襲われたためだろう。ドミニクの部下たちが心配だ。
恐らく千体を超えるだろうが、なぜこれだけの魔獣が集まったのか。そう思った途端、視線は下降を始め、魔獣へ近付いていった。
王都への出入り口となっている東西南北それぞれの門を目指し、一際大きな人影が迫っていた。それは、昨晩戦った合成人形、シンザラスを思い起こさせた。二階建ての建物を優に超える姿に戦慄すら覚えてしまうが、それが四体もいる。
頭部には無数の目と大きな口。四本の腕を持つ直立歩行の怪物だ。巨人は体中に魔法石を埋め込まれている。それぞれが炎の赤、水の青、雷の黄、風の緑。全身がぼんやりと光を放ち、属性の力が滲み出していた。
加えて、巨人たちの首へ縄が巻かれているのを見た。背中へ回されたそれに妙な胸騒ぎを覚えると、視界が怪物の背後へ回り込む。
思わず絶句してしまう光景だった。縄の先には何人もの人間が結ばれている。その肉や血を求め、魔獣たちが後を追って来たのだ。
人間の味を覚えてしまった魔獣。彼らがより凶暴性を増し、王都の人間たちを喰らい尽くそうとしている。





