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碧色閃光の冒険譚 ~竜の力を宿した俺が、美人魔導師に敵わない~  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
QUEST.07 オルノーブル編

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18 守護神と炎竜王


 体を引きずるように一歩ずつ前へ進む。ようやくここまで辿り着いたという想いが、胸の内を覆い尽くしている。


 屋敷の中は不気味なほど静かだ。傭兵たちも出払い、来客であるエミリアンたちしか残っていないのかもしれない。外へ大型の高級馬車が止まっていたのは確認済みだ。買い付けた奴隷の女性ともども、奴がこの屋敷内にいるのは間違いないはずだ。


 真っ赤な絨毯が敷かれた床。この赤は、カンタンの犠牲となった者たちが流した血の涙で染められたのではないかと思ってしまう。奴の悪行も、今夜で完全に止めてみせる。


 先程の傭兵の言葉に従い、一階の奥を目指して進んだ。途中、通路が左右にも伸びた十字路へ差し掛かった時だ。横手から不意に、使用人と思われる若い女性が現れた。


 彼女の首へ素早く腕を回し、喉元へ刃を突きつけた。できればこんなことはしたくないが、今は手段を選んでいられない。


「エミリアンのいる、貴賓室まで案内しろ」


 女性は怯え、声を出すこともできずにいる。黙って頷き、涙を浮かべて歩き始めた。


「部屋の構造はどうなってる?」


「エミリアン様が滞在されているのは、警護が最も厚い部屋です。中は二部屋続き。手前の部屋は、付き人や警護の方が使われています」


 つまり、魔導師のモニクと全身鎧のドゥニールは不在。そうなると、部屋には執事のクリストフだけということになる。


 屋敷の奥まで来ると、静けさがひときわ強調されているように感じた。通路の左右には、絵画や調度品が等間隔で並んでいる。客を楽しませる配慮なのかもしれないが、カンタンの羽振りの良さが露骨に鼻につく。


 そうして俺たちは、見事な彫刻が施された両開きの扉の前へ辿り着いた。ここが貴賓室ということか。


「言っておくが、俺は賊じゃない。エミリアンに捕まった大事な人を助けに来たんだ。あいつが奴隷を買っていることを知っているか?」


 すると女は、ためらいがちに首を横へ振る。


「私は何も知りません。この屋敷で使用人としての勤めを果たしているだけです。どうかそっとしておいてください」


 それを聞いて、即座に拘束を解いた。


 これほどの屋敷だ。使用人といえども高待遇に違いない。自分が生きるためには見て見ぬ振りすらいとわない。そういった考えの人間がいても不思議じゃない。


「だったら大人しく務めを続けるんだな。今夜ここでは何もなかった。いつものように夜が明け、また次の朝が来る。それでいいな」


 女性は頷き、(きびす)を返して去ってゆく。その服は、俺が拘束していたせいで所々に血が付着してしまっている。自身の姿を確認した彼女が、それを平穏な日常だと割り切れるかどうかはわからない。


「さてと。決着をつけるか」


「がうっ」


 ラグの声に苦笑し、腰の革袋から閃光玉を取り出した。扉の前へしゃがみ、軽く押し開けた隙間から投げ入れる。


 直後、隙間から漏れ出る光。そして、男たちの悲鳴が上がった。


「ひとりじゃねぇのか……」


 舌打ちを漏らして部屋へ飛び込む。視界の先にいたのは、三人の傭兵とクリストフだ。


「邪魔だ」


 絨毯の上を駆けた途端、足がもつれて転倒してしまった。疲労は既に、体のあちこちへ影響を及ぼしているらしい。


「頼む。もう少しなんだ……」


 剣を杖代わりにどうにか立ち上がる。だが俺がもたついている間に、傭兵たちも視力を取り戻し始めてしまったようだ。


 三人の傭兵の後ろでは、クリストフが不敵な笑みを浮かべていた。


「碧色の閃光か。ようやくここまで来たようだが、まるでボロ布のようにみすぼらしいな。満身創痍じゃないか」


「なんとでも言え。てめぇらを片付けるくらい、こんななりでも十分だ」


「弱い犬ほど良く吠える」


「その言葉、そっくり返してやるよ」


 すると、クリストフは傍らに置かれていた細身剣(レイピア)を手に取った。引き抜かれた剣先は、魔力を帯びて淡い光を放っている。


 剣術の心得がある執事というわけだ。その構えを見ただけで、身綺麗な燕尾服の下は引き締まった体つきであることが容易に想像できた。見た目は四十歳程度だが、まだまだ腕は衰えていないということか。


「エミリアン様から(たまわ)った魔法剣だ。主の守護神としての私は甘くないぞ」


「こんな時に笑わせるんじゃねぇよ。連戦連勝、負け知らずとのたまう双剣使いでさえ、俺には歯が立たなかったんだぜ」


「私が出るまでもない。返り討ちにしてやれ」


 クリストフの言葉を合図に、三人の傭兵たちが剣を構えてにじり寄ってきた。


 広い客室だが家財道具も置かれている。舞踏をしても事足りる広さだが、この人数で大立ち回りができるかは疑問だ。


 三人が仕掛けてくる牽制の突きを、ことごとく捌いてゆく。しかし、じりじりと押されているのは明らかだ。このまま後退していれば、扉へ追い込まれてしまう。


「炎竜王。もっと力を出しやがれ!」


 吠えると同時に体の奥が熱くなる。傭兵のひとりが手にする剣を払い、相手の手首を切断。その男を盾に、ふたりの突きを塞いだ。


「ザコは失せろ」


 傭兵が纏う鎖帷子(くさりかたびら)。その背中へ魔法剣を突き刺すと、驚くほど滑らかに刃先が吸い込まれていった。男の胸元から飛び出した先端が、向かいに立っていた二人目の喉を貫く。


 刃を引き抜き、男の体を蹴りつけた。吹き出した鮮血が客室の白い壁を赤黒く塗りつぶし、床へ血溜まりを広げてゆく。


 その赤は、俺の中へ燻る怒りの炎を思わせた。紙へ炎が燃え移るように、この怒りが俺の理性を焼き尽くそうとしている。


「この野郎!」


 三人目の傭兵が上段から振り落としてきた一閃。それを横に構えた魔法剣で受け止めた。


 交えた刃の先には、怒りを漲らせて俺を睨む若い男の顔があった。


「よくもあいつらを……」


 こいつが怒るのも当然だ。苦楽を共にしてきた仲間をやられて、黙っていられるはずがない。だが、俺にも負けられない理由がある。


「相手が悪かったな」


 今の俺にためらいはない。人を手に掛けることを恐れていたあの日は過去だ。俺が信じる道を進むため、多少の犠牲は覚悟の上だ。


 気合と共に刃を押し返し、相手の腹を狙って脚を振り上げた時だった。向かいで、男も同じ動きを取っていた。


 考えればすぐにわかることだった。騎士団とは違い、冒険者や傭兵は荒くれの集まり。そこに正々堂々という言葉はない。相手をねじ伏せるための本能を剥き出した殺し合いだ。


 蹴りが互いの腹部を打つ。体勢を崩した俺は、天井を見るように仰向けに倒れていた。


「ぐうっ……」


 痛みを堪え、起き上がろうと頭を上げた時だった。


「そこまでだ」


 クリストフの手にした細身剣。その鋭い先端が、俺の喉元へ突き付けられていた。


「少しでも妙な動きを見せれば殺す」


 手元にあった魔法剣は蹴飛ばされ、冷徹な目で見下ろされている。すると磨き上げられた黒靴が目に止まり、垂直に下ろされたそれが、みぞおちへ食い込んだ。


 胃が押され、内容物が逆流してきた。口の中へ胃液がこみ上げ、酸っぱさと苦味が瞬時に広がってゆく。


「貴様の処遇はエミリアン様へ委ねる。あいにく今はお楽しみの最中だ。しばらくここで苦しみ悶えているがいい」


 冷笑を浮かべたクリストフを睨んでいると、傭兵が立ち上がってくる姿を捉えた。


「こいつがここにいるってことは、他の仲間もやられてるかもしれない……今ここで、俺の手で止めを刺したい」


 その視線を受けながら、俺は逆転の一手を必死に考えていた。こんな所で、ここまできて死ぬわけにはいかない。


「君の気持ちもわかるが、エミリアン様も深い恨みを抱いている。ご意見を仰がなければ。好き勝手な振る舞いは許されんぞ」


 ふたりのやり取りを見ながら、絨毯を引いてはどうかと浮かんだ。こいつらを転倒させれば形成逆転も可能だ。しかし、そう思ったのも束の間。絨毯は厚さも重さもあり、爪を立てても簡単には掴めない。


「妙な動きはするなと言ったはずだ」


 細身剣の先が頬に触れ、鋭い痛みが走った。


「次は本当に貫くぞ」


 本当にここまでなのか。悔しさに歯噛みしていると、窓の外で何かが光った気がした。


 直後、ガラスが割れる音と共に飛来したのは魔力の矢。立て続けに放たれたそれが、クリストフと傭兵を次々と襲った。


 敵が怯んだ隙に、誰かが室内へ飛び込んで来た。その両手には、逆手に構えた双剣。俊敏な動きで傭兵へ迫り、素早く一閃を見舞う。


円舞斬(セルクル・ダンス)!」


 小柄な体で踊るように旋回。連撃が傭兵を刻み、一瞬のうちに絶命させていた。


 侵入者はそのままの勢いで、クリストフへ回し蹴りを見舞う。彼が倒れたことを確認すると、赤毛を振るって笑顔を見せてきた。


「リュー(にい)。危機一髪だったね」


 突如あらわれたアンナ。俺はその姿を呆然と見つめることしかできなかった。

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